まだ見えないこと。2
僕を庇ってくれているのが真っ直ぐ伝わってくる。
でも、そんなことを言ったところであまり意味はない。
「まずは謝るのが先ではないの?」
立花さんの母親にとって、優香さんに害をなす存在がそこにいて、その人の知り合いだというだけで嫌うに値する。
関係ない、と柚木さんが言ったところで母親の態度が緩和されるはずもない。
初対面である僕に疑心こそあれ、簡単に信用を向けるわけがない。
更に鋭くなった言葉を向けられて柚木さんは再び俯き、ごめんなさい、と僕にしか聞こえないだろう小声で謝っていた。
二人の間にある重い空気、会話を聞く限り、柚木さんは何度か謝りに来ては頭を下げ続けたのだろう。
それでも母親は許そうとはせず、頑なな意思で娘には会わせようとはしなかった。真摯な柚木さんの態度に揺れることもなく、拒絶する。
そうなってしまうほど、立花さんの母親は子供想いなのだろう。
「もういいでしょ。これ以上優香ちゃんに関わらないでちょうだい」
立花さんの母親は背を向けてドアに手をかけた。
後ろ姿からはこちらを気にした素振りは一切なく、例え僕が何かを言ったとしても反応すら返してもらえないだろう。
陳腐な言葉では届くことはない。
何もしなければ今日が終わってしまう。
柚木さんがいるこの機会を失いたくはなかった。
「このまま、優香さんが部屋に閉じこもったままでもいいんですか?」
ドアが閉まろうとする寸前、僕の言葉が立花さんの母親の動きを止めた。
今家に入られてしまえば、今後は話すことも容易ではなくなってしまう可能性があった。
だから引き止める必要があった。
「僕も、彼女も、優香さんがこのまま学校を辞めてしまうのは望んでいません。だから、少しでいいんです。優香さんと話すことを許してはもらえませんか?」
状況は悪いけど、何の策もなくここへは来ていない。
どう転ぶかはわからないけど、やれることはやっておきたい。
戸惑いながらも振り返る立花さんの母親の顔はますます曇っていた。
それは柚木さんに向き、隣にいる僕に向く。
「何を言っているの? 元はといえばその子が原因で優香ちゃんが部屋に閉じこもることになったんじゃない」
全ての原因が盗難事件であり、そのせいで立花さんは傷を負い、その元凶が目の前にいる。
この母親が娘を溺愛しているほど、僕らは罪人であり、言葉は信用にあたいしない。
このまま話を続けていても、母親には届かない。
本当は立花さんにだけ見せるつもりだったが、そうも言ってはいられなく、僕はポケットから携帯を取り出し立花さんの母親に差し出した。
「これを見てもらえませんか?」
なんの変哲もない、危険などないただの携帯。
それでも僕が取り出したという点だけで母親は戸惑う。
でも、目の前に携帯を向けられれば気になるもので、僅かな警戒を漂わせながらも渋々僕の下まで来て携帯を受け取った。
携帯の液晶画面に映るのは汚れた女子の制服。
「優香さんのです」
事情を簡単に説明すると立花さんの母親は全部は理解できなかったとは思うけど、僕らを家の中に入れてくれた。
そして二階の廊下の突き当りにある部屋の前まで案内した。
「話が終わったら声をかけて、一階にいるから」
そう言い残し立花さんの母親は階段を下る。
その行動にわずかばかりの不自然さを感じていた。
写真という証拠があったにせよ、それだけでこうも簡単に信じてくれるとは思っていなかった。
そうなるように言葉を選んだのは僕ではあるし、柚木さんが犯人ではないと改めてくれた。
けれど、だからといって、傷心している娘に名前も聞いたことないはずの僕たちを合わせるのは少なからず抵抗があるはず。
なのに見張りもしなければ、あたかも話しやすいようにこの場から離れてしまった。
犯人を教えたのだから母親から伝えれば済む話だし、話をしたいと僕が言ったとしても、それは後日に改めさせればいい。
頑なな壁に変化をもたらしたのは写真を見せてから。
後ろを振り返ると、僕に隠れるようにして静かにうつむいている柚木さんがいる。細かいことはとりあえず置いとくとして僕は正面を向き直し、ドアをノックした。
「井口さんの友達の明日河って言う者だけど。少し、話したいことがあるんだ」
部屋の中にはいるのだろうけど反応が返ってこない。
立花さんの母親がまっすぐ娘の部屋に案内したということは、外出している可能性はないのだろう。
気配はなくとも中にいるとは思うので、辛抱強く語りかけることにした。
「ほんの少しでいいから話を聞いてくれないかな? 君に関わることなんだ」
「帰って」
意外にも早い段階でドア越しに言葉が返ってきた。
誰とも会わない、井口さんとも話をしないと聞いていたからもっと弱っていると思ったけど、口調ははっきりとしていた。
「今度は誰が来たのか知らないけど、私は誰とも会わない。話もしない。だから帰って」
どれだけ同じ台詞を言ったのかは知らないが、立花さんの言い方は説得に疲れたように半ば呆れ気味だった。
これだけの会話では立花さんが抱えた傷は量ることはできないが、少なくとも声からは弱っているようには思えなく、むしろ健康的に感じた。
あの母親が心配しているほどではないように思える。
「君の制服を持ってきたんだ」
数秒も待たず鍵の開く音がした。
そして、ゆっくりとドアが開いていく。
僕が嘘をついていないかと疑っているのか、やってきた人物を確認しているのか、僅かに開いた隙間からは彼女なりの警戒心が伺えた。
少しでも信じてもらえるように薄暗い部屋に向けて携帯の画面を向ける。




