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隣で支える小さな影  作者: 柳
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まだ見えないこと。

 

 放課後からだいぶ時間が経過して僕は家に帰り着いた。

 両親は相変わらず仕事が忙しいのか不在だった。


 真っ直ぐ自室に向かい、制服は脱がず、鞄の中から取り出した物をいつか使うかもと取っておいた淡い青の紙袋に入れ、それだけを持って家を出た。


 向かう場所は自転車で二十分少々といったところにある。

 井口さんの親友で、僕とは面識のない同級生の家。

 前もって担任から住所を教えてもらってある。

 担任から見た僕と立花さんは友達には見えなかっただろうけど、同級生を心配している素振りを見せれば教えてもらうのはそれほど難しくはなかった。


 携帯の地図アプリにメモした住所を載せ、旗印を見ながら道を進んでいく。

 大方の道筋を頭に叩き込み、不安になれば自転車を止めて確認する作業を繰り返す。手間取りはしたがそれほど時間は掛からなかったらしく、日が落ちる前には町内に入ることができた。


 このまま真っ直ぐ進めば立花さんの家が見え始める頃、道の先に立っている人に気が付いた。

 同じ学校の女子の制服。

 どうやら立花さんの家の前にいるらしい。


 僕は自転車を降り、携帯をポケットに突こんで徒歩で進む。

 最初は井口さんかと思ったが、違った。

 彼女は誰もいない道の上で腰を折り、顔は地面を向いていた。

 それはまるで、家に頭を下げているように見えた。


「何してんだ?」


 声を掛けると柚木さんはピクっと肩を震わし、顔を上げた。

 見開かれた瞳が僕を見つめる。


「犯人でもないのに謝りに来たのか」


 僕の質問に柚木さんは答えなかった。

 真っ赤になった顔を隠すように俯かせている。

 こうなっては話しどころではなっていくが、ちょうどいいのかもしれないと僕は思った。柚木さんの手を握った。

 微かな戸惑いの声が背後で聞こえたが、無視して空いている手でインターホンを押す。


「どちら様ですか?」


 数秒の間を置いて女性の声が聞こえた。


「井口里美さんと同じ学校の、明日河夕日あすが ゆうひといいます。優香さんに話があって来ました」


 数秒の沈黙があった。


「……そうなの。でもあの子、誰とも話したがらないから要件は私が聞くことにしているの。ごめんなさいね」


 柔らかい声色で、誰に対してもそう告げているだろう断り文句が通り過ぎる。

 簡単に会えるとは思っていなかった。

 井口さんでさえ顔を合わせることができないと言っていたんだ。

 名前も聞いたこともない僕を家に上げようとはしないだろう。


「いえ、この話は井口さんから頼まれた大事なことなので、本人に直接話さないといけないんです」


 ここまで来てあっさりと引くわけにはいかず、前もって考えておいたもっともらしい嘘を吐いた。


「でもね――」

「部屋の前までいいですからお願いできませんか? 伝えたら帰ります」


 しばらく間があった。

 ちょっと待っててね、と聞こえてしばらく待つと、玄関のドアが開き、立花さんの母親らしき人物が出てきた。


 薄いベージュの簡素な服を着た若干ふっくらした女性。

 全体的に柔らかそうであり、印象としては温厚な母親に見えた。

 怒ることも少なそうに思えたが、僕の背に隠れている柚木さんを見ると顔を歪ませていた。


「あなた、まだいたの」


 母親が呆れたように呟いていた。

 その反応を見せられれば立花さんの母親も、柚木さんが犯人だと疑われているのを知っているらしい。


 もしくは、自ら名乗ったのか。

 そして、また、と言っていた。


 後ろに顔を向ければ、犯人でもない柚木さんは申し訳なさそうに俯いていた。

 その姿はあたかも自分が罪を犯し、悔いて、反省しているように僕の目に映った。


「あなた、その子の知り合いなの? だったらうちの子に会わせることはできません」


 繋がれた手を見つめる母親の瞳は、あきらかな拒絶を表していた。

 立花さんの両親まで話が回っているとは思わなかった。

 僕らが知り合いであることはもう知られてしまい、今更、無関係ですとは言える状況ではない。


 良好とはいえない空気。

 でも、これもいい機会かもしれないと僕は思っていた。

 今、柚木さんがいるこの状況を最大限利用できるのではないかと。


 そう踏まえ次の言葉を頭の中で組み立てていると、ふと背後にいる柚木さんが微かに動くのを感じた。

 気弱な柚木さんには、立花さんの母親の敵意を含んだ視線は辛いかもしれない。

 強制的に僕の都合でここに留まらせている状況では、繋いだ手をほどかないかぎり離れることは出来ない。

 だから少しでも視線から逃れるために距離をとるのだと思っていて、柚木さんならそうすると思っていた。


 けれど、いつだって柚木さんは僕が考えもしない行動を起こしてしまう。

 手を繋いだまま柚木さんは後ずさることはなく、前へ足を踏み出し、怯えた様子で僕と並ぶ。


「明日河くんは、関係ない、です」


 控えめで、臆病で、常に誰かに気を使っていて。

 自分のことは散々言われていても何も言い返したりはしなかったのに、僕に負担がかかると思えば口を開く。


 柚木さんの曲がらない芯の強さを僕は知ってたはずなのに、また驚かされる。

 多分、目上の人であっても、恩人でも、親友でも、柚木さんは躊躇うことなくはっきりと言葉を向けるのだろう。

 言わずにはいられないのだろう。


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