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隣で支える小さな影  作者: 柳
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井口さんが見ている場所。3

 

 きっと僕に見せる態度であったり、言動であったり、口調に騙されていたとしか言えない。


「私が何度、あの子の家に行ったと思ってるの?」


 自身を支えていた大切な何かを、井口さんは失ってしまった。

 瞳は揺れて、僅かに湿っている。


 いつだってその瞳は敵意を含んで、会話をすれば容赦のない言葉の刺を吐いていたから気付けなかった。

 それら全ては自身の弱さを隠すための仮初の強さだったことに。


 あの時だってそうだった。

 僕が犯人ではないと怒って井口さんの前から立ち去ろうとした時だって、本来の姿を見せていた。


 あの時よりも弱った姿。

 大切な友達を失いそうになっている人が平気なわけがない。


「私は、優香がいないと駄目なのに……そう、思っていたのは私だけだったのかな?」


 胸を抑えながら苦しむ井口さんの瞳からは、留めきれなくなった涙が溢れた。


「私が思い付くことは全部した。でも、優香は部屋から出てこない。もう、どうすればいいのかなんて、わからなくなちゃった。どうしたらいいのよ……」


 涙声になりながら、震えながらも井口さんは言う。

 犯人の可能性である僕なんかに助けを求めるような言葉を投げかける。

 そうまでしても、井口さんにとって立花さんは失いたくないかけがえのない友人なのだろう。


 井口さんがどんな言葉で、何度話しかけたのか僕は知らない。

 時には優しく、時には厳しく言い聞かせたのかもしれない。

 頑張っていたんだと思う。


 今の井口さんを見ていれば、あの日からどれだけ苦しんできたのかを想像するのは難しくなかった。

 だから、僕は泣き崩れそうな井口さんを真っ直ぐに見つめ口を開く。


「それでいいのかよ」


 支えのなくなった弱った女の子に、一人で頑張ってきた女の子に僕は慰めの言葉なんてかけなかった。

 それが正しいかどうかなんて考えない。


「井口さんと立花さんは、そんな簡単に終わらせられるほど浅い、脆いものなのか? 友達だって言葉はそんな簡単なものだったのかよ」

「……何も、知らないくせに」


 井口さんの言葉は聞かなかったことにして僕は続ける。


「たった一ヶ月やそこらで諦められるほどのものなのかよ。違うだろ? 諦められないからそうやって苦しんでんだろ? だったらやめようとするなよ、弱音を吐くな、泣いてないで他にやるべきことを探せよ」

「あんたに、言われなくてもわかってるわよ、でも――」

「だったら諦めるなよ。諦めなければ井口さんたちの関係は終わらない。そうだろ?」


 僕は井口さんの気持ちを無視し続け、言葉の刃で攻め続ける。

 残酷なことをしている自覚はある。

 立ち上がれなくなった人を叩くのは非情な行いだし、僕が散々味わい憎んできたこと。それを経験してきた僕がそれに似たことをしている。


 でも、そうだとわかっていても止まれないし、止まってはいけないような気がしていた。仮に、僕の掛ける言葉が叱咤ではなく、仕方ないよ、と慰めの言葉だったとしたら井口さんは折れてしまうかもしれない。

 頑張ったんだと認めれば、それ以上の努力はしなくなるかもしれない。

 そう思ってしまったから、届ける言葉は厳しいものにした。


 間違っているのかもしれない。

 もっといい方向に向けさせるには違う言葉が必要なのかもしれない。

 でも、僕が選んだのは消えかけている火を焚きつけることだった。


「僕と柚木さんまで巻き込んで散々やってきたじゃないか。その性悪の強引さはどうしたんだよ。無理やり学校に連れてくるくらいやってみろよ」


 諦めて欲しくなくて言った言葉が、逆に井口さんのやる気を削ぐ行為になっていないかと不安はある。

 けど、少しずつではあるけど、僕の声に反応するように色を失くした瞳が赤く色付いている。


 それが怒りでもなんでもいい。

 恨んでくれても憎んでくれてもいい。

 前に進むには足りなくても、折れてしまうよりは断然いい。


「やれることは全部やったのか? やってないだろ。大切だって思ってんなら一ヶ月でも一年でもやるべきことはひとつだろ」

「黙りなさいよ」

「こんなくだらないことで折れるな。制服のひとつ盗まれたくらいで終わらせるな。苦しいのは一人だけなんて悲劇に浸るな」


 言い終わって気付いた。

 井口さんがもう泣いていないことに。

 瞳にはまだ涙が溜まっていたが、それでも僕を睨みつけている。

 流石に言い過ぎたのかもしれないけれど、言ってしまったことを今更なかったことはできない。


「協力出来る事なら言ってくれていい。そのくらいのことはしたい。だから井口さんも遠慮しないで――」

「もういい。言われなくてもそうするわよ、ばか!」


 最後まで言わせてもらえなかった。

 井口さんは制服の袖で乱暴に涙を拭って、弱い自分を隠した。

 そして謀ったかのようなタイミングで予鈴が鳴ると、井口さんは無言で僕を通り過ぎ、肩で風を切りながら教室に向かっていた。


 僕は井口さんの後を追いかける。

 何も知らない無責任で身勝手な発言が井口さんにどう届いたのかはわからない。

 余計なお世話だったのかもしれない。

 ただその中に少しでも、井口さんが進むための力になってくれていることを願いたい。


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