井口さんが見ている場所。2
「犯人は僕が見つける」
だから、僕が終わらせればいい。
背負う必要のない罪悪感を勝手に抱え、言っても聞かない柚木さんを開放するには井口さんのいじめをやめさせるしかない。
柚木さんが犯人ではないと言っても意味がないこと、止まらないことはわかった。ならば真犯人を見つけ、動かぬ証拠を突きつければいい。
言うのは簡単で実際は何も得られないかもしれないけど、やってもいないうちから諦めたくない。
「それでもし、犯人が見つからなかったら、その時は僕を犯人にして欲しい。先生には僕から言うし、立花さんにも謝る。だから――」
「そんなことしたって無駄」
井口さんが僕の言葉を遮った。
無駄、という言葉には確信めいた重みがあり、そう断言されたとしても僕はおかしいなんて思わない。
僕の証言を基に、大勢の職員が不審者の捜索にあたった。
限られた時間と人数で毎日できる限りのことはしたらしいが、結局痕跡すら掴むとこも出来なかった。
そこまでしても見つからなかった。
僕ひとりで何ができるのだと言いたくなる気持ちは理解している。
「井口さんの言うとおり無駄になるかもしれない。けど、やってもみないうちから諦めたくないんだよ。もしかしたら運良く見つけられるかもしれないだろ?」
そんな希望でしかない、根拠もない僕の言葉を笑うでもなく、井口さんは言う。
「そんなことして、なんの意味があるの?」
「意味はあるだろ」
そう言いながら、僕は井口さんの言葉に違和感を覚えていた。
「そのことで立花さんは学校に戻ってこないんだし、他に犯人候補がいないから柚木さんが犯人になってるんだろ? だったら制服を見つけるか、僕が犯人だと言えば全て丸く収まるじゃないか」
少なくとも井口さんにとって悪い話ではないと思っていた。
実行に移せば被害に遭うのは僕だけになり、全て解決するのだから頷くなり、口裏合わせでもなんでも協力してくれるくらいうまい話だったはず。
僕だって好き好んで犯人役なんてやりたくない。
もしかしたら退学ものだし、(必死に頭を下げて退学までは勘弁してもらうつもりではいるけど)少なくとも今後の進路に影響するほどのことだと思っていた。
でも、このままじゃ嫌だから、自分の人生を天秤にかけて、悩んで決心したんだ。
それを、井口さんは小さく首を振り、僕の提案を否定した。
うつむき気味だった井口さんは黙ったまま、すっと顔を上げた。
向けられた瞳に、さっきまでの刺々しさはない。
「本当は、ずっと前からわかってた。柚木さんが犯人じゃないって。悪いことしたって思ってる。でも、犯人役は必要だったから」
僕は大きな勘違いをしていた。
友人を傷つけた腹いせに、嫌がらせをしていたのだとばかりに思っていた。
けど、井口さんの言い方は、事実がどうであれ、犯人である可能性がある人物であれば誰でもよかったと言葉に乗せている。
「初めは恨んだし、ふざけんなって思った。でも、あの子、どんな風に責めてもごめんなさい、としか言わなくて。それで、なんとなくわかちゃった。ああ、この子は違うんだって」
「ならどうして」
「犯人は必要だったから。どこにいるかもわからない変態男より、明確な人物がいれば優香の不安もなくなるって思ったから」
僕と井口さんとでは見ている風景がそもそも違っていた。
表面ばかりを見ていた僕と、友達を見ていた井口さんでは求めるものが根本的に異なっている。
井口さんにとって柚木さんの存在は当たり所の意味もあったのかもしれないけど、それだけじゃなく、友達の心の負担を軽くする都合のいい存在だった。
虐めをおおやけにし、犯人であることを周りが認識すれば証拠になり、立花さんを信じさせる材料にした。
そうすれば、見えない犯人よりはマシだと井口さんは考えたのだろう。
それだけ聞けば迷惑な話ではあるが、友達を想っての行動だと知る僕に井口さんを責める言葉は浮かんでこなかった。
「それももう終わり。意味なかった」
学校に戻ってくると思っていた友達の姿は未だにない。
立花さんが学校に来なくなってもう一ヶ月半が過ぎた。
窓に手を添えて、校庭を見下ろす井口さんの瞳はグラウンドではなく、僕の知らない何処か遠くを見ているように思えた。
叶わないことはやめようとしている瞳に熱はなく、色を失っていくように無色に染まっている。
「イジメをやめてもらえるのは助かる。けど、諦めるのは早いんじゃないか」
短い間だったけど、引きこもりをしていた僕なら少しはわかる。
部屋に籠っていたあの時に、声を掛けてくれる人がいたら、手を差し伸べてくれる人がいたら、僕は立ち上がれていたんだと思う。
風間と出会わなければ戻ろうなんて思えなかった。
「実感はなくても意味はあるんだよ、きっと」
だから諦めて欲しくなかった。
単純な僕とは違うかもしれないけど、こんなにも心配している友人がいることを自覚してもらえば、きっと立花さんが立ち上がるための力になるはずだから。
「私じゃ、無理なのよ」
弱々しい声。
「もう少し頑張ってみれば違うかもしれないだろ?」
やり方は間違っていたとは思うけど、こんなにも必死に友達を想い、辛そうにしている井口さんを放ってはおけない。
「先のことなんて誰にもわからないじゃないか。もしかしたら明日にも学校に戻ってきてくれるかもしれない。可能性がないわけじゃないだろ?」
「……何度、言ったと思っているの?」
そう呟く言葉は小さくて、力なんてないも同然で、かろうじて聞き取れるくらい弱い口調だった。
けれど、その声で僕は言葉を無くしていた。
いつからだろうか。
目の前にいる女の子は少なくとも、僕よりかは強いのだと思い込んでいたのは。




