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隣で支える小さな影  作者: 柳
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疑い。4

 

 言い淀んでは更に疑われてしまうのに、この話に行き当たる度に言葉に詰まる。

 本当のことを話したとしても信じてくれる可能性は低く、それどころか、さらに疑われる可能性だってある。

 悪いことなどしていないのに口は重くなるばかり。


「ほら、言えない」

「違うって、僕にも色々あったんだ。それを、井口さんに話す必要はない」


 空気も悪くなる一方。

 このまま、僕は犯人じゃない、と言い切ったところで井口さんは信じてくれないだろう。無罪を主張しきれなければ遅かれ早かれ、女子の制服を盗んだ男だと思われたままになってしまう。嘘を重ねるのは本意ではないが、犯人だと思われ続けるよりかはマシだった。


「担任には口止めされていたけど、怪しい人、見たんだ」

「誰!」


 井口さんは担任以上の食付きを見せた。

 三歩ほどあった僕らの距離が一歩まで縮まる。


「顔は見えなかった。でも、そのことは先生に話したから。きっとそいつが犯人だよ」


 決定的な容疑者をあげると、井口さんも担任と同じく何かを納得したように目を逸らし、そうなんだ、と言ってもとの距離に戻った。

 けれど、井口さんの態度は尖ったまま緩和されることはなかった。


「その言葉を信じられるほど、私はあなたを知らない」


 僕が井口さんのことを知らないのと同じく、井口さんもまた僕のことを知らない。


「とりあえず、そういうことにしといてあげる。でも、もし、犯人があんただったら一生許さないから」


 そう宣言する井口さんに一切の迷いはなく、強い意思で、一生許さないと僕に告げていた。

 犯人は別にいる。僕は関係ない。

 そう言っているにも関わらず、何故か井口さんは僕を犯人候補に留め続ける。

 事実を言っても信じてもらえない話し合いに、僕は正直疲れた。


「違うって何度言えばわかてもらえるんだよ。僕だって証拠は何もないだろ? そんなに僕を犯人にしたてあげたい理由でもあるのかよ」


 いい加減うんざりして苛立ちをぶつけた。

 けれど彼女は怯む事なく、僕を見つめる。


「見つけないといけないのよ」


 そうすることが自分の責務であるかのように、重々しく呟く。


 井口さんは真剣に悩んでいるのだろう。

 傷つけられた友人を想い悩み、解決策を探している。

 だからと言って僕には一切関係はなくて、知ったことではない。

 確固たる証拠もないのに疑われるのも、いわれのない敵意を向けられるのもうんざりだった。


「見つかるといいな、犯人」


 そう言い残し僕は背を向け歩きだす。

 まだ完全に疑いは晴れていないけど言うことは言った。


「何でもいいから」


 これ以上関わりあいたくはなかったし、話したくもなかったのに、その声にひっぱられるように足が止まっていた。


「優香、ショックで学校に来られないの」


 振り返るとさっきまで僕に向けていた憎しみの視線も、怒りを宿し揺れていた瞳もなく、ただ辛そうな表情で立っている女の子がそこにいた。


 演技かもしれない。一度騙されたのだから警戒しない方が不自然だ。

 その言葉にどんな罠が含まれているのか、そうしている理由を、僕は疑わなくてはならなかった。疑うことをしなかったから苦い思いをした。

 だからその失敗を胸に刻んで、学ばなければならないのに、その姿を見せられて心が揺れている。


「電話しても出てくれない……何も話してくれない。家に尋ねても部屋には入れてもらえない。けど、ドア越しに聞こえるの。あの子、ずっと泣いてる」


 井口さんもまた辛いのだと、弱音を零していた。

 席が近い、というくらいなもので井口さんのことをよく知らない僕だけど、抱えた苦しみは、その言葉から、その表情からいやでも伝わってきた。

 ただ仲良く日常を過ごしていただけなのに、他人の、それも汚い欲望に乱されてしまった。

 それだけは素直に同情していた。


 あと数分足らずで昼休みが終わろうとしている時間に教室に帰り着くと、クラスの空気が明らかに変わっていた。

 僕が出る前も決して多くはない人数が教室に残っていたけど、それでも楽しそうに話をしていたので多少騒がしかった。

 それが僕が戻っていた途端、話を止めてはちらちらと視線を向けてくる。


 そんな視線にあてられながら僕は自分の席につき、食べかけのパンを口に入れる。すると、何処となくひそひそと内緒話が始まる。

 僕に届かない音量で喋っているつもりなのだろうけれど、微かに耳に届いていた。


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