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隣で支える小さな影  作者: 柳
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井口さんが見ている場所。

 

 柚木さんにとって一番迷惑な存在は誰かと問われえれば、僕は井口さんだと答える。そう答えるのはきっと僕だけではないだろう。


 だから折を見て、井口さんと話をするつもりでいた。

 けれど、女子というものは常に複数人で行動するのが基本らしく、なかなか声をかけるタイミングが掴めずにいた。

 話し合いの際に障害となりえる余計な人は間に挟みたくなく、一人になる瞬間を待っていた。


 そして五時間目が終わり、何気なく後ろを振り返ると教室を出る井口さんの背中が見えた。

 一人になったこの機会を逃すまいと後を追いかけ声をかけた。

 友達のことで話がある、と告げれば井口さんは怪訝そうな視線を向けたものの、大人しく付いてきてくれた。

 既にお昼休みの半分が過ぎていたので、なるべく時間の掛からない人気の少ないところを探した。


「何? 嫌がらせの仕返しでもしたいの?」


 この辺でいいかな、と足を止め振り返れば、井口さんの方から口を開いた。

 第一声から刺のある言い方だった。


「そんなことはどうだっていいんだ。今更攻めるつもりはないし、仕返しするつもりもない」


 井口さんは僕の言葉を信用できないようで、胸の前で腕を組んでは警戒していると態度で示していた。


「じゃあなに?」


 言葉とともに鋭い視線を向けてくる。

 短い言葉だけでも容赦はなくて、全身から滲み出る敵意を隠そうともしない。

 その瞳に宿る強い意思を真っ直ぐに向けられれば恐怖を覚え、同時に懐かしく感じていた。


 余計な感情は一切混ざっていなく、濃くなることもなければ薄くなるとこもない。あの日から変わらず、友達の制服を盗んだ候補者であった時と同じく、友達を悲しませた敵なんだと。


 今でも井口さんの中では僕は敵のまま変わっていない。

 何も解決していないのだと教えてくれる。


「聞きたいことがあるんだ。どうして嫌がらせをやめたんだ?」


 証拠もないまま敵意を向けられても苛立つことはない。

 状況としてはあの日と変わらないけれど、あの日と違うとすれば、僕が冷静でいられること。

 そして、間違いを知っていること。


 疑問形で切り出してはいるが、答えはほぼ知っているようなものだった。

 でも、それが全てではないかもしれない。

 試して探って、僕の仮説が正しいか様子を見る。


「そんなの、あんたが犯人じゃないってわかったから」


 井口さんは面倒そうにため息を零す。

 本人が自覚しているのかはわからないけれど、僕からしたらその言葉は矛盾している。


「どうして?」


 と、僕は問う。


「犯人がわかったから」

「それは誰?」


 井口さんはそこで口を結び、視線を逸してしまった。

 立て続けの質問にも、面倒そうではあっても拒絶しているようには見えなかった。面倒事から解放されるなら答えたほうが早い。


 けれど、誰なのか尋ねれば名前を明かすのを躊躇っている。

 学校中に知れ渡った犯人である柚木さんを今更気遣う必要もなく、恨んでいるはずの井口さんが隠す必要はない。

 相手が女子であってもそう簡単に許せることではないのだろう。


 なのに、まるで柚木さんが犯人だと知れるのを恐れているように固く口を閉ざしている。

 その顔を見れば井口さんも、わかっているのだと思った。

 だから僕に対する態度も硬いままで、柚木さんをいじめても晴れることはない。


「柚木さんだろ?」


 話を進めるために僕は言う。


「知ってるのにわざわざ訊いたの? あんたも結構意地が悪いのね」


 そう言って井口さんは廊下の壁へたれ掛かる。

 井口さんの横顔は、昔見た明るいものではなく、憎しみに駆られているようでもなくて。

 逃げ場のないあの時の風間みたいに、ただ疲れているように見えた。


「意外よね。あんな可愛い子がレズだったなんて」

「柚木さんは犯人じゃない」


 はっきりとその認識は間違いなんだと言っても、井口さんはすぐに反論しなかった。驚きも意外そうな素振りもなくて、ただそっと視線を下げるだけだった。


「実際にあの子が盗んだって言ってるのよ。そんなわけないじゃない。そうに違いないのよ」


 まるで、そうなんだと、信じ込ませるように自分に言っているように聞こえた。


「証拠はないだろ?」

「そうだけど、でも……」


 反論したくても何も出てこない口が静かに閉じて、井口さんは俯いた。

 それだけわかりやすい反応を見せられれば誰だってわかる。

 話すまでは曖昧だった仮説が、それで確信を得た。


「井口さんも本当はわかっていたんじゃないのか? 犯人は他にいるんじゃないかって」


 黙っていた。

 きっと井口さんにも思い当たる節があったに違いない。

 いくら柚木さん自らが、私が犯人です、と言ったとしても、彼女には犯人らしさがなかったんだと思う。


 真面目で控えめな性格であり、何事にも消極的で小心者。

 目立つ行為からは遠ざかり、教師にも信頼されている。


 多少は異なるかもしれないが、同学年であれば大体の生徒がそう思っているだろう。井口さんだけが例外とは考えにくく、むしろ犯人候補であればその人物がどんな人なのか多少は見聞きしたはずだ。


 仮に、柚木さんが本当に犯人だっとしても、証拠もなく動機もない柚木さんが犯行に及んだなんて思える人は少ないだろう。

 それでも、頑なに柚木さんだと言い張るのは、他に思い当たる人がいないから目の前の標的を犯人だと信じるしかなかったんじゃないだろうか。


 友人を想いやる井口さんの気持ちの深さはあの時に散々聞かされた。

 それと同時にどれだけ犯人を憎んでいるのか、どんな理由であっても犯人である可能性であれば一歩も引かなく、引けないのかを。


 僕がいくら柚木さんが犯人ではないと言ったとしても、本人が薄々は違うかもしれないと自覚していたとしても、もう止まれなくなってしまった。


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