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隣で支える小さな影  作者: 柳
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僕が憧れていた友人。3

 

 それは嫌なんだ。

 だから、僕は逃げない。


 幸秋は何の前触れもなく、小さく笑みを浮かべると体育館の壁に背を預けた。


「僕は、お前が考えているような完璧な人間じゃない」


 幸秋はぽつりと言葉を浮かべ、まず、その間違いから始めた。

 完璧な人間がいるとは思っていない。それでも、同学年の中で一番近いのは幸秋だと僕は思っていた。

 それが本当の幸秋を知らない僕と、自分自身を知っている幸秋との違いなのだろう。


「中学の頃から好きな女がいた」


 幸秋は言う。


「他校だったのもあったが、ただ単に告白する勇気がなくてそのまま一年が過ぎた」


 幸秋から過去の話を初めて聞いた。

 幸秋自身がそういう話しを嫌っているような気がしたから、今まで避けてきた。


「そんな時、あいつが、僕の前にやってきて言うんだ。お前に告白したいって」


 幸秋は視線を下げ足元を見つめる。

 多分、顔を見られたくなかったんだと思う。


「想い続けていたのに、その言葉で僕の想いが叶うことはなくなった。知らない間に僕の隣の人間を好きになっていた。だからお前に嫉妬した」


 あの日の光景が蘇る。

 何処か寂しそうに校庭を見つめる幸秋の横顔。

 幸秋はずっと柚木さんを追いかけていた。


「去年のこと覚えてるか? クラスの男がいきなり怒り出したときのこと」


 幸秋が僕に尋ねる言葉を投げかけた。


「高橋くんだったけ?」

「そんな名前だったな。あの時、どうして僕が嘘を吐いたのか、お前にはわかるか?」


 予想外な質問ではあったけど、僕はその答えを持っている。


「これ以上騒ぎを大きくしないようにだろ?」


 幸秋は首を振って否定した。


「その日、教室を最後に出た女子を僕たちは知っていた。その子が、柚木と仲良くしてたから庇ったんだ。俺が犯人だって」


 その場にいた誰もが勘違いしていた。

 幸秋の行動の意味を、本当の理由を理解していた人はきっといなかっただろう。

 幸秋が何を考え、何を思っているのか知らないから。

 知ろうともしなかったから、ただ理想を押し付けていた。


「こんなもんなんだよ」


 幸秋は投げやりに呟く。


「誇られる人間じゃないんだよ。少しでも好かれたいがための行動。利己的で計算高くて、恥ずかしい奴なんだよ」


 誰もが持つ好かれたいという願望。

 年相応の考え方を幸秋も持っている。


「たぶん、これからもお前を見るたびに嫉妬する」


 幸秋は自嘲気味な苦笑いを浮かべ僕を見る。


「これが僕だ。何もしなかったくせに、悪くないお前を目障りに感じてる。小さい人間なんだ」


 幸秋の話はそこで終わった。

 勘違いしていた一人として、幸秋の話は驚くものではあった。

 でも、それだけだった。


「幸秋どれだけ僕を嫌いになっても、嫉妬しようと、僕は友達だと思ってる」


 知ったところで何も変わらない。幻滅もしない。

 僕は憧れた人の傍に居たいわけじゃない。


 幸秋は――。

 顔立ちが良くて、運動も勉強も優れて、人から好かれているのに人付き合いを嫌っていて。冷めた目で周囲を見いて、物静かで落ち着いていて。コーヒーを片手に新聞を読む父のような、そんな一面もあって。

 僕らと同じ、叶わない想いを抱いて苦しんでいる。

 そんな幸秋と一緒に居たいと思ったから。


「だから、幸秋は遠慮せずに僕を嫌えばいい。けど、友達になってくれるまで僕は絶対に諦めない」


 そう断言した。

 一方通行で身勝手なことを言っているのは自覚している。

 僕が近くにいることが幸秋にとって苦痛でしかないとしても、僕がしたいからする。遠慮なく付き合って、本当の友達になりたい。

 幸秋はすっと顔を上げた。


「……諦めなければ負けじゃない、か」


 この言葉は昔、幸秋が僕に向けてくれたものだった。

 それがあの日、僕に踏み出す決意をくれた。


 幸秋は背を向け歩きだす。

 話したいこと、伝えたいことは言えた。

 それで僕達の間にある見えないわだかまりは消えなかったけれど、姿が消える間際、幸秋は控えめに片手を挙げた。


 その背中を見つめながら、僕も片手を上げた。

 諦めなければ何事もうまくいくわけではないけど、諦めれば終わってしまう。

 だから、どれだけ無様でも僕は足掻き続けたい。

 いつだって、大切なものを失わないために。


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