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隣で支える小さな影  作者: 柳
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僕が憧れていた友人。

 

 帰宅して洗面台の鏡で自分の顔を見たが、なかなかに酷い顔をしていた。

 擦り傷に打撲跡。

 それでも数日もすれば治るだろうと脱衣室を出た。


 たまたまの偶然だった。

 仕事が早く終わった母親と廊下でばったりと出くわしてしまった。

 帰宅時間を把握していたので両親には怪我を隠し通せると思っていた。


 僕の怪我を見た母親はまず驚き、何があったのかとしつこく聞き出そうとした。

 僕は迷った挙句、階段から落ちた、と嘘臭い嘘を突き通すことにした。


 当然、母親は納得できないと言いたげな顔をしていたが、それ以上を語ろうとしない僕に根負けし渋々ではあったが追及を止めた。

 僕はベットから出られず安静を言いつけられた。

 そして、約束を破ってしまった罰として、三か月間のお小遣いが無くなった。


 数日間安静にしていれば、微かに痣は残っているものの腫れは目立たなくなり学校へ行くことを許された。

 僕の怪我の理由を知らないクラスメイトは、この数日間に何があったのかと好奇の視線を向けてきたが、誰も話し掛けてこようとはしなかった。

 彼らとの溝を埋める方法はわからない。


 もしかしたら親しくなることなく、このままの関係で卒業するのかもと思った。

 前の僕ならそれでも気にしなかった。

 友達なんて一人いればそれでいいと、そこで満足していた。

 人付き合いが苦手な言い訳として逃げてきた。

 人数合わせの友達が欲しいわけじゃないと。


 でも風間と知り合って、錦戸くんと関わって、幸秋を見直して、僕の知らないこと、嬉しいだとか楽しいと思える機会が増えて欲張りになったのかもしれない。

 だから、視野を広げようと思えた。


 そして放課後、僕は幸秋を呼び出した。

 話がある、とだけ伝えると幸秋は疑問も不満も漏らすことなくただ一言、わかったと言ってくれた。

 以前の反応を思い出せば断れる可能性は少なくないと思っていたが、なんとなく今の幸秋ならそう言ってくれるような気がしていた。


 承諾を得て僕は先に教室を出る。

 同じ教室なのだから一緒に行くこともできたが、なるべく人の目を引きたくなかった。


 幸秋と僕はもう友達ではない。それが周囲の認識だった。

 クラスメイトでありながら、遠い関係にある二人が並んで歩けば彼らに余計な興味を焚きつけてしまう可能性があった。

 接触する時間は短くし話す内容は簡潔に纏めた。


 昇降口を出てグラウンドとは反対側にある中庭を経由し、体育館の裏手へと足を進める。帰宅路の外れ、部活動をしている人も立ち寄らない廊下の幅と同じくらいの空いたスペース。


 誰も寄り付かないこの場所は、割と綺麗に保たれ、一歩踏み入れると僅かに気温が下がったように感じた。

 敷地内を囲む塀に並ぶように細い割には背の高い木々が空を遮り、ここら一帯いの気温を下げているらしい。

 更に奥へと進み、通行者から見えないよう体育館の半分を過ぎたところで足を止めた。


 そろそろ部活が始まるのか体育館から複数の生徒の声が聞こえてくる。

 その声に耳を傾けて数分後、やってきた幸秋は僕の顔をじっと見つめていた。


「怪我は、もういいのか」


 その目は制服では隠せない頬の痣の辺りで止まっていた。

 友達未満であるの僕の怪我を見て気遣うような言葉を投げかけてくれた。

 幸秋は何となく言った他意のない発言かもしれないが、僕が感じているような意味は含まれていないかもしれないが、その気遣いが単純に嬉しかった。


「心配してくれてるんだな」


 僕が言うと、幸秋の眉間に僅かな皺が刻まれた。


「その怪我じゃ心配しない方がおかしいだろ」

「そんなに酷いかな?」

「階段から落ちたなんて言い訳、誰も信じないだろ」

「そうでもなかったよ。今日だけでも何人かの教師が僕の顔を見たけど、誰も話けようとしなかった。教師が気になるのは僕の怪我じゃなくて、問題になるかどうからしい」


 それはホームルームが終わって担任に呼ばれ時も。

 事情を話す時、担任がまず訊いたのは、「どうして怪我をしたのか」。

 怪我を心配するのではなく、事件に巻き込まれていないのか、問題を起こしていないのかを尋ねた。


 僕は母親に言った言い訳を使った。

 それで納得したらしく、担任はそれ以上は訊いてこなかった。

 無関係なら知らないまま見なかったことにする。

 それは教師だけじゃなく生徒も同じ。

 それが人として欠けているとは思っていない。

 僕だって話したこともない奴が唐突に松葉杖を使っていてもなんとも思わない。


 でも、幸秋は声を掛けてくれた。

 他人ではない、怪我を心配する間柄に僕を含んでくれた。


「呼び出したのは、幸秋に話したいことがあるからなんだ」


 幸秋と出会ってから、僕たちは数え切れないくらいの話しをしてきた。

 でも、一年前より、友達でいた頃より、今の方が余計な力が抜けている気がした。


「この間の上級生のこと、まだお礼言ってなかったから」


 幸秋のおかげで僕は救われた。

 感謝している気持ちを伝え、僕は頭を下げる。


「もし幸秋が来てくれなかったら今頃どうなっていたかわからない。最悪入院になっていたかもしれない。助かった」

「礼なんて必要ない」


 顔を上げれば、幸秋は冷めた表情で僕を見つめていた。

 幸秋はきっと本心から必要ないと言っている。


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