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隣で支える小さな影  作者: 柳
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何処にでもいる高い存在。5

 

 この距離では逃げることも躱すこともできない。

 例え運良く当たらなくとも、手も上げられないこんな状態では庇う事もできない。

 だから、誰でもいいから、助けてくれ、と願うことしか僕には出来なかった。


「先輩方」


 目の前で起きた出来事を、僕は信じられずにいた。

 変態だと陰口を叩かれていた頃、周囲には味方もなく、助けてくれる人はいないと、ヒーローはいないと思っていた。


 世の中は僕が思っていたよりも歪んでいて、冷たいものなんだと思っていた。

 そうだったはずなのに、窮地に駆けつけてくれたのは今の友達であり、かつての友達だった。


 振り下ろされるはずのバットを幸秋は片手で受け止めていた。

 再び現れた突然の訪問者に、その場にいた誰もが固まっていた。


「これ以上やるのなら問題にしますよ」


 ヘッドを握る幸秋が力を込めると、内藤さんの手からいとも簡単にバット取り上げた。

 冷静さを欠いていた内藤さんは静かに幸秋を睨んでいた。

 手を出すことはなく、誰も言葉を発することもなく、僕にはわからない無言のやり取りが二人の間で交わされているようだった。


 当事者だったはずの僕はいつの間にか蚊帳の外にいて、ただこの先に起こることを見つめる傍観者になっていた。

 誰も立ち入ることも許さない緊迫した空気の中、先に動いたのは内藤さんだった。


「もういい、うんざりだ。行くぞ」


 内藤さんは誰に目を配ることなく一人部屋を出る。

 その姿が完全に見えなくなると、慌てて二人もあとに続いた。


 残されたのは僕と、戸惑っている錦戸くんと、やっぱり冷めている幸秋だった。

 それを自覚した途端、気力だけで支えていた足ががくっと折れ、その場に倒れた。全身が熱く、空いている窓から吹き抜ける風が冷たくて気持ちよかった。

 このまま寝てしまいたかったが、訊かなくてはならないことがあった。


「どうして僕を助けた?」


 僕を助ける理由が幸秋にはない。

 そして、こんなぎりぎりの終わり間際の登場を偶然の一言で片付けてしまうにはタイミングが良すぎる。


「あいつの頼みだ」


 それだけ言うと幸秋は立ち去った。

 頼んだ人物の名前はあえて伏せられていたが、僕はその一言で納得してしまった。身体の力を抜いて目蓋を閉じる。


 間接的にまた助けられた。

 女子に助けられてばかりで少しばかり情けなくもある。

 それは事実なので素直に受け止めるとして、柚木さんはいったいどこまで知っているのだろうかという疑問が残る。


 あまり触れなかったが、罪悪感というにしても僕に関わることを把握し過ぎているようにも思える。それは追々訊くとしよう。


「勝った……」


 そう言えるのかは曖昧な結果だけど、今はそうしておこう。


「勝ったって、勝てると思ってたの?」


 隣を見れば力なく座る錦戸くんが呆れた様に僕を見ていた。


「負けてないんだから、勝ったも同じだよ」


 根拠もなく強引に断言すれば、そうなのかな? と錦戸くんは呟いていた。

 その声は半分納得したようで、半分違うんじゃないのかなと戸惑いを含んでいた。


 つい今しがた暴力沙汰に巻き込まれ、震えていたとは思えないほど錦戸くんはしっかりと自分を保っている。

 怪我もなく、恐怖を引きずることもなく終われたことに僕は心の底から感謝した。案外、錦戸くんは度胸があるのかもしれない。


 まだまだ知らないことがある。

 新たな発見を見つければ素直に嬉しく感じたが、それと同じく知っていくことが怖いとも思った。


「悪いな、巻き込んで」


 僕は目を閉じた。

 助けに駆けつけてくれたことは嬉しかった。

 でも、出来る事なら錦戸くんが知らないところで知らないうちに終わらせたかった。


 巻き込みたくはなかった。

 これは僕個人のとこで、僕がしなければならないことだった。

 そして僕が行動を起こすことで、錦戸くんの立場を悪くすることだった。

 嫌われるのではないかと、今までのような友達ではいられなくなるのではないかと、不安だった。


「いいんだ、なんとなくだけど、こうなるんじゃないかって思ってたから」


 その言葉は後悔しているようではなく、投げやりでもなく、何処か納得しているようだった。

 それに、と錦戸くんは躊躇いがちに続ける。


「だって、もう一人じゃないから」


 錦戸くんはへへっと笑った。

 今までに見たどの笑顔よりも嬉しそうだった。

 利害関係でしかなく、従うことで繋がる、対等ではない歪んだ付き合いを好き好む人はいない。

 でも、手を差し伸べてくれる人がその人しかいなかったら、僕だってその環境を受け入れていたのかもしれない。

 僕たちは似ているのだと思う。


「ありがとうな」


 僕は言う。


「どう、いたしまして、でいいのかな?」


 まだまだぎこちない僕らの関係が、少しだけおかしく思った。

 錦戸くんもつられて笑っていた。

 顔の筋肉を動かすたび痛むけれど、僕は笑いを収めることができなかった。


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