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隣で支える小さな影  作者: 柳
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何処にでもいる高い存在。4

 

 けれどもう、誰かに押し付ける真似はしたくない。


「それは出来ない」


 僕は言う。


「なら、キミがやるしかないね」

「……それも、しない」


 内藤さんはわざとらしく吐いたため息を僕へ向ける。


「あれもこれも嫌って、もう子供じゃないんだから。せっかく条件を出してあげたんだからさ、もう少し考えてみたら?」

「やらない」

「あーあ、そうなのね、じゃあ仕方ないね。オレだってこんなことはしたくないんだ」


 いい終わると同時に腹部に激痛が走る。

 鉄の固まりをぶつけられたみたいだった。

 一切の手加減なしの痛みに、僕は腹を抱えその場に蹲る。


「今、取り消すならこれ以上はしないよ」


 高みから見下す二つの瞳。

 いつだって、僕の意思を壊そうとする強者がそこにいる。


「……取り消さない」

「はいはい、それは違よね!」


 痛む箇所を押さえた手の上から、僅かに空いた隙間から何度も雑な蹴が突き刺さる。武器を持たなくても、つま先が凶器になることを知った。


「こうしてる、オレだって、痛いんだ。だからさ、いい加減諦めろ」


 痛みで声も出せない。

 従わせる目的は既に終わっていた。


 僕から言葉を奪っている。言せるつもりなんてない。

 ただ力関係をはっきりさせ、逆らえなくするためだけに暴力を振るっている。

 無茶苦茶痛くて気が遠くなりそうだけど、僕は絶対に屈しない。

 ここで諦めてしまったら罪を感じてしまう人がいる。

 その想いだけが僕を支えていた。


「今日は……ここまでだ……」


 内藤さんは呼吸が乱れるまで蹴り続け、僕は床に倒れたまま咳を繰り返していた。腹部を中心に熱を持ち、少しでも動かせば痛みが走る。

 正直このまま眠っていたかったが、そうも言ってられない。

 床に手を付いて立ち上がる。


「今日は、お、し、ま、い、って言っただろ!」


 右頬を殴られ後方へ倒れた。

 受け身はとれず、背中を床に打ち付けた。

 何度か呼吸を繰り返し、壁を支えにして立ち上がる。

 歯を食いしばると誰かの荒い息遣いが聞こえた。


 問題になるのを避けているからこそ、目に見える範囲には傷は残さない。

 内藤さんの理性が崩壊した証だった。


「なんだよ、お前……」


 どこを殴られ蹴られようとも、いくら倒されても僕は立ち上がることができた。

 そうすることだけが精いっぱいの抵抗だったから。


「いい加減わかれよ!」


 うんざりしたような声を上げている。

 腫れた目蓋を持ち上げれば、余裕を気取っていた内藤さんが苛立ちで震えていた。


 初めて見る顔だった。

 何発貰ったかなんてわからないけど、とうとうここまで来た。

 暴力で屈しないと、言ってもわからない奴に構っている時間はないと諦めるのか、それとも。


 視界が揺れた。

 力が抜け、崩れる足をどうにか手で支え、壁に身を預けるようにして持ち直す。

 立っていることもままならない。

 我慢比べもそろそろ限界らしい。


「おい、それはまずいって」

「うるせえ! オレに、口答えすんな」


 いつの間に上級生の二人が言い争っていた。

 怒りに我を忘れ暴走気味の内藤さんを長髪の上級生が宥めているように見えた。

 ぼけた視界に映ったのは金属バットだった。


 流石に、それをまともに受ければただでは済まない。

 内藤さんの冷静さを失った瞳が僕を捉え、睨みつける。


「何笑ってんだよ!」


 激怒した内藤さんが手にしたバットを衝動的に床に叩きつけると、キーンと高音が耳に届いた。


 何度だって繰り返してやるよ。

 そうしないと、いつまでも間違い続ける人がいるから。


 抵抗する力もない僕のもとへ内藤さんが近づく。

 バットが頭上高く振り上げられていくのを僕はぼんやりと眺めていた。


 その瞬間が寸前に迫り目を閉じた。

 今回はこれで終わりだと、諦めて。


「やめてください!」


 部屋に響く声。

 目を開けると、僕を庇う様に誰かが正面に立っていた。


「お前もか……」


 突然現れたその人物の背中は大きくて頼もしかった。

 僕を守ろうと精一両手を広げている。


「使えねえだけじゃなくて今度は邪魔すんのか。どいつもこいつもふざけてやがる」 


 抑えられなくなった感情は、僕が屈服しなければ治まることはない。

 躊躇うことなく、暴力の塊が振り下ろされるだろう。


「お前には関係ない。そこをどけ」


 掠れた声で言えば、錦戸くんがこちらを向き、引きつった笑を浮かべていた。


「手も上げられないのに何言ってるの。ここは僕に任せて」


 怖いだろうに。

 友達になりたての、なんの義理も責任もないこの僕を必死に守ろうとしている。

 その足は恐怖で震えていた。

 

 立っていることが精一杯のこんな状況で、危機に瀕している状況下でこう思うのは場違いだろうか。

 友達が助けに駆けつけてくれて、嬉しいと呑気に思うのは。

 きっと、ここへ足を踏み入れるもの、逆らうのも勇気がいるだろうに。


「明日河くんの身体を見てください。もう十分じゃないですか」


 錦戸くんは必死に訴える。

 慕っていた人に口答えするのにどれだけの覚悟がいるのだろう。


「何がいいんだよ。まだ終わってねえだろ」

「明日河くんの代わりは僕がします。トロいかもしれないですけど、頑張ります。ズルだってしますから。だから――」


 頬を叩く音が響いた。

 打たれた襲撃で錦戸くんの驚いた顔が僕にも見えた。


「そんなことはいいんだよ」


 反対側に一発。


「こいつは、オレに逆らった。許せるわけねえだろうが」


 腹の底から響くどす黒い声。

 それを間近で当てられた錦戸くんは完全に戦意を失っていた。


「手を、出すな」


 掠れた声を張り上げ、内藤さんを見据える。

 底をついたはずの戦意が再び湧き上がってくる。

 僕がいくら殴られても、痛くても我慢すればいい。

 でも、目の前で友達がやられて黙っていられない。


「なに? まだ何かしようとしてんの? でも、もう終わりだよ」


 僕ら目掛けて振りかぶった金属バット。

 急所であれ何処であれ当たればただでは済まない。

 それが、僕に当たればいいのだけど、立ち位置的にまず錦戸くんに当たるだろう。

 錦戸くんはただ呆然と、身に突き刺さる金属の塊を見つめていた。


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