何処にでもいる高い存在。3
堂々と扉を開け、今まで溜まっていた鬱憤を晴らすためにやられただけやり返す、なんてことはできっこない。
でも、それでいいって思える。
周りからどんなに惨めに見えても、情けなくても諦めなければ負けじゃない。
負けなければすなわち勝ち、ということだ。
なんて歓楽的な考え方なのだろう。
ただ、その言葉が僕の背中を押してくれる。
僕が持たなくてはならないのは力ではなく、技術でもない。
負けない意志なのは何処へ行こうが変わらない。
両手で頬を叩き、弱い僕を押し込める。
ドアを開けたその先には僕には高すぎる壁であり、立ち向かうべき敵がいる。
これから起きることは想像できない。
わかっているのは穏便には済まないだろうということだけ。
それだけわかっていれば十分だった。
ドアを二回ずつ、間隔を空けてノックする。
教師に見つからないように用意した関係者でなければ開かない合図。
こちら側からは鍵がない限り開くとこはできない。
その鍵も彼らが所持しているのを僕は知っている。
どういう経緯で手に入れたのかは知らないが、そう簡単に手に入れられる物ではないだろう。
そして、あまり使われていないとは言え、一生徒が教室を私物化し続けられるほど学校のセキュリティは甘くない。
錦戸くんが言っていた彼らの力。それは教職員との繋がり。
しばらくしてドアを開けたのは内藤さんだった。
珍しいことだった。
「あれ、今日は彼女じゃないの?」
あまり驚いている様子はなく、ただ事実確認として言っていた。
「そっか。明日河くんだってわかっていたら余計な準備しなくてよかったのに、気が利かないね」
隠そうともしない嫌味は慣れた。
内藤さんがわざわざ入口を開けてドアの前に立って僕を出迎えることに疑問を覚えたが、少し考えてみればわかることだった。
今までこうして入口で受け渡しを行っていたのだろう。
僕は関係者であり、柚木さんはあくまで僕の代理として扱われていた。
部屋には煙草以外にも隠すものがあり、余計な詮索をされる可能性を生み出さない行動なのだとしたら、彼らは想像していたよりも用心深い。
「もしかして休みなのかな? それとも――」
「柚木さんはもう来ません」
内藤さんの言葉を遮り僕は言う。
はっきりと、勘違いのないように伝える。
その言葉が部屋の奥まで届いていたのだろう、無気力に漂っていた二人の顔色が変化する。
あの時見た無表情なものに変わる。
たった一言、それだけで彼らは自分たちのすべき行動に移っていた。
黒髪の上級生は椅子に座ったままだが、長髪の上級生は立ち上がり僕の横を通り過ぎると背後に付いた。
「とりあえず入れ」
内藤さんは内緒話でもするように僕の耳元で呟き背を押す。
それに従い僕が部屋に入ると、それを見届けた長髪の上級生がドアを閉じる。
そのまま数歩残して背後に留まる。逃がさないようにしているのだろう。
逃げる選択肢はここに来る前に捨ててきたが、背後から突き刺さる視線が監視されているようで居心地が悪い。
「どういうことなのかな? 話してくれるよね」
二人に挟まれながら質問が始まる。
ここまで準備しているのなら僕が何を言い出すかなんてわかっているだろうに、そこで止める。偽物の笑顔を向ける。彼らのすることは回りくどい。
「彼女と喧嘩でもしたのかな? それとも脅しが効かなくなったのかな?」
好奇心からか、上級生がそんなことを訊いてくる。
「柚木さんは僕が命令していたわけじゃない」
「そうだったね。言葉を間違った。オレらがしているお願いを君もしているんだよね」
僕が断言しても、彼らは自分が納得できる方へと言葉を捻じ曲げてしまう。
脅し従わせてきた彼らは、そうとしか思えない。
誰かの為に自ら辛いことをしている彼女の気持ちは、話しても理解できないだろう。歪みはすぐ隣にもある。
「どうやって彼女を従わせていたのか、少し気になるし今後の参考にしたかったんだけど、今じゃなくてもいいかな」
そこで言葉を止めた内藤さんはそっと僕の手元へと視線を下げる。
「オレらが知りたいのはこれからどうなるのかってこと。それは、君が何も持っていないことと関係あるのかな?」
肯定だと見つめ返す。
「それで、交代するわけ?」
内藤さんは僕の話も聞かないまま話を短縮し、間違った方向へと勝手に向かっていた。柚木さんと僕の立場を変えに来たんだと勘違いしていた。
「僕はあなたたちの言いなりにはならない。もう、ここには来ない」
はっきりと言葉にした直後、背後で不満の声があがり長髪の上級生が背後に迫るのがわかった。
「何言ってんの?」
僕の発言が間違いであるように指摘する。
「その言葉がどういう意味なのか、君は知っているはずだよ」
内藤さんは冷静に言い含める。
教えたはずの答えを、間違えてしまった子をもう一度正すために確認する。
逃げ出したいと思うのは生存本能なのだろうか、それとも恐怖心を抱いている僕の弱気な部分なのだろうか。
もし、今まで通り彼らの言うことを聞いていれば荒事は起きないのだろう。
痛い思いをしなくて済むのだろう。けれど、逃げないと決めた。
確かな意思を携え真っすぐ見返せば、内藤さんは微笑むのを止めた。
「そういうことか」
僕の決意を悟ったように納得するように呟く。
「オレらだってそこまで悪くない。やめたいって言うのなら別に構わない」
意外な言葉に耳を疑う。
けれど、口の端を釣り上げ不吉な笑みを浮かべる彼に慈悲なんてなくて、
「ただ、キミの代わりを連れてきたら、だけど。どうする? 一週間は待てるけど、その間はパンの他にお金も用意してもらうことになるけど」
優しいと言えない条件を提示されるだけだった。
彼らは錦戸くんにしていた事と同じ事をしろ、と言っている。
少し前の僕なら従っていたのかもしれない。




