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隣で支える小さな影  作者: 柳
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何処にでもいる高い存在。2

 

 休みが開けて月曜日。

 二時間目の授業は視聴覚室で行われるため、錦戸くんと一緒に特別棟に向かっていた。


 その途中、廊下の向こうからやってくる柚木さんを見つけた。

 俯き気味にとぼとぼと歩く彼女を僕はだいぶ前に気付いていた。


 遠目からもわかる存在感。

 自己主張の足りない制服に、変化のない代わり映えしない髪型。

 けれど、それらをプラスに変えてしまうほどの素材を彼女は持っている。

 小柄ながらもスラッとした体型に、俯いていても確信できる整った顔立ち。

 触れ合えば伝わる刺のない言葉使いに控えめな性格。


 目立つことが嫌いだと幸秋は言っていた。

 それは柚木さんを見ていればわかった。

 でも、本人の意思とは関係なく、隠そうてしていても彼女の魅力はどの角度からでも感じ取れた。


「おはよう」


 軽く挨拶すると柚木さんはその場で足を止め、俯いていた顔を上げた。

 大きくなる瞳が僕を捉えると言葉なく静止した。

 独りきりだった。


「体調は大丈夫そう?」


 言葉を掛けると、柚木さんは俯いたまま小さく頭を下げた。

 その反動かどうかはわからないが、抱えていた教科書が滑り落ちては廊下に広がった。

 それは教科書やノートといった誰でもが持っているものだったが、表紙はマジックで塗り潰されたように真っ黒だった。


 不自然に汚くなった私物を柚木さんは隠すように慌てて拾っていく。

 僕に見せないように、見せたくなかったように――。

 僕の代わりに罪をかぶった彼女。

 僕は黙って拾うのを手伝った。


「……ありがとう」


 俯きながら小さな声で言い、彼女は反対側へと小走りで過ぎ去っていた。

 それと同時に、女子の集団が笑いながら通り過ぎる。

 僕に嫌がらせをしてきた井口さんを中心としたグループだった。


 笑い声は廊下にこだまし、聞きたくもないのに鼓膜にこびり付いては僕を不快な気分にさせた。

 周りを見れば自分たちは関係ないと主張するかのように、見ていないと言わんばかりに何事もなかった日常に戻る。


 助ける人も、情けを掛ける人もいない。

 その反応はまるで、嫌がらせを受けても仕方ない、とでもみんなが認識しているかのようだった。


 柚木さんは決して嫌われるような人ではない。

 過去、幸秋が言っていたように柚木さんは人気があって、人望があったのだとしたら、僕に脅されているなんて理由だけで避けれているのだとしたら、あまりにも何かが足りない。

 そう感じてしまうくらい、柚木さんの置かれている今の状況が異常だった。


「どうしたの?」


 立ち止まったままでいる僕に錦戸くんが声を掛けた。


「あのさ、柚木さんが嫌がらせを受けている理由、知ってるか?」


 僕が尋ねれば、錦戸くんは少し戸惑った表情をして先を歩く井口さんグループを見つめた。


「表立って手を出しているのは、彼女たちみたい」

「そうなのか」


 やっぱりそうなのか。


「それがどうしたの?」


 錦戸くんが言う。


「いや、なんとなく聞いただけだから気にしないで」


 そう言って歩き出すと錦戸くんも歩き出す。

 もし、同性愛者だと疑惑がたっていた原因も僕にあるとしたら。

 嫌がらせ目的のために嘘を吹聴しているのが井口さんだとすれば。

 そう考えれば井口さんの嫌がらせが僕ではなく、柚木さんに移ったことも簡単に思い浮かぶ。


 それはきっと、僕よりも明確な容疑者が現れたから。

 制服を盗んだ犯人が柚木さんであると、井口さんが思い込んでしまう何かがあった。


 憶測ではあるけれど、何となく繋がるものを感じる。

 とりあえず、嫌がらせをしているのがそのグループだと知れたのは大きい。


「間違ってたらごめん」


 教室が見え始めた頃、ふと錦戸くんが口を開いた。


「明日河くん、僕に隠していることない?」


 錦戸くんは何かを探るように言葉に乗せる。

 それは疑心とか、騙すとかそういう類のものではなくて、単純に僕を心配しているように聞こえた。


「気のせいだよ。何も隠してないって。それより、今度の試験大丈夫か? 結構難しい範囲が含まれてるけど」


 僕が言うと、錦戸くんは困ったように眉を寄せた。


「それは、少し心配、かな」

「もし、余計なお世話じゃなかったら、わからないとこは聞いてくれ。これでも予習は欠かさないからようにしてるからさ」

「そうなんだ。お願い、しようかな」


 僕たちは揃って教室のドアを跨ぐ。

 錦戸くんが何を感じ取ったのかはわからないけど、余計な心配はさせたくない。


 これは話すべきではない。

 勘付かれてしまえば僕らの間に亀裂が生じる。

 だからその時がくるまでは、普通の友達の関係でいたかった。


 酷い奴なのだろう、僕は。

 少なくとも、錦戸くんにとっては良くない事をしようとしているのだから。

 昼休みになり、いつものように食堂に行くよね? と錦戸くんに誘われたけど、用があるからと断った。


 一人歩く。

 たどり着いた先には重く堅いドアがある。

 まずはここから始めようと思い、決心していた。

 けれど、この場所にたどり着けば弱い僕が顔を覗かせる。


 開けたくなく、引き返したい、そうやって何度も何度も足踏みしてきた。

 どんなことを言われるのかと想像するだけで鼓動は早くなり、恐怖心が身体を支配する。


 人はそう簡単に変われない。

 街の不良たちと交流したとしても、争いに巻き込まれそうになっても、殴られる覚悟していたとしても、それはそれ。

 異常な世界に踏み込んでも、普通の人が経験しない出来事に直面しても別人になるわけじゃない。


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