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隣で支える小さな影  作者: 柳
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何処にでもいる高い存在。

 

 大雑把に住んでいる場所を教えてもらい、僕は自転車を走らした。

 柚木さんの家は学校よりも先にあるらしく、自転車でも結構な時間がかかると予想された。最短距離で言えば裏道をつかった方が早いが、僕は道の滑らかな大通りを選んだ。


 人通りの少ない休日の歩道を緩やかな速度を保ちながらペダルを漕いで行く。

 時折、僕たちを見る周囲の目が温かくもあったりしたけど、その人たちが思っているほど、僕は浮かれてはいなかった。


 一人とは勝手の違う自転車の操作に未だ慣れない。

 バランスに注意していると余計な力が入ってしまい、気温的には暑くないのに身体は熱を持ち、汗で服が張り付いていく。


 体力の消耗が思ったよりも激しかったが、僕以上に苦労しているだろう柚木さんが見ている前で愚痴など零せるわけがない。

 少しでも身体の負担を減らしたくて強引に乗せてしまったが、荷台の乗り心地は決していいものではない。


 以前、幸秋に乗せてもらった経験がある。

 衝撃は大きく、荷台は終始不安定だった。

 今の所は痛みを訴えられてはいないが、柚木さんの場合は痛くても我慢している可能性が十分過ぎるくらいに考えられた。


 心配になって尋ねてみれば、大丈夫です、と柚木さんは答える。

 その声は無理しているようには感じないのに、大丈夫と言われると余計に心配になってくるのは何故だろう。


 それに時々、気が付く程度に上着が引っ張られる感覚があった。

 無視してても問題なかったが、信号待ちの時に振り返ってみれば、柚木さんが僕の上着を握っていた。


「ごめんなさい」


 怒られると思ったのか、柚木さんは慌てて手を離した。

 謝られることは何もされてはいなく、嫌がることでもない。

 それを言葉で伝えてもきっと納得してはくれないだろうから、胸の前に引っ込んでしまった柚木さんの手を掴んで僕の腰に当てた。


 ハンドルを握っている僕とは違い後ろには掴む物がなく、支えがなければ身体は不安定に揺れる。

 最悪、自転車から落ちる事態にもなりかねなく、前の人の身体を掴んでいた方が安全ではある。

 それがわかっていたとしても、柚木さんには難しいということを僕は見落としていた。


「ごめん、気付かなくて」


 僕はそう言って自転車を漕ぎ出す。

 柚木さんは何も言わなかったけど、手を離すことはなく、自転車は前よりも安定していた。


 学校を通り過ぎてしばらくすると見覚えのない道に出た。

 行き先に困って何度も道を尋ねると、柚木さんは面倒な素振りもなく丁寧な説明を返してくれた。僕たちに交わされる会話らしい会話はそれだけだった。


 口数の少ない柚木さんと、何を話していいのかと迷う僕。

 世間話もできないまま目的地に向かっていく。

 住宅街をしばらく進んで行くと、もう、大丈夫です、と柚木さんの声が聞こえ、自転車を止めた。


「ありがとうございました」


 と言って柚木さんは頭を下げた。


「気にしないで。僕が無理やり誘ったんだから」

「……はい」


 それからはどちらも動くことはなく、しばらく止まったまま時間が経過した。

 きっと僕が帰るまで柚木さんはその場所に留まるのだろう。


「来週、学校で」


 そう言って僕は来た道を引き返す。

 同じ道順を辿り、同じだけの時間を掛けて家に帰り着き、まっすぐ自室に向かった。


 シャワーを浴びようと思ったがそんな体力は残っていなく、倒れこむようにしてベットに身を倒した。スプリングが軋み、力を抜けば疲れを自覚した。

 睡眠不足も相まって身体が重い。

 目蓋を閉じてみたが、一向に睡魔はやってこなかった。


 ベットから微かに自分のではない甘い香りがしてくる。

 その香りが、まるで隣に柚木さんがいるような錯覚を抱かせるものだから落ち着かない。

 そんな状態で眠れるわけもなく、ベットに横になりながら柚木さんの言葉を思い返していた。


 約束したにも関わらず、現れることのなかった正体不明の待ち人。

 不自然にパッタリとなくなった噂話。

 曖昧で、意味不明な、けど何かを伝えようとしていた幸秋の言葉。

 全てが彼女に繋がっていた。それがようやくわかった。

 柚木さんが話してくれなければ知らないままだった。

 どん底まで行き着いたと思っていた僕の日常は、柚木さんのおかげで改善されていた。


 でも、柚木さんのやり方は、誰か一人を犠牲にして成り立っていた。

 僕の負債を肩代わりする形で、柚木さんは自分を犠牲にしていた。


 終わらせなくてはならない。

 そうしなければきっと、柚木さんは責任を感じ続けてしまう。

 自分が全ての元凶だと思い込んだまま悔やみ続けてしまう。

 だからこの問題は、僕だけが抱えるはずだった間違いは、僕自身の手で元の正しい状態に戻さなくてはならない。


 やれることは全て。

 その日はベットから動かず、大きくなっていく彼女の存在を近くに感じながら眠りについた。


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