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隣で支える小さな影  作者: 柳
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雨に打たれて。5


「どうにかしたくても、私には、立ち向かう勇気がありませんでした」


僕だって考えていた。

でも、大きな力の前では僕は無力だって知って、諦めてしまった。


「それでもどうにかしたくて……先生に頼ろうとしました。けれど、いい反応はもらえませんでした。そのせいで余計に、あなたに迷惑をかけてしまった、だけでした」


太腿に乗せていた両手は静かに震えていた。


「だから、せめて、私がしてしまった罪を……私が背負わなければ、と……私に、出来ることをしようって」


いつだってそうだった。

柚木さんと向き合えば申し訳なさそうに俯いて、いつも意味不明な謝罪を繰り返していた。

口癖なのかもと思っていたけど、違った。

柚木さんは僕に謝り続けていた。

あの日の約束を守れなかったことを。


「ごめんなさい」


謝罪と共に涙が零れた。


「私が、ちゃんと……約束を守っていれば、明日河くんが嫌な思いをすること、なかったのに……」


言葉を詰まらせながら自分を責める。

それが演技だって、嘘だなんて微塵も思えなかった。

その気持ちがどれだけ深いものなのか、言わなくても見て取れた。

落ちていく涙から、辛そうな表情から、目を逸らしたくなるほど伝わってくる。


「全部、私の所為です」


柚木さんは罪を感じていた。

あの日の間違いを繰り返したくなくて、どれだけ僕が遅れても待ち続けていた。

自分がしてしまった些細な間違いを重く受け止めて、取り返しのつかないことのように感じてしまった。


たまたま悪いことが重なってしまったことも自分の所為。

その気持ちを汲み取ってみたとしても、誰がどう聞いても圧倒的に僕に非があるのは決まっているのに、たったの一度も僕が悪いとは言わない。

僕が悪いって微塵も思っていない。


「柚木さんは悪くない」


僕は気付くのが遅かった。遅すぎた。

沢山のヒントは転がっていたはずなのに、それを僕はうまく繋げられなかった。

もしあの時に、柚木さんの言葉をもっとよく受け止めていれば、少しでも踏み込んでいれば、ここまで追い詰めることにはならなかったのかもしれない。


「柚木さんが気に病むことじゃない」


柚木さんを庇うつもりもなければ、昔のことだからと水に流そうとしているわけでもない。何を言われても、僕だけが悪いのはわかっていたことだから。


「違います。私が、あの時――」


なのに、柚木さんは認めない。


「全部、私が……あなたを苦しめていたんです」


僕の言葉を聞き入れないんじゃなくて、聞いて飲み込んでも、それでも自分が悪いと言い張る。言葉を詰まらせながらも、口調が陰ることはない。


「何度も言うけど、柚木さんは何も悪くない。これは僕の問題だから」

「でも。その原因になったのは、私です」

「だから違うって!」


そうじゃないって言いたいだけなのに、責めるように口調が強くなってしまった。

これ以上苦しめたくないのに、柚木さんはますます萎縮してしまう。


「ごめん。大きな声、出して」

「いいんです。私が悪いんです。私が――」

「頼むから、もう、謝らないでくれ」


自分を責めるその言葉を、聞きたくなかった。

柚木さんが謝る度、涙を零す度、僕の胸を締め付ける。

苦しませているのは僕なんだと自覚させられ続けるんだ。

それだけの効果しかなくて、柚木さんが悪いなんて思えるわけがない。


話は平行線を辿る。

きっと何を言っても柚木さんは自分を責めることを止めないだろう。

だから、余計に苦しむかもしれないが、僕が思っていたことを話すべきだと感じた。


「幸秋に聞かされたあの日、呼び出した人が誰だったか気になって、来なかったせいだって怨んでいたのは事実だよ」


泣き疲れ、掠れてしまった声が微かに聞こえた。

ごめんなさい、と何度も言っていた。

僕の言葉がナイフとなって柚木さんの身体を突きたて、治らない傷を更に大きく広げていく。

痛みは悲痛な表情に変わって、それを見ている僕に同じ痛みを植え付ける。


「ずっと、幸秋が悪いんだと思い込んで、僕の見えない所で笑っていると思ってて……最低な人間なんだと、思ってた」


柚木さんは望んでいるのかもしれない。

罪を償う当然の報いとして僕に責められることを。

柚木さんの言うように、お前の所為だって僕に言われるのを。


「それから僕は孤独に耐えられなくて、近づいてきた人を自分のためだけに利用した。相手の気持ちを無視して友達になった」


もし、僕の思っている通りだったとしても、柚木さんがそれ以外を望んでいないとしても、僕はその期待には応えられそうにない。

憎むことも、恨むこともできそうにない。

だって、僕の手の届く距離にいる人が苦しそうに胸を抑えて、涙声を必死に堪え泣いている。

たったひとつの約束を破っただけで、僕以上に悩んでいる彼女に、少なくとも僕は救われている。


「そんな関係が長く持つはずもなくて、すぐに壊れた。彼には悪いことした。でも、そのことがあったから僕が間違っていることに気付けたんだ」


事の起こりになった人間を恨むことしか出来なかった僕とは違い、自分とはなんの関係もない他人が起こした不始末を結び付けて、転がり落ちていく僕を必死に止めようと思ってくれた人がいたことを知ることができた。


「上級生にいいように従わされているのだって、結局は僕が悪かったんだ。全て、僕が招いた結果だったんだ。柚木さんはなんの関係もないんだよ」


今まで築き上げてきた信頼を捨ててまでも、僕の為に身を差し出してくれた。

そんな彼女に向ける言葉が憎しみであっていいはずがない。


「柚木さんは何も悪くないんだ」


恨む気持ちは僅かもなく、僕は、ありがとう、という気持ちを込めて話を終えた。

それで納得してくれるとは思っていなく、柚木さんは尚も口を開き何かを言い掛けるけど、それが言葉になることはなかった。


「この話はもう終わりだ。それでいいよね」


柚木さんは最後まで頷いてくれなかった。


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