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隣で支える小さな影  作者: 柳
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雨に打たれて。

 

 約束の時間まで適当に潰し、余裕を持って家を出た。


 待ち合わせ場所として指定した鳥居神社はそれほど立派ではないが、学校に近いということもあり、僕たち学生のほとんどが知っている。

 柚木さんの住んでいる地区を知らなくとも、学校に近く、そして僕らが共通して知っている場所ならばと一番に思い浮かんだのがそこだった。

 目的地まで半分を過ぎたあたりで携帯の時刻を確認すると、五時半をもう少しで回るところだった。


 もう少し遅めに出てもよかったのかも、と思いながら最寄りのコンビニを横目に更に歩いたところで微かな泣き声が耳に届いた。

 その声に導かれるように僕は車道を外れ、細い路地へと進んで行く。

 程なくして小さな女の子が背中が見えた。

 背丈からして四、五歳ぐらいだろうか。

 道の真ん中で立ち尽くし泣いている。


「どうした?」


 驚かせないよう前に回り込み声を掛けてはみたが、女の子は泣くばかりだった。

 見た感じは怪我をしているようではなく、迷子なのだと思うが、こんな人目につかない場所では誰も気付けない。


 その後も何度か話しかけてはみたものの、わんわんと泣き叫ぶばかりで僕の声が届いているかどうかも怪しい。

 こうしている間にも約束の時間は刻一刻と過ぎてゆく。

 時間は惜しいが放っておけない。


「お母さん、とはぐれたの?」


 お母さん、の部分を強調してみると、女の子はピタリと泣くのを止めた。

 泣き濡らした真ん丸な瞳が僕に向く。


「ママ?」

「そうママ。ここで待ってるように言われたのかな?」


 女の子は大きく首を横に振った。


「あのね。ママとお買い物に来て、大きなチョウチョさんがいて、おいかけてたら、ママがいないの」


 迷子が確定した。

 もし近所の子ならばここで待っていたほうが賢明かもしれないけど、買い物に来ていたとこの子は言っている。

 母親の手を離れ、家から離れたこの路地に迷い込んだのだとしたら、ここ留まっていても発見される可能性は低い。


 それならば交番に届けたほうがいいだろう。

 方針が決まるや否や、再び涙がユミちゃんの目を濡らし始めていた。


「名前、教えてくれるかな?」


 本泣きになってしまったら手がつけられない、と僕は足早に尋ねる。


「……ユミ」

「そう、ユミちゃんて言うんだね。ユミちゃんのママが何処にいるのか、お兄さん知ってるよ」


 子供を騙すのは簡単で、あたかも知っていたかのように言えば純粋なユミちゃんは、本当? と大きな声で僕に言う。


「ああ、だから僕に付いてきて。案内してあげるから」


 そっと手を差し出すと、ユミちゃんは何の疑いもなく握った。

 僕に付いていけばママに会えると信じきっている間は泣くことはなく、本来の子供らしさが戻ってくる。

 好奇心旺盛な年頃なのか、ママを探していたはずなのに空き地に花が咲いていたら駆け寄って摘み取り、店先に並べられた熊のぬいぐるみに心を奪われしばらく眺めたりと、何度も寄り道をさせられた。

 それでも泣かれるよりはマシで、急ぐことはなくのんびりと交番まで向かう。


 会話をしている間も、なるべくママの話題を避け、迷子であることを忘れさせるとユミちゃんは笑顔を見せてくれた。

 はぐれないように繋いだ手は、いつの間にか引かれていた。

 何年か前にも、こんな風に子供に手を引かれ街中を歩いたことを思い出した。


 その子も泣いていた。一緒に来ていたお姉ちゃんとはぐれてしまったらしい。

 見つけてしまったら放っておけなくて、それから何時間もお姉ちゃんを捜して街中を歩いた。

 結局、見つけらえなくて交番に届けることになった。その後、その子がどうなったのかは知らない。


 二十分少々で着くはずの交番が見えたのは、ユミちゃんと出会って四十分後のことだった。


「とーちゃく!」


 ユミちゃんの掛け声で交番へと足を踏み入れる。

 交番の職員の男性に事情を話すと、母親が見つかるまで預かってくれると言っていた。

 これで僕の役目は終わりだと、机に置かれている木彫りの置時計へと目を向ければ約束の時間から十分が過ぎていた。


「ママはどこ?」


 ユミちゃんは忙しなく頭を動かしては居るはずのないママを探していた。

 嘘をついてしまった僕が悪いのだけど、その行動が胸を締め付ける。

 それでもお別れを言わなければならなく、ユミちゃんの目線まで身を屈めた。


「ユミちゃん。ここで待っていればママに会えるから。僕はこの後、人と会う約束をしてるんだ。だから――」

「いや」


 抵抗するユミちゃんの声に力はなかった。

 ついさっきまで僕を振り回していた元気いっぱいの女の子はすっかり身を潜めてしまい、しゅんと大人しくなっている。

 泣きそうな顔で俯き、僕の服を掴んだまま離そうとしない。

 また、一人になってりまうのではないかと、恐れているようだった。


「わかった。ママが来るまで一緒にいるよ」


 嘘を吐いた手前であり、このまま置いていくことは僕には無理そうだった。

 ここに残ると言ってもユミちゃんは掴んだ手を離さない。


「助かるよ。私は子供の扱いは苦手でね」


 職員の男性は過去に子供関係で苦い経験があるのか、ユミちゃんにはあまり近よろうとはしなかった。

 子供嫌いではない僕としては、ユミちゃんの遊び相手を務めることに抵抗はなく、むしろ任せてもらいたいくらいに思っていた。

 その方がユミちゃんも不安ではないだろうから。


 その後、職員の男性の案内で交番の奥へと行けば畳が敷かれた小さな休憩所があった。


「そこに置いてある物は勝手に使っていいから」


 職員の男性が指差す先には、子供が喜びそうなおもちゃの類が箱に詰められていた。ユミちゃんのように迷子を預かることが多いからなのか、あらかじめ用意されているらしい。


 これで手持ち無沙汰になる心配はなくなったが、おもちゃ箱の中身はパッと見趣味が悪い。一昔、僕が子供の頃に流行った戦隊ものであったり、何かの剣だったりと男の子が喜びそうなおもちゃばかりだった。

 それでもユミちゃんの視線はおもちゃ箱に釘付けになっており、許可がおりた途端に駆け寄っていた。


 男物であろうと関係ないのかな、と思ってユミちゃんに近寄っていけば、ガサガサと漁っては興味のないものは箱から出されていく。

 ユミちゃんに迷いはなく、真剣な眼差しで好みのものを探していた。


「これ読んで」


 差し出されたものは絵本だった。


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