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隣で支える小さな影  作者: 柳
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柚木香織という人物。7

 

 捕まえたといっても強引にではなく、ちょっと話がある、と言って彼女の許可を得て購買がある通路とは反対の廊下の隅にまで来てもらった。

 後ろを付いてくる彼女は一言も言葉を発することなく従順だった。


「ごめん。連れ出して」


 話の切っ掛けとして一応謝りを入れておく。


「……大丈夫」


 囁くような声だった。

 柚木さんとは最近になって関わることが多くなったものの、人伝てでしか彼女のことを知らない。

 ただ、何かあるんじゃないかと、疑いを持つ先生の気持ちが僕にもわかる気がした。


 控えめで自己主張のなさそうな彼女が、いつバレてしまうかもわからないこんな大胆なことを、自らの意思でしているようにはとても見えない。

 その理由を知れば、拗れた噂も解消できると思っていた。


 柚木さんは黙ったままだった。

 待ち伏せなんてしたものだから警戒しているのかもしれないが、二、三質問したら終わる程度の時間なので話を進める。


「僕が休んだ日から音楽準備室にいる上級生にパンを届けてたのは、君だよね?」


 彼女は小さく頷いていた。

 彼女なりの理由があるのかと思っていたが、隠そうともしなく、思いのほか素直な反応だった。話が早くて助かるが、彼女が依然と俯いたままなのが気になった。

 

「どうしてそんなことをしたんだ?」


 ここまで素直な反応を見せてくれていたので順調に話が進むとばかり思えたが、それは思い違いだった。いくら待っても、質問の答えが返って来ることはない。

 怖がっているのかもしれないと思い、なるべく刺が出ないように心掛けた。


「勘違いしないでほしいんだけど、怒っているんじゃないんだ。ただ理由が知りたい」


 それに対しても彼女は無言だった。どうしたものかとしばし悩む。

 長岡が言っていた、〝僕の代わり〟を彼女がしていたことは判明した。

 動機は未だに掴めないままだが、多分、彼女が悪意を持って行動していたようには感じられない。

間接的には迷惑を掛けられてはいるけど、直接的な害があるわけではない。

 訳を話してくれないのなら、これ以上続けても意味はなく、それよりも二人っきりの状況を誰かに見られてもしたら更に面倒なことになる。


「わかった。じゃあこれだけは言わせてくれ。どんな事情があるかは知らないし聞かない。でも、今日からは僕の代わりはしないで欲しい」


 最低限の知りたいことは教えてもらえた。言いたいことも伝えられた。

 これで僕と彼女を結びつけるものはなくなる。

 彼女が違反行為をしなくなれば噂話も消えて元通りになる。

 その後、上級生の矛先が再び僕に向く、という問題は残るが、それは柚木さんには関係のないこと。僕たちの関係は二週間前の、ただクラスが隣の同級生に戻る。

 その、はずだった。


「それだと、明日河くんが、困る」


 彼女は顔を上げて僕にそう告げた。

 まるで僕のことを心配しているように、そう言ったのだ。

 上級生たちの命令である食料を滞らせれば、僕がひどい目にあうことを彼女は知っている。若干の驚きはあったが、しかしそれは彼女が特別だからということではない。


 そこまで広まってはいないが、一部の生徒は僕と上級生の関係を正確に認識している。彼女が知っていることに自体は別段不思議ではなく、どうして彼女が僕を心配し、拒否権のない命令を代わりに背負っているのかという疑問が浮かび上がってくる。クラスも違う、接点もほぼない僕に。


「確かに困るかもしれないけど、それは柚木さんには関係ないよね?」


 またも口をつぐみ俯いてしまった。

 スカートを軽く握りしめ、何かに耐えているように震わせている。

 ふとした憶測が脳裏を横切った。


「誰かに命令されてるのか?」


 そうする誰かがいるとは思わないが、そうならば彼女がしていることに説明がつく。けれど、それは違うと彼女は小さく首を振る。


「自分の意思でそうしているのか?」


 今度は頷く。

 無視しているわけではなく、単純に答えたくないことがあるから黙っている。

 どんな理由があって僕の代わりをしているのだろうか。

 それをして、彼女が得することがあるのだろうか。

 考えたところで思い浮かぶわけもない。


「そうか」


 と、僕が呟くと彼女は不安そうに顔を上げた。


「ごめんなさい」


 彼女に謝れるのもこれで何度目だろう。

 黒いビー玉みたいにきらきらした瞳が僕を見て、視線が合うと逸らされる。

 多少厄介な相手ではあるけど、きっと彼女は悪い人ではない。

 ただ、行動の意味がわからない。


 もし、彼女の言葉を信じるなら僕のためにしているということになる。

 むしろ感謝しなければならない事をしてくれているのは事実なのだ。

 だから怒るのとは少し違う。


 理由を話してはくれないから動機はつかめないままだけど、言われもない疑いの辻褄は合う。彼女が僕の代わりをしていたのであれば、僕が従わせていると思われとも仕方ないのかもしれない。


 あと少し、もう少しで全てが繋がるそんな時に、誰かの話し声が耳に届き、それがだんだん近づいて来るのがわかった。


「僕の身を心配してやっているのかもしれない。それはありがたいことなんだけど、柚木さんが続けることが僕の迷惑になってる。だからやめてほしい」


 彼女にそう言い残し僕は歩き出す。

 もし、彼女が本当に僕のことを考えそうしているのであれば、迷惑だと言えば止めてくれるだろう。

 確信はないが、これで噂話も、彼女が授業中抜け出すこともなくなるだろうと。

 そう思っていた。


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