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隣で支える小さな影  作者: 柳
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柚木香織という人物。5

 

 移動教室からの帰り際、廊下の隅っこで柚木さんと教師がなにやら話をしているのが目に入った。何やら重苦しい空気が漂い、気になり視線を向ける人はいるものの声をかける者はいなく、誰しもが距離をとっていた。


 柚木さんが何をしているのか、何を言われているかなど僕は関係ないし興味もない。ただ、「二度と、このようなことはしないように」と、少し興奮気味の教師の言葉が引っかかった。

 二人の会話の内容を想像する迄もなく、放課後すべてを知ることになる。


 教師に呼び出された僕は生徒指導室のドアをノックする。

 いくら待っても返事がないようなので勝手と知りながらもドアを開けると、案の定、呼び出した本人はいない。

 それに気が付いた女教師が、座って待っているように、と僕に言いつけた。


 しばらくして遅れてやってきた教師はたった一言、待たせてしまってすまないな、とたいして感情のこもっていない謝罪をのべ、向い側へと腰を下ろす。

 さて、呼び出される心当たりはなく、こんな形をとってまで何を話すことがあるのだろうと思っていたが、雰囲気から感じ取るかぎりそれほど大したことではないように思える。


 隣のクラスの担任教師である長岡は、教師にしては堅くなく、どちらかといえば親しみやすい部類に入る。

 けれど、何事も遠回しに話すのが癖らしく、無駄話を交えているからやたらと長い。その話を要約すると、呼び出された用件は僕ではなく柚木さんにあった。


 普通に学生生活を過ごしているなら必要のない、誰もが出来るがしようとはしないズルを彼女はしていた。

 四時間目の終わりが近づくと彼女は教室を抜け出し、一人購買に行っては人気のパンを買っていたらしい。

 そんな反則擬いの行為を思いついたところで、リスクを冒してまでも実行に移そうなんて物好きはいないだろう。

 それを実行しているのが生徒の模範的であり優等生である彼女だった。


「明日河。お前が命令しているって話なんだが、どうなんだ?」


 そして彼女が違反をしている理由が僕であると。

 指示しているのが僕だということになっていた。


「柚木はそんなことはない、と言ってはいるんだが、話がな……」


 そんな噂話が広がっているらしい。

 しばらく顔を出さなかっただけでどうしてそんなことになっているのだろうか。

 考えたところで答えは出ない。


「聞いているか?」

「あ、はい。聞いてます」


 考えことに集中し過ぎて話を聞いていなかった。


「だからな――」


 話は続く。

 謝罪を繰り返すばかりで何も語ってくれない彼女にかわって僕を呼び出した、ということらしい。

 火のないところには煙はたたない、とも言うし、何かしらあるのかもしれないと長岡が思うのもわからなくはない。


「たんなる嘘やでまかせならいいんだが」


 実際に彼女の行動が問題になっているのであれば、それなりの理由がある、と思ってしまうのは当然なのかもしれない。


「どうなんだ? 本当に命令しているのか、明日河」

「命令なんてしてません」


 そう断言すると、長岡はあからさまにため息を零した。


「本当に知らないのか?」

「僕には何のことだかわからないんです」

「そうか……」


 残念そうに呟いた長岡は、すっかり冷めているだろうコーヒーを啜る。

 一口、二口とゆっくりと飲むと、あまりに美味しくなかったのか表情が少し歪み、カップをテーブルに置く。


「先生だってな、本当はこんなこと言いたくないんだ。だけどな、立場上、見過ごせないんだ」


 わかるよな、と言う視線を向ける。


「私が直接見聞きしたわけじゃない。が、話が他の先生の耳まで届いているのは事実なんだ。だから知っていることを話してくれ。どうして柚木が明日河に命令されてる、なんて話になっているのか」

「わかりません」


 噂話も初耳の僕に自白を求められても困る。

 話しぶりから察するに、長岡は噂話を多少は信じているのだろう。

 事実、時折鋭くなる瞳が、僕の嘘を見破ろうと窺っていた。

 けれど、後一歩が踏み出せないでいる。


 柚木さんが違反行為をしていようと、それは彼女の罪。

 僕が関係あると考えていてもこの話は噂話であり、柚木さんも何も語らなく、証拠もない以上注意も出来ない。

 しばらく無言が続き、どうしたものかと、わかりやすく顔に出しては悩んだ挙句、長岡の瞳がふと斜め下へと逸れる。


「先生は何か知らないですか?」


 情報が足りないので僕から話を振ってみたものの、長岡は呆れたような表情を浮かべていた。


「知らないから明日河に聞いているんだろ?」


 なるほど。

 長岡が把握している情報はあくまで噂話でしかなく、そこら辺にいる生徒と大差ないのだろう。なので、僕が口を割らない限り話し合いは終わらない。

 長くなりそうだな、と思った。

 そう感じているのは長岡も同じらしく、机のうえに乗せていた手を引っ込め胸の前で組むと、パイプ椅子の背に寄り掛かる。


 しばしの沈黙。

 そのまま数分が経過した。


「わかった。これ以上は何も言わない。ただ、もし噂話が事実であったのなら処罰の対象になることを忘れずに」


 これ以上話し合いをしても無駄だと判断したらしい。

 長岡はカップに残ったコーヒーをぐいっと飲み干し立ち上がると、僕の後ろへ周りドアを開ける。もう用はない、と言いたげに僕を見る。


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