疑い。2
質問の答えが芳しくなかったのか、そうか、とだけ担任は呟いていた。
口では疑っていないなんて言ってるが、僕が犯人ではないのかと疑い、試している節が見受けられた。
「信じてください。僕は何もやましいことなんてしていません」
証拠がない以上、そう言うしかなかった。
「そうだろうな、先生だってそう思ってる。だから、例えばだな……不審な人物を見かけたとか、そういう些細な異変みたいなことはなかったか?」
担任は言う。
更衣室の近くに居続けた僕であれば、犯人の姿を目撃したのではないかと。
思い返すまでもなく怪しい人物など見かけてはいない。
けれど変質者は確かに存在し、女子生徒の制服がなくなったのは事実である。
簡単なことを思い付いた。
僕ではない誰か別の容疑者が現れれば、僕に掛けられた疑いそのものがなくなる。それらしい架空の人物を作り上げればいいのだと。
僕はしばらく考え込む素振りをし、そういえば、と小さく漏らした。
「プールの辺りに、誰かいたような気がします」
その場しのぎの短い時間で作り上げた適当な嘘。
曖昧な発言ではあったが、担任の反応は決して小さくはなかった。
「どんな人物だったか覚えているか? なんとなくでもいい。背丈や格好、何時ぐらいに見かけたんだ?」
閉じ気味の目が大きく見開き、声に期待の色が含まれていた。
今までに有力な情報がなかったか、担任は藁にも縋るように身を乗り出した。
「男の人、だったと思います」
これほどまでに大きな反応をするとは思わなく、勢いに押させる形で背もたれぎりぎりまで身を退いていた。
僕が想像していたよりも担任は必死だったのかもしれない。
被害を受けた生徒のために、そして新たな被害者を増やさないために。
僕は、自分の為だけに嘘を吐いた。
罪悪感はあるが、一度吐いた嘘は突き通さなければならない。
そうしなければ更に疑われてしまうから。
「そうか、他に思い出したことがあったらいつでも言ってくれ」
「はい」
話は終わり、僕らは揃って立ち上がった。
担任が進路指導室のドアを開け、僕を廊下へと促した。
「今日話したことは、くれぐれも他言無用に」
担任の言葉に、僕は静かに頷き返した。
最後まで身の潔白が証明されたわけではなかったが、僕はそれほど思い悩んではいなかった。元々僕が犯行に及んだ証拠は何もない。
疑われるべき犯人は何処かにいる変態であり、この話は僕とは何ら関係もなく、責任を負う必要もない。
進路指導室前で担任と別れ一人廊下を歩く。
通り過ぎざまに廊下の壁に掛かている時計へ目を向ければ、授業も後半に差し掛かろうとしていた。
教室へ着き、極力目立たないよう配慮しながら後のドアを引くと、建付が悪くなっているのかガタガタと音が鳴る。
途中参加ということもあり、クラスメイトの視線が僕に向けられた。
教師もちらっと視線を向けたが、事前に話は通してあるらしく何も言ってはこなかった。周囲のクラスメイトから見られているのを意識しながら、自分の席について教科書とノートを取り出す。その後も視線を感じていた。
周りからしたら今まで何処へ行っていたのか、教師は何故、何も言わないのかと不思議に思っているのだろう。もし問われたとしても、担任に他言無用とまで言われているので説明はできない。
授業は続く。
開いたノートに黒板の文字を書き写すタイミングを図りかねていると、最初に浮かんだ疑問の答えがなんてなく見えてきた。どうして授業をさぼってまで担任は僕を呼び出したのか。
生徒が授業を受けている間なら、例え話し声が外に漏れたとしても聞かれる心配はない。それは被害にあった生徒への配慮であり、僕に対しての配慮だ。
話を大きくしたくない、先生なりの気遣いだったのかもしれない。
けれど、それが原因で僕の疑いは色濃くなっていた。