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隣で支える小さな影  作者: 柳
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柚木香織という人物。

 

 それからしばらくが経ち、風間から連絡が来た。

 簡潔にまとめると内容は二つになる。


 あの日、家に帰り着いた風間はこれまでしてきた悪事の全てを母親に告げたそうだ。それでも二人の仲はこじれる事はなく、これまで通り。

 どんな話し合いがあったのかは知らない。

 ただ、風間の母親から僕に言伝があった。

 ありがとう、の言葉だった。


 働き口の方はというと、母親の知人の紹介で時給のいい土木関係の仕事に就かせてもらえたらしい。もちろん真っ当な仕事だ、と添えられた。

 毎日ヘトヘトになるまで働いても、前ほどのお金はもらえないらしいけど、どうにか切り盛りしつつ繋いでいると。

 そして、今はまだ厳しい状態が続いているけど、そのうち遊ぼうと約束し通話を終えた。


 遊ぶ内容は既に決まっていた。

 それが二つ目。


 このご時世にお金がかかる、という理由で持てなかった携帯を仕事の都合で買うことになり、使い方がいまいち把握できず(お母さんもわからないらしい)風間のうちで教えることになっている。

 その日が来るのを僕は待ち望んでいる。

 風間は風間の、僕は僕のいるべき場所に戻る。


 髪を黒色に戻し、アクセサリーの類は外し、顔の腫れや青痣もだいぶ治まり目立たなくなってから学校へ復帰する決意を固めた。


 深夜零時過ぎ、仕事から帰ってきた母親を僕は出迎えた。

 二週間の間に起こった僕の出来事を話すために。

 学校を休んでいたこと、家を抜け出してゲームセンターに入り浸っていたこと。

 仲良くなった人たちとちょっとした喧嘩があったこと。

 母親は黙って僕の話に耳を傾けていた。


「悪いことはしてないのよね?」


 静まり返った部屋に母親の声が響いた。

 強い声ではなかった。けれど重く感じる一言だった。

 僕が静かに頷くのを見ると、母親は席を立った。


「学校なら、私が連絡しておいたから。二度目はないからね」


 母親はそれだけ告げると自室に向かった。

 短い対話の中で、同じことを繰り返さない”約束”を交わした。



 教室に入ると会話が止んだ。

 向けられる視線には、少しの驚きと好奇の色に染まっている。

 僕を心配している類の色は何処にもなかった。

 それらを不快に感じることはなく、それほど気にならなかった。


 居心地は良くないが、少しの懐かしさを感じながら軽く視線を巡らせれば、幸秋の後ろ姿に目が留まった。

 教室のちょっとした異変に気が付いているだろうに、興味がないと語るように文庫本を読んでいた。


 幸秋との会話はもう終えている。

 僕は自分の席には向かわず、一番前の席にまで歩みを進める。

 彼は相変わらず、最後に見た時のまま、自分の席で体を丸め、うつむいてゲームをしていた。


 僕の存在には気付いていなかった。

 両耳にイヤホンをつけているから周囲の変化が捉えられないのだろう。

 彼の視界に入るように身を屈めれば、誰かがいる程度には認識してくれたらしく、顔を上げた。


「久しぶり」


 僅かに見開いた目を僕に向け、しばらく固まっていた錦戸くんはそっとイヤホンを外した。呆然としていた表情がみるみるうちに驚きの色に染まっていく。

 そして、両腕を身体に寄せ身構えていた。

 僕が何かしらの仕返しを企んでいるとでも思ったのかもしれない。


「ちょっと時間、いいかな?」


 僕は廊下へと視線を投げた。

 錦戸くんは困ったように眉をひそめ、僕の顔を窺っていた。

 いつまで待っても動き出そうとしない彼を置いて、僕は先に教室を出た。

 教室から少し離れた廊下でしばらく待っていると、錦戸くんは嫌々とばかりに僕に近づいてきた。


「いきなり、なんの用なんだよ」


 錦戸くんは不満を露わにしていた。


「謝りたいんだ。僕が錦戸くんにしてきたことを」


 そっぽを向いていた錦戸くん顔が僕に向く。

 驚きを隠そうとしない表情は、それはそれで愛嬌のある顔だった。

 けれど、重そうな目蓋がだんだんと閉じて眉間に皺が寄る。

 その表情を見れば、まだ僕に対する疑心が根強く残っているのがわかる。


 僕たちは他人に近い偽りの友達だった。

 信用できるほどの信頼は生まれていない。

 だから疑うのも、何かあると勘ぐるのも理解できる。


「僕が何をしてきたか忘れたわけじゃないよね?」

「ああ、覚えてる」


 まっすぐそう返すと、錦戸くんの口からため息が落ちる。


「休みの間に頭、おかしくなったんじゃないの?」


 他人を傷つけるような毒を吐きながら濁った瞳を僕に向けた。

 それは明らかな拒絶を意味している。

 それを理解していても、僕は逸らすことなく真っ直ぐに見つめ返した。


 錦戸くんは他人を信用できなくなっていた。

 だから、暴言を吐くことで僕の本心を引き出そうとしているのかもしれない。

 確かめなければ今度は自分が騙されるかもしれないと、不安なんだと思う。

 その気持ちが僕にはわかる。


「やり直したいんだ。友達としてもう一度」


 僕の勘違いでなければ錦戸くんは一度、僕と友達になりたいと思ってくれていた。そして、同じ想いを今の僕も持っている。


「また裏切るかもしれない。それでも友達になろうと思える?」


 彼は断るより試す言葉を続ける。

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