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隣で支える小さな影  作者: 柳
35/71

世界は大きくて、とても狭い。20

 

 床に這い蹲りながら叫ぶ。

 意識が戻る度に、声が出せる限り、何度も何度も。

 そうしなければならない理由がまだ残っていた。


 これは脅し。

 警察に言うつもりははなっからなかった。

 ただ彼らを困らせ、取引の材料にするのが目的だった。


 その役目は十分に果たしてくれた。

 彼らは僕の意思を壊しに掛かってきた。

 痛みを身体に刻み付け、警察に言えばどうなるかを知らしめる。


 その行為は逆に、彼らがそうされると困るという証明にもなる。

 だから、僕が折れなければ終わらない。

 どちらかが諦めるまでの我慢比べとなる。

 僕に――リタイアはない。


「もういいじゃないか」


 もう掠れる声しか出せなくなった時、足元から上里さんの声が聞こえた。


「今回の功績に免じてさ」


 騒ぎを聞きつけて見に来たのだろうか。

 起き上がることができない僕は、ただ会話に耳を傾けていた。


「警察にバラされたら面倒になる。それに、なめられたままじゃ終われない」


 田辺さんの声が聞こえる。


「そうは言ってもね、どのみち、風間くんはもう使えないよ。警察にマークされているんだ」


 身体が反応した。悠長に倒れている場合じゃない。

 本意ではないが暴力で解決するのも辞さない状況なのに、身体が言うことを聞いてくれない。聞こえてくる声も遠くなっていく。


「風間くんが捕まれば芋蔓式に僕たちまで捕まるかもしれない。それだけは避けたいだろ?」


 そう言い含めた上里さんの言葉と、わかったよ、と誰かの諦めの声を最後に僕の意識は切断された。



 誰かに担がれている。

 気付けば入口近くの二人掛けの椅子に座っていた。

 隣には風間がいる。

 靄がかかったような意識でしばらく惚けながら、何があったのか思い出そうとしていると、ふっと鈍い頭痛が走った。


 辺りに視線を漂わせれば、少し離れたところで煙草をふかしている上里さんがいた。聴いた声はどうやら幻聴ではなかったらしい。

 口を少しでも開こうとすると痛みを感じたが、構わず声を掛けた。


「あなたも、加担していたんですか?」


 ああ、気がついたのか、という表情で上里さんが僕をみる。


「加担っていうか、僕が彼らを雇っているんだ。ここの店長はカモフラージュってこと」


 本来なら隠すべきことを軽い口調で答えていた。

 人は見かけじゃないと言うが、見るからに人のよさそうな人が、諸悪の根源だとは誰も思わないだろう。


「まったく君は、あんなこと言えばこうなるのはわかっていただろ?」


 呆れ混じり声が僕に向けられる。


「でも、こうするしか僕にはできなくて――」


 友達として、風間にしてあげらる最大限のことをしようって思ったから。

 本来なら恐怖で何も出来なかったはずだけれど、風間のことを考えるだけで力が湧いてきる。

 どうにかしたい、助けたいって気持ちが恐怖に勝っていたんだと思う。

 もちろんその場の勢いもあったけど。


「初めて見た時から君はどうも危なっかしい」


 その声に引かれ顔を上げると、初めて上里さんと目があった。


「仕事柄、窮地に立たされる人間をたくさん見てきたからわかるけど、君は他人のために命を投げ出すタイプの人間だ。そんな生き方は嫌いじゃないけど、美しいとは思わない。だってそうだろ? 守られた方は嫌な思いをするからね」


 上里さんの話からは僕がそう見えたらしいけど、当てはまるところがなく、別人のことを言っているように思えた。

 命を賭けていたわけじゃないし、そんなこと考えていなかった。

 ただ、諦めるつもりがなかっただけなのだから。


「君は自分を大事にしたほうがいい。人生これからなんだから」


 上里さんが言う人生について、僕は考えたこともないから実感もないのだけど、不思議と深みを感じた。



 その後、上里さんがおしぼりを二つ投げて寄こした。

 それで顔を拭けとのことで、言われるがまま顔に当てると強い痛みが至る所であった。真っ白いおしぼりが紅く染まっていく。

 これでは外も歩けない、と近くにあった鏡を見ながら顔に付いた血を拭き、終われば風間の顔を拭いた。


「あなたは良い人なんですか? 悪い人なんですか?」


 純粋なことを訊いてみた。


「どっちでもないよ。さあ、拭き終わったなら君たちは自分の世界に帰るんだ。二度と足を踏み入れてはいけないよ」


 煙草を灰皿に押し付けた上里さんは、まだ身体のいたるところが痛む僕に風間を背負わせ、強引に背を押し入口まで追いやる。

 痛みが全身に響くけれど、僕よりも重傷の風間を落とすわけにはいかなく、痛みを堪えながら歩く。


 やっとのおもいで受動ドアのとこのまでたどり着いたが、まだ助けてもらったお礼を言ってないことを思い出した。

 振り返ると上里さんがちょうど僕を呼んでいた。


「あ、そうそう。もし、警察に話したりしたら死ぬよりも辛い苦痛がまっているから気をつけてね」


 僕はお礼を言うのも忘れ、しばらく立ち尽くしていた。


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