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隣で支える小さな影  作者: 柳
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世界は大きくて、とても狭い。18

 

 次の日、ひとつの決意を胸に秘めてゲームセンターへと足を向けた。


「あれ、てっきりもう来ないと思ってたよ」


 ここに来た僕が言えたことではないが、昨日あれだけのことがあったにもかかわらず、風間を除いた全員が集まっていた。

 そして、第一声に向けられた言葉は友好的なものではなかった。

 薄暗い部屋の中、一見して怪我を負っているのは田辺さんだけらしく、日高さんと月城さんは健康体に見えた。


「明日河くん、風間だけ助けて逃げちゃうんだもんなー。意外とつめないんだねー」


 話し掛けてくるのは日高さんだけだった。

 正面のソファーに座っている日高さんは雑誌を眺め、左側では月城さんが携帯を弄っている。そして、僕の一番近くの右側のソファーには田辺さんが目を細め、黙って僕を見つめていた。ひどく冷たい目が合うと、もう見たくないと言わんばかりに逸らされた。


 空気が重いのを肌で感じた。

 少し前まで楽しく笑い合っていた僕の居場所は、熱を失っていくように冷たくなっていった。少しだけ寂しく感じたけれど未練はない。


 ふと、昨日まではなかった妙なものが部屋の奥で揺れていた。

 天井からロープで繋がれ吊るされた、まるでみの虫のように身じろぎ一つしない人の形をしたそれ。

 顔にはすっぽりと何かが被せられているけれど、最後に見た破れた黒のパーカーが誰なのか語っていた。


「風間……」


 昨日の怪我だってまだ治っていないはずなのに、どうしてここへ来たのか、どうしてそんな格好にさせられているのか。

 風間の置かれた状況はわからないけど、身体が動いていた。


「勝手にいじらないでね」


 雑誌をめくる日高さんの言葉を無視して結び目を解いた。

 支えを失った風間の身体に、これ以上の衝撃を与えないよう注意を払いながら慎重に受け止めた。

 力の抜けた人は意外にも重く、横たわらせるのに苦労した。


「風間」


 呼びかけても返事はなかった。

 下ろしている間も身じろぎ一つしなかった。

 考えたくもない最悪な予感が全身を駆け巡る。

 震える指先でマスクを剥がし口へと手をかざすと、微弱ながらも呼吸が確認できた。


「生きてるよー、死んでないよー」


 僕の行動を見ているのか、日高さんが力の抜けた声を向けてきた。ふざけてる。

 全身の血が逆流しているんじゃないかと思えるほど身体が熱くなっていく。

 それらをぐっと堪え、風間の容態を確認していく。

 相当痛めつけられたのか、昨日見たよりも傷や出血箇所が多くなっていた。


「そうそう警察呼んだの明日河くんだって? 風間から聞いたよ。いいタイミングだったよ、全く出来過ぎなくらいにね」


 振り返ると日高さんは相変わらず雑誌をつまんなさそうに眺め、月城さんは携帯から視線を離そうとしない。

 どうして普通に話していられる。

 友達にこんなことをして。


「あいつらにも困ったもんだよ」


 ただ田辺さんだけは違った。

 そっぽを向いていたと思ったら、今度はじっと僕を睨みつけていた。

 額に青筋を浮かび上がらせ、怒りが今にも爆発しそうな田辺さんが正常とは思わないけれど、少なくともこの中では一番まともに見えた。


「そう怒るなよ。明日河くんのおかげで縄張りが増えたのは変わりないんだから。いやー助かったよ。救急車も呼んでくれたんだろ?」


 感謝していると、日高さんが感情のない声を向ける。どうでもよかった。

 感謝されるためにそうしたわけではない。

 事実、風間を助けるついでみたいなものだったから。

 ただ、日高さんの言った言葉の中に知らない単語が含まれていた。


「どういうこと?」


 そう尋ねると日高さんは僕を見て、なにが? と聞き返した。


「僕のおかげだって。縄張りって」

「ん? 昨日の勝負だよ。風間から聞いてなかったのか?」


 不思議そうな表情を向けられても僕は何も聞かされていない。

 むしろ関わるな、と忠告を受けたくらいだ。


「あれは言うなら縄張り争いみたいなもんだったんだよ。勝った方が負けた方の領土を無条件で奪える、ルールなしの殴り合いだったてわけ」


 日高さんは言う。

 普通に生きていれば領土と言われてもピンと来ないだろう。


 でも僕は知っている。

 それは薬物の売買いであり、受け渡しであり、仕事としての規模が広がったということを。みんながどんな事情で悪事に手を染めているかは知らないけど、風間にとっては大事な局面だったに違いない。


 必死だったんだと思う。

 負ければ稼ぎ口を失ったのだから。


「本来なら負けたこっちが手を引かなきゃいけなかったんだけど、警察の介入で無効試合、になるはずだった。脳が欠損している彼らは抵抗し捕まった。しばらくは動けないだろうから、その間に奪えるだけ奪う。こういうのを試合に負けて勝負に勝ったって言うんかね」


 律儀にも喋れない風間に代わりに、日高さんは抗争の大部分を話してくれた。

 聞き終えて思ったことはひとつだけ。

 負けてしまったほうが都合が良かった。

 前もって知っていたら負けるように誘導していた。


 日高さんが話した内容が真実だとすれば、事態はより最悪になった。

 手広く事を成そうとすれば、入ってくる金の分、警察に見つかる可能性が高まる。争いだって増えるかもしれない。


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