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隣で支える小さな影  作者: 柳
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世界は大きくて、とても狭い。10

 

 その日の深夜、携帯の着信音で目を覚ました。


「誰だよ……」


 真っ暗の部屋で僕は机に突っ伏していた。

 長時間パソコンの画面と向き合い、疲れてそのまま寝てしまったらしい。

 熟睡を妨げたのは誰だ、とスマホの画面を睨み付ける。

 液晶画面に映った名前は日高さんだった。


「もしもし」


 電話には出たが、まだ頭に靄がかかっているらしく言葉が拾いにくい。


「ごめん、もう一回言って」


 日高さんは外にいるらしく、雑音がひどく言葉は途切れ途切れにしか届かない。

 少しでも聞き取れるようにケータイを耳に押し当てる。


「これから面白いもんがみれるから、お前も来いよ。田辺にやられた連中が仕返しに来るんだと」


 ようやく聞き取れた言葉が寝ぼけた脳を強制的に覚醒させる。

 嫌な予感がした。


「仕返しって?」

「え? だから、田辺が何人ヤれるか見に行くんだよ。場所はゲーセンの裏にあるスーパーの駐車場。今回の相手はそうとういるらしいから、少しぐらい遅れても問題ないけど、始まる前に来た方が絶対面白いから」


 耳から流れる日高さんの弾む声を聞きながら、この人たちとはきっと考え方がまるっきり違うのだと確信した。

 友達が喧嘩をするのが楽しいくて、止めるのではなく見に行くと言っている言動が異常でないはずがない。

 風間が言っていた争いが、今夜始まるのだろう。


「風間は?」


 僕は問う。


「ん? ああ、田辺が負けたら今度は風間がヤるんだよ。今日の景品は是が非でも欲しいからさ、負けるのは困るんだよね。ああ、もちろんどっちかが負けるまで続けるから、君も参加してね。そんじゃ、もう時間ないから」


 そう言い残し、通話が切れた。

 しばらくの間、呆然と液晶画面に映る午前三時と示す数字を僕は眺めていた。

 現実味のない話に頭が追い付いていかないものの、昼間に見た風間の表情と、トイレでの惨状を思い浮かべれば、受け入れらるのにそう時間はかからなかった。


 話の流れから察するに、田辺さんが切っ掛けの喧嘩らしいが、それに風間が巻き込まれるのが必然と言わんばかりの口調だった。

 打ち所によっては命を落とす可能性のある場所に、友達だからという理由だけで行くには圧倒的に何かが足りなすぎる。

 それでもたぶん、風間は断らないのだろう。そして、それに付き合う義理が僕にはない。


 友達だからって一緒に辛い思いをする必要はなく、一緒に死んでくれと懇願されても承諾できる人はそれほど多くはない。

 自分の命を差し出す覚悟なんて、ほとんどの人が持ち合わせているはずがない。

 それを持っている彼らは異常なのだろうけど、今の僕も似たようなものなのかもしれない。

 その何かが、命を掛ける覚悟が、風間という一個人で簡単に埋まってしまう。

 見過ごすわけにはいかない、という思いが恐怖を隠してくれた。


 僕は握りしめたスマホを机に置き、部屋の電気を点けてクローゼットを開ける。

 気持ち騒めく心臓を鎮めながら、ほんの少し慌てながら汗ばんだ服を脱ぎ捨て、動きやすそうなラフな格好を見繕う。

 着替え終わるとスマホが震えた。

 公衆電話からだった。


「まだ家?」


 通話ボタンを押したとたん風間の声が聞こえた。


「そうだけど。風間こそ、何処にいるんだよ」

「よかった。まだ居てくれたんだ」


 電話の向こうで安堵の息が聞こえた。


「話は聞いてると思うけど迷うことはない。いいか、絶対に来ちゃ駄目だ。絶対外に出るな」


 念を押すように何度も繰り返すその言葉を、僕は黙って聞いていた。

 その声は必死で、僕の身を案じ、間違わないように導いているように聞こえた。

 電話越しでも風間が心配している姿が浮かんだ。

 そして、それと同時に、この話がどれだけ危険なのかを自覚させられていく。


「お前は、何処にいるんだよ」


 僕は訊く。


「俺は大丈夫だから、心配するな」

「大丈夫なわけないだろ。警察に捕まったらヤバイんだろ? 行くなって」

「行かないよ。今回は大人しくしていろって言われているから。家でくつろいでいる」


 風間は嘘を吐いた。

 それも、僕を迷わせないために吐いたものだった。


「さっき日高さんが一緒だって言ってたぞ」


 通話はそこで切れた。


「ふざけるなよ」


 携帯に向かって呟く。

 言いたいことだけ言って一方的に切るなんて。

 自己中の馬鹿野郎に一言文句を言ってやらないと気が済まない。


 携帯と、念のためにと、中学生の時に興味で買った護身用の小型ナイフをズボンのポケットに押し込み家を出た。

 自転車にまたがり、人も車も通らない時間帯の道路を全速力で駆け抜けた。


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