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隣で支える小さな影  作者: 柳
22/71

世界は大きくて、とても狭い。7

 

 翌朝、起きて早々にシャワーを浴び、適当な服に着替えて家を出た。

 昨日と同じ道を通ってゲームセンターへと向かっているのに、どうしても気分が乗らない。


 理由はわかっている。

 風間に対するみんなの扱いに不満を感じているから。

 そんな気持ちを抱えても尚、足を向けるのは風間に会えるから。

 風間は携帯を持っていなく、前もって約束でもしていない限りあの場所でしか会うことが出来ない。


 どうしたいのかはまだ決まっていない。決断はもう少し先になりそうだった。

 自動ドアを通り、アルバイトの久保さんと軽く挨拶を交わし合い、そのまま奥へと足を進めると異変に気が付いた。


「わかってるよな。黙ってねえって」


 聞いたことのない声だった。


「こればかりは話し合いですむ問題じゃない」


 内容はわからないが、棘のある声からして雑談というわけではないようだった。

 入っていくタイミングが掴めず、少し離れたところで立ち止まり聞き耳をたてていた。


「ちょっと待てよ、それと今度のはまったく別物だ。勘違いすんな」


 田辺さんの声が聞こえてくる。


「忠告はしたからな」


 話し合いはそれで終わったらしく、長髪の男が出ていくのを見届けてからみんなのもとに向った。

 部屋に入るなり感じる空気の重さ。

 ぐるっと見渡せば、みんな眉間に皺を寄せ思いつめた表情のまま俯いていた。


「何かあったの?」


 風間のもとへ近づき、小声で尋ねた。


「ああ、明日河か」


 上げた顔からは疲れがみてとれた。

 僕が来る前に何かがあったのは決定的だった。

 けれど、誰も口を開かない状態では何があったのか知ることはできないし、想像もつかない。


「あー、イライラする」


 そんな時、田辺さんが立ち上がった。

 乱暴に髪を掻き毟り苛立った様子で、ふらっと部屋を出た。


「何処に、行くの?」


 不安になり僕は声を掛けた。


「ちっと、行ってくる」


 据わった目をこちらに向けることなくそう言い残し、店内に消えていった。

 その後も、どんな話し合いをしていたのか誰も口を開こうとしなかった。

 聞いてはいけない話なのかもしれないと、張り詰めた空気にたまらず僕は部屋を出た。


 目的もなく店内を徘徊していると妙な声が聞こえた。

 それは耳を澄まさなければ見逃してしまうくらいの小さなものだった。

 でも、その声には聞き覚えがあり無性に気になった。


「行くのかい?」


 振り返ると店長である上里さんがいた。


「はい、変な声が聞こえたんで気になって」


 上里さんはさほど気にしていないようでレジの向こうで仕事に戻ってしまった。


「あの、いいんですか?」


 邪魔しては悪いと思ったが、もし、僕の想像が当たっているのなら一大事にもなりかねない類のこと。

 少なくとも店長である上里さんには知っていてもらわないといけないことだと、僕はその場に留まってそれとなく伝えようとしていた。

 手を止めた上里さんは僕ではなく、声のした方へと視線を向けていた。


「君は見たほうがいい」


 その言い方からして、何が行われているのか上里さんはわかっているらしい。

 黙認して、見て見ぬ振りをしていた。

 それ以上は何も言ってくれなく、僕だけが声のする方へと足を向けた。

 カウンターの奥にある両開きのドアを押し中に入る。


 通路には窓がなく、陽光が入らない廊下は薄暗く、空気が淀んでいた。

 左側は倉庫として使われている部屋があり、右側は従業員も使うトイレがある。

 男子トイレに人の気配がした。

 近づいて確信できたのは、誰かのうめき声だということ。

 中で何が行われているのかおおよその想像はついていたが、僕は引き返さなかった。


「何……してんの?」


 僕の声は苦しそうに喘ぐ男の声と、絶え間無い笑い声に掻き消えた。

 想像はついていても、覚悟していても、目の前の光景は酷いものだった。

 目を血走らせ、頬を釣り上げ、笑う友達の姿があった。

 その声に怯える人がいた。声をつまらせ泣いている人がいた。

 奧に視線を向ければぐしゃぐしゃになった進学校の制服が見えた。

 生々しい血の跡が床に流れていた。


「何、してるの」


 僕は訊く。


「さすがおぼっちゃん。持ってる金も普通の人とは違うな」


 極度の興奮状態にあるのか田辺さんは過呼吸気味だった。

 僕の声は届いていないらしく、現金を抜き取った空の財布を倒れている二人に投げつけた。


「やっぱたまには体動かさないとダメだな」


 奪った札を適当に上着のポケットに突っ込んだ。

 グシャグャシャになろうが構わないといった扱いは、きっと気張らしのついでに奪ったのだと思った。


「こんな風にさ、君たちを踏んでると、ストレス発散出来るんだよ」


 独り言を呟きながら倒れている人の顔を踏みつける。

 痛みを訴えなくなっても、執拗に暴力を振るっていた。

 その足がピタリと止まると、二つの瞳が吸い寄せられるように僕に向いた。


「おう。どうしたよ」


 笑いながら田辺さんがいつものように話しかけてくる。

 この光景を見ていなければ、目を閉じていれば、僕は返事をしていた。

 そのくらい田辺さんが普通だったから。

 でも、僕は見てしまった。知ってしまった。

 焦点の合わない瞳。

 快楽に浸るように頬を赤らめていた田辺さんが喜ぶように笑っていたことを。


「混ぜて欲しかったか?」


 関わってはいけないと本能が警告していた。

 足が勝手にトイレの入口まで後ずさっていた。


「あー、帰るのはいいけど、このことは誰にも言わないでね。面倒なことになるからさ。勘違いしてほしくないんだけど、面倒なだけで告げ口されても別に困んないんだけど。たださあ、言いたいこと伝わったよね、だって頭いいんだからね君たち」


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