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隣で支える小さな影  作者: 柳
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世界は大きくて、とても狭い。6

 

 ネガティブ思考の僕が生み出した杞憂だと。

 けれどなんとなく、考えれば考えるほど確信に近づいていった。


「仕方ないよ」


 回りくどい言い回しは省略して率直に尋ねてみれば、風間は苦笑いを浮かべた。


「家、苦しんだろ? そんな余裕あるのか?」


 風間は小さく首を振った。それが答えだった。

 お洒落に鈍感な僕だって、その日の気分や気温、または周期的に着る服を選ぶ。

 たとえお気に入りだったとしても毎日は着ない。

 個々の基準はあるだろうけどそこは大差ないだろう。

 けれど、風間はいつも薄地の黒いパーカーを羽織っていた。


 限りなくシンプルな作りは風見によく似合ってはいたが、近くで見れば所々ほつれていた。気に入ってるのかな、とそのくらいにしか思っていたけど、毎日のように顔を付き合わせていれば嫌にも気付く。

 なんてこともない些細なことも積み重ねれば違和感に変わる。

 田辺さんたちに飲み物を頼まれることもしばしばあったが、風間は自分の分を買ってきたことが一度もない。


 それどころか、お金絡みにはいつも風間がいて、他の人が財布を取り出すところを僕は見たことがなかった。

 さっきの食事だって一番安いコーヒーを選んでいた。

 無駄遣いできるほどの余裕がないからだ。

 それなのに、余裕のない風間だけがお金を出す。

 間違っている、と思った。


「田辺さんたちにはいつも世話になってるから、このくらいはしないと」


 風間は言う。


「でも――」

「言いたいことはわかるよ。でも、これでいいんだ」


 そう言われてしまえば僕は何も言えなくなってしまう。

 風間が稼いだお金を風間がどう使おうが本人の勝手だし、それに口を挟むのは余計なお世話以外なにものでもないだろう。

 他人が口を挟んでいいレベルを超えているのだろう。

 けど、どこか諦めにも似た口調はやっぱり、仕方ない、なんだ。


 みんなが風間とどのくらいの付き合いなのかは聞いたことはない。

 グループにはそれぞれの役目みたいなものがあって、風間はその勤めを受け入れている。そうして出来上がっているのを新参者の僕が言うのは間違っているだろうし、わざわざことを荒立てるのはよくない。

 でも、納得出来ない。

 理解したくもない。


「明日河は優しんだな」


 隣を歩く風間はそう言いながら微笑んでいた。


「そんなんじゃないよ」

「でも、俺の家のことまで心配してくれるじゃないか。普通はそんなことまで考えないよ」


 その言葉は寂しく僕に届いた。

 基本、人見知りで悪いところばかり見えてしまう僕とは違い、風間は他者と壁を隔てることなく、偏見を持たない今時珍しい素直で気持ちいいくらい人間だ。

 人から好かれそうな性格をしているから友達は多いと思っていた。


 大勢に囲まれ、その中心にいる風間が笑っている光景は簡単に思う浮かぶのに、そういった誘いの電話や訪ねてくる人が来ることは一度もなかった。

 他に友達がいると聞いたことはなかったし、そういう素振りもなかった。


 風間の普通はそんなことまで考えない。

 今までに僕のような言葉を投げ掛けた人はいなかったのだろうか。

 気遣ってくれる人はいなかったのだろうか。

 普通の友達はいなかったのだろうか。


「また明日」


 悶々とした気持ちを抱え自分がどうしたいのか、何を言いたいのか見つからないまま分かれ道まで着いていた。


「ああ、またあした」


 訊きたいことがあったはずなのに、それがうまく言葉にできない。

 別れても僕はしばらく風間の背中を見ていた。

 家に帰り着く頃には時計の針は二時を過ぎていた。


 ベットに倒れ込む。

 目を瞑ると風間のことが浮かんできた。

 風間は優しい、なんて言ってたけど僕は優しくなんてない。

 会った事もない家族のことまで心配していたわけじゃない。

 ただ風間を不敏に感じていただけだ。


 どんなことをしているか知らないけど、働くってことは大変なことなんだと聞く。そんな思いをして、自分のためではなく家族のために苦労して働いているのに、その友達が理解してあげないのはなんだか違うって。

 それだけはっきりしていた。


 ようやく自分の居場所を見つけた気がしていた。

 学校よりあの場所が僕にあっている、そう思えるようになった。

 悪意を持つ人間はいないし、陰口を叩かれることもない。


 空気は悪いし薄暗い部屋なんだけど、あの場所はある種の秘密基地みたいだと思っていた。

 そんな場所で本当に意味で友達ができたと思っていたのに。

 そう思っていたのに、彼らに対する認識が変わり始めていた。


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