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隣で支える小さな影  作者: 柳
20/71

世界は大きくて、とても狭い。5

 

「ちょっといい?」


 午後二時を過ぎた頃、店内を風間とうろついていると店長こと上里さんに声を掛けられた。風間を呼んでいると思ったが、どうやら僕を呼んでいるらしい。

 毎日のように通っているので多少の面識はあったが、声を掛けられたのはこれが初めてだった。上里さんの元へと歩みを進める。


「明日河くんが来てから店の外、こっちを見ている子がいるんだけど、知り合い?」


 そう言いながら上里さんは店の外へと視線を向けた。


「知り合い、ですか?」


 思い当たる人物は浮かばず、僕も追うように顔を向けた。

 薄黒いガラスの向こうに幾人か通りすぎていく人はいるけど、知り合いは見当たらない。


「多分、違うと思います」


 同じ学校の制服姿の誰かは視界の端にちらっとだけ見えたが、女子の知り合いはいない。


「そ。あ、これサービス」


 上里さんとって些細なことだったらしく、それだけ言うとメダルが入っているプラスチックの箱を僕に渡した。

 この後、何をするのか決まっていない状態でふらついていたのでお礼も簡単に、僕らはコインゲームエリアへと足を向けた。


 店長と知り合い特権で店の中の物であれば色々と優遇してくれる。

 ほぼ無料で遊び放題となれば数日はしゃいでいた僕も、店内制覇した今では嬉しさは半減されていた。


「なあ、みんなは学校行かなくていいの?」


 コインを機体へと流しながら他愛ない話の一つとして僕はそう風間に訊いていた。

 他のみんなも、僕たちとひとつふたつしか年齢が違うだけで高校生なのだと思っていたから。


「行ってないよ」


 機体から流れる騒がしい音に紛れ、風間の声が小さく耳に届く。

 僕は手を止めて隣を盗み見た。そして後悔した。

 こうして二人きりで過ごす時間が増えて、風間の些細な感情も顔を見ればわかるようになっていた。


 基本的には笑顔である風間が、僕の何気ない一言で沈んでいる。

 彼らと行動をともにしていれば学校に行ってないのは一目瞭然だったし、もしたしたら受験すらしていないのかもしれない。

 悪意のない質問でも不愉快に感じる人だっているんだと、言ってから気がついた。


「ごめん。無神経なこと言って」

「いいって、明日河はすぐ謝るのな」


 そう言いながら落ち込んだ僕の頬を軽くつねって、変顔にしてはケラケラと笑っていた。それが、風間なりの優しさなのだということを僕は知っていて、そういうところが好ましい所でもあった。


 風間の家は母子家庭らしく、高校に行くほどの余裕はなかったらしい。

 だから風間は家計を少しでも助けるため、深夜バイトしていると言っていた。

 どんなバイトなのかと訊ねたが、今はまだ秘密だとはぐらかされた。

 言いたくないのなら、とそれ以上の詮索はしなく、この話を終えた。


 店が締まる零時になると解散となる。


「俺、飯食っていこうって思ってんだけど誰か来る?」


 今日もそのまま解散になると思っていたが、田辺さんが呼びかける。

 月城さんと風間も同行すると名乗りを上げたが、日高さんは用事があるらしく挨拶を交わし早々に帰った。

 僕も断る理由もなく、コンビニ弁当では味気ないからと付いていくことにした。


 少し歩いた先にある二十四時間営業のファミレス。

 深夜となれば店内の客は少なく、ほぼ貸しきりっと言っても間違ではなかった。

 この時間にファミレスを利用したことはなく、なんだか新鮮だった。


 しばらくして、やってきた二十代前半の店員は僕らを見て軽く手を挙げていた。

 月城さんの知り合いだったらしく軽く立ち話をした後、店員は僕らを喫煙席に誘導した。空いている席が山ほどある中で一番奥のテーブル席へと腰を下ろす。

 場所が変わっても彼らは変わらず騒がしく、それについていけない僕は近くで眺めているだけだった。


 食事も終わり軽く休んだあと、行くか、と田辺さんの合図で店を出る支度をそれぞれ始める。

 真っ先に立ち上がった風間は会計の紙を、それが当たり前のように手にとった。

 レジに向かったのは風間だけで、他の二人は外へ行ってしまった。

 複数人で来た際の会計はまとめて済ました方が楽なこともある。

 その役目を風間が代表して行っているのだろうと思い、その場で自分の支払い分を風間に預けた。


「またあしたー」


 支払いを済ました風間と共に店を出れば、欠伸を噛み殺した声でだるそうに手を振る二人の姿が遠くに見えた。あれ?

 僕の想像と違い、二人はすでに反対方向の帰り道を歩き始めていた。

 別に毎日会っているんだから今日中に渡さないといけない、というわけではないが、これは多分違う。


「何してんの?」


 先に歩き出していた風間が僕に呼び掛ける。

 後ろ髪を引かれながら振り返ると、少し先の街頭の下に風間がいた。

 ふと、奇妙な感覚が僕の足を止めていた。


 そこにいるのはいつもの風間で、暗い表情なんて滅多に見せなくて、底抜けに明るくて、悩みなんてなさそうに毎日楽しそうで。

 でも、今僕の前にいる風間はどこか儚げで、目を離すと闇に消えてしまいそうに感じていた。


「どうしたよ? 早く行こうぜ」

「ああ、悪い」


 どうしてそう思ったのか、その答えは僕にもわからない。

 だから気のせいだと思うことにして僕は走って風間に並んだ。


 深夜の暗い道を二人で歩く。

 周囲に人影はなく、通り過ぎていく車はまばらだった。

 ふと見上げた夜空は綺麗だった。

 久しぶりに見た月は満月で、僕は空を見ながら歩いた。


「なんか面白いもんでもあったか?」


 その声が僕の視線を地上へと戻した。


「いや、満月なんていつ以来だろうって思ってさ」


 風間も夜空を見上げた。


「あれ、まだ満月じゃないだろ。少し翳ってる」


 僕は再び顔を上げた。

 夜空に浮かぶ月が満月であっても、そうでなくてもどっちだって構わなかった。

 月に思い入れがあるわけでもないし興味もない。

 なんとなく見て、考え事をしていた。


 ファミレスでの一件。

 僅かに感じた不自然な点は些細なことで、考えるほどのことではなかったのだけれど、ここ数日風間と一緒にいたからこそ些細では感じられなくなっていた。

 勘違いであってほしい。


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