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隣で支える小さな影  作者: 柳
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噂話。

 

 いつも通り予鈴が鳴る十五分前に教室に着いたが、僕より先に着いているはずの幸秋ゆきあきの姿はなかった。

 そのうち来るだろう、と文庫本を取り出し、自分の席に着きながら待った。


 しばらくしてふと、遠くから僕の名前が呼ばれた気がした。

 横目で声のする方へ視線を向ければ、少し離れたところで二人の女子が机を挟み囁くようにしゃべっていた。

 何を話しているのだろう、と視線は本に落としたまま、耳は彼女らの会話に向けた。断片的に届く言葉を繋ぎ合わせると、どうやら話の中心は僕が昨日、中庭にいたことについてだった。


 その佇まいが挙動不審であったこと。

 下校時刻まで一人で中庭にいたこと。

 さて、その行動になんの意味があったのだろうか、と。


 楽しそうに交わされる会話は、ある憶測に纏まりつつあった。


「前にもあったじゃん、ちょっと前に。誰だっけあの丸い子……まあ、どうでもいいか。その子に告白したいって嘘ついてさ、中庭に呼び出したこと」


 最初こそ恥ずかしい思いで聞いていたが、”嘘”という彼女らの適当な仮説がでてからは耳に入ってこなくなった。

 幸秋ゆきあきがそんなことするわけがない。

 そう思うのに、なんでだろう。

 その可能性を僕は、完全に否定できなかった。


 話が大きくなっていくことに居心地が悪くなり、僕は逃げるように教室を飛び出した。そして偶然にも、教室の出口の横に人が立っていて、そのことに気付いたのはぶつかった後のことだった。


 衝撃は決して弱くなく、ぶつかった相手は小さな悲鳴をあげ床に投げ出された。

 僕はというと、相手が小柄であったため尻餅をついただけだった。


「……ごめんなさい」


 僕が言うより早く何も悪くないはずの相手が謝る。

 辺りには教科書やノート、シャープペンや消しゴムなどが転がっていた。

 ぶつかった衝撃で筆箱の中身が散らばったのだろう。


「あの……ごめんなさい」


 相手の子は、散らばった私物を拾おうとせず、座ったまま申し訳なさそうにしていた。まるで、自分の不注意であるかのように。

 普段の僕なら彼女と同じか、それ以上にただ平謝りを繰り返していたのだろう。

 この時ばかりは自分のことに精一杯で、他人を気遣う余裕など持ち合わせていなかった。

 立ち上がった僕は彼女を視界から外し、何事もなかったように無言で通り過ぎた。


「ごめんなさい」


 背後で今も謝っている彼女は何も関係ないはずなのに、苛立ちに拍車を掛ける。

 チャイムが鳴って教室に戻ってきたが、幸秋の席は埋まっていなかった。


 担任の報告によると病欠とのこと。


 何も今日に限って病気にならなくても、と心の中で文句を呟く。

 言っても仕方のないことだってわかっていても、何故今日なんだと思わずにはいられなかった。


 けれど、次の日も幸秋は欠席した。


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