友達とは。3
「痛かったよね? お腹は大丈夫かな? あれだけ蹴られたらもう懲り懲りだって思ったよね? だったらまた同じ目に遭わないように言葉は選ばないと」
彼の言い方はどこか他人事のようだった。
断るから暴力を振るわなければならないのだと。
そうなってしまうのだと。
「こっちだって好きでこんなことしてるんじゃないんだよ? なるべく穏便に済ませたいんだ。何事も」
人をいたぶる趣味はないのだと言う。
あれだけのことをしておいて何を、と思ったが、不思議と嘘を吐いているようには思えなかった。暴力を振るっている間の彼らに愉しむ素振りはなく、どこか無心で手足を動かしているように見えた。
井口さんのように嫌がらせを愉しむのとは違う。
むしろ軽いスポーツでもしてきたかにように疲れを滲ませていた。
彼らは暴力を交渉の道具として使っている。
「明日、約束どおりちゃんとここに持ってくるんだよ。楽しみにしてるから」
強制的に言いたいことだけを告げ、名前もわからない上級生たちは愛想よく手を振りながら部屋を出ていった。
遠ざかっていく足音。
独りきりになってから身体が震え出す。
制服は乱れ、踏み付けられた証がいたる所にくっきりと残っている。
頬に当たる床が冷たい。
ふと向けた視線の少し先にボタンが落ちていた。
僕のだ……。
あまりの情けない自分の姿に泣きたくなってくる。
視界が歪みだした頃、僕一人だけになったと思っていた部屋に誰かの足音が聞こえた。
瞬時に身体が硬直する。
「酷い格好だね」
野太い声が背後から聞こえた。
「言うことを聞かないからこんな目に遭うんだよ」
声のした方へ顔を向けるとそいつすら僕を見下ろしていた。
「はい、とだけ言えばそれで終わりだったのに。これじゃあ僕の評価が下がっちゃうじゃないか」
「素直に従っていればよかったのかよ」
僕は言う。
「そうだよ。それに、明日河くんは少し勘違いしてる」
理不尽な暴力を振るわれて、強制的に従わせるように仕向けて、そんな奴らが悪人でなければ何だと言うんだ。
「何を、どう、勘違いしているっていうんだ」
怒りに声が震えた。
「内藤さんの言い方からしたら脅しているように聞こえるだろうけど、これは悪い話でもないんだよ。あの人たちには力があるんだ。困ったことがあれば協力してくれる。気に食わない奴の名前を出せば内密にやってくれるんだ」
酷い言葉を浴びせられていたのに、小太りくんは彼らを庇護するような言葉を並べた。
「だからぼくは従ってるんだ。明日河くんもしばらくしたらそう思える」
彼らにたいする尊敬すら感じられた。
「だからなんだ」
腕と足に力を込めると腹部に痛みが走った。
それでも僕は痛みに耐え、小太りくんと同じ目線まで立ち上がった。
「お前なんて友達じゃない」
この数十分で積み重なった憎しみをぶつけた。全部お前のせいなんだ。
理不尽な暴力も、関わりたくない奴らと接点ができてしまったことも。
「友達だって?」
小太りくんは言う。
「最初から僕のこと蔑むように見てきたくせに」
彼もまた瞳に怒りを宿していた。
表情の変化がなくとも吐き捨てた言葉に黒い色が交じる。
「気付いていないとでも思ったのかい? 僕は視線に敏感なんだ。昔からみんな僕を豚だの、臭いだの、気持ち悪って。何もしていないのに容姿だけで悪態をつく。最低の人間だらけだった」
彼が作る笑顔はいつも中途半端で、苦笑いみたいだった。
そんな紛い物を向けられて正直、気持ち悪かった。
だからだろうか、半目の奥の黒く濁った瞳が彼によく似合っていた。
「明日河くんも同じなんだ」
その瞳が僕に向く。
冷めた瞳だった。
「話をすり替えるな! そんなこと関係ないだろ! 始めから、こんなこと……自分の代わりをさせるために僕に近づいたんだろうが」
怒りのまま怒鳴りつけているのに小太りくんは笑っていた。
「関係ない? 本気で言っているの?」
「そうだろ」
笑いが小馬鹿にするかのように変わる。
「少し前に”変態”って呼ばれてたよね」
ひとしきり笑った後、小太りくんはなんの脈絡もなくそう言った。
今とはまったく関係ない、まして小太りくんとは全く繋がってはいない過去の話。僕が一番不快に思う話。
だけど僕は、憤りを覚えるよりもまず驚かされていた。
僕と幸秋だけが持つ真相を知りたいと誰もが思っていたらしく、隙があれば時間と場所を問わず、僕の気持ちも考えなしに問い詰めてきた。
集団であり、時にはひとりでやって来た。その誰もが気に食わなかった。
だから僕は頑なに口を閉ざし、誰であったも打ち明けなかった。
唯一会話をする間柄にあった小太りくんにはいくらでも訊く機会はあった。
遠まわしであっても触れてくるのが当然と言い切れるくらいには尋ねられた。
でも、今の今まで小太りくんがその話を振ってくることはなかった。
だから学校中に広まっていても、小太りくんの耳には届いていないのだとばかりに思っていた。
「だからなんだよ」
僕は言う。
「批難される視線はどうだった? 嫌だっだよね? それを知っている明日河くんが、僕に向ける視線はみんなと同じだった。偏見の視線を君自身がしてるんだ。友達だなんて言う君がだよ? それは、滑稽な話だろ」
小太りくんの笑い声が部屋に響く渡る。
それは僕にとって耳障り以外のなにものでもなかった。
耳を塞ぐ必要はない。
湧き上がる衝動の赴くまま喉元に飛びかかって、醜いその顔から笑顔を消しさればいい。その後は無様な格好で謝罪させる。
謝ったぐらいで気が済むとは思えないが、僕が受けた痛みを身をもって償う必要があると、そう、思っていた。
「友達なんて結局、都合のいい存在でしかないんだ。利用するかさせられるか、そのどっちかしかない。僕は知っている。だから最初から、僕は君のこと友達なんて思っていなかったんだよ」
小太りくんは言葉を切り背を向けた。
僕を利用し、その為だけに近づいてきたんだとはっきり言葉にした。
「そうだ。僕はずっと前から、知ってたんだ」
小さな笑い声が耳に届く。
その声を聞きながら、小太りくんの〝震える背中〟を僕は見つめていた。
身体を駆け回っていた熱はいつの間にか消えいた。
ぶつける言葉も浮かばず、何をしたらいいのかも見えなくなっていた。
小太りくんが言った言葉が図星だったからじゃない。
それよりも気になっていることが目の前にあったから、僕は動けなくなってしまった。
不釣り合いだった。
その笑い声が、僕を嘲笑うはずの言葉が、なんだか寂しそうで、痛々しくて、まるで泣いているように聞こえたから。
だからだろうか、彼の怒りは違うところから来ているのではないかと思った。
ただの勘違いかもしれない。




