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第四章

26

「今日はどこを捜す?」俺が言う。

「斎藤君にも聞いてみたほうがいいんじゃ?」温子が言う。

「でも、多分温子が一番孝樹本人とに近い間柄だぜ、温子はどこを捜したいんだ」

「そうか。うーん、じゃあ」首に手を当てて言う。「中学に行かない?」

「中学?」ネネが拍子抜けの声を出す。俺も同じ気持ちでこう言う。

「意外だな。中学って、孝樹の母校か」

「うん」

「でも、どこにも手掛かりがないなら、敢えて突飛なところを捜すのがいいのかもな」

「警察も、案外そういうとこは調べてないかも。何かあるといいですね」

「うん」

温子の表情は真剣だった。控えめで言葉は少ないが、中学なんて場所、簡単に思いつくもんじゃない。警察がいくら捜しても手掛かりを得られない――、つまりキーは普通の場所にない、そのことを考えた末の結果じゃないのか。

 中学に孝樹が行く、そこでいなくなる。そんなシナリオ、考える奴がいるか? 警察のことだから考えてなくても調べただろうが、漏れがないとどうしていえるだろう? 俺たちの行動が無駄になるとはいわせない。

温子、もうそれ以上何も言う必要はない。いとこを失った悲しみは、俺の想像を絶してるはずだ。にも関わらず、君は立ってここにいる。その意志を踏みにじれるものはいない。あとは俺たちで、絶対に何かを見つけだす。

 六月の烈しい太陽が地面を照らし、虚しさの雨跡を少しずつ消していく。








27

斎藤公平がほどなくして現れ、孝樹の出身中学へ出発することで合意した。


待安温子の母校とかなり離れているらしいその中学は、高校から自転車で東南へ十分ほどの位置に建っているという。公平の出身中学でもあり、出発前、彼はこう振り返った。

「どこもそうなのかもしれないけど、本当に不良校だったな。毎週ガラス割れてたし」

「毎週って、ひどいですね」ネネが言う。

「孝ちゃんも言ってたけど、本当にそうだったの」温子が言う。

「ガラス以外も色々あったぜ、族もよく来てたし先生は何人も辞めたし」

その戦場のような校舎で、孝樹はどんな三年間を過ごしたのだろう。




 中学へ行く途中、何ヶ所かの電柱や店先に人捜しのビラが貼ってあった。

 もちろんこんなビラはそこかしこに貼ってあって、孝樹がいなくなってから何度となく出くわしているのだが、あまり見ないことにしていた。しかし、今日はいつもより気が高揚していたのだろうか、信号待ちのとき角の電柱に貼られたそれをふと注視した。

 「人を探しています」という言葉とともに載っていたのは青白く暗い顔をした孝樹の顔写真。先月の文化祭で隆彦と一緒にいたときの顔もあんな感じだったか。この暗い顔につられ、一瞬見たことを後悔したが、すぐに思い直した。逆だ、友達がこれ以上こんなビラになって配られないよう、俺たちには努力する権

利があるのだと。

 公平はビラを見て複雑な顔をしていたが、ネネは見ても無表情だった。温子は見ていなかった。




 数分後、着いた。

雨上がりのグランドは水を吸いすぎていてサッカーも何もできそうになく、帰宅の中学生がちらほらいるだけだった。

「じゃ、調べよう」俺が言う。

「どこを?」公平が言う。確かにそうだ、中学は広いし、俺たちは来るのが初めて、OB公平も一年はここに来ていないのだ。無計画で事にあたるわけにはいかない。

「ここはこの学校に詳しい公平の出番だな。指揮頼む」

「OK、じゃ……」少し考えてから言う。

「手分けして調べよう。男は聞き込みやろう。女はネネもいるし、一応なんか落ちてないか調べて」




「まあ一応やっとくか」

 と言い、公平が学校に電話で訪問の許可を得た。

「いきなりだから人は揃わないかもしれないが、ある程度は何とかなるそうだ」

「よし。でも、」俺は「あっちが心配だ。落ちてるかな」と言った。

「そりゃ、めぼしいのが落ちてる可能性は相当低いけどさ、こっちだって橋田が来てない可能性のほうがずっと高いんだぜ」

 ふぅ、と公平が溜息をつく。

「正直、俺たちだけじゃな。中西がいれば、もうちょっとうまくやれるのかも」

「あいつ、やる気ないんだろ」俺が言う。「委員長みたいなツラしてさ」

「そうそう、俺も例のあの先生も、あいつは頼りになると思ってたんだが、実際はあの通りな。一昨日メールしたら、返事が『他のプロジェクトが忙しい』とかってよ」

「上手く逃げたなあ」俺も溜息をつきたくなった。

「そのくせあいつ、参加した二回くらいは結構活躍したんだぜ、雨が降りそうなのを見て降る直前に解散したり、いろんな情報集めて橋田がそんなに遠くに行ってないっぽいのを突き止めたり」

「すごいな。でもやる気無いのか」

「ああ、それはな、その二回はその先生が同行してたんだ、だからだよ」

「点取り虫かよ。でも、篤も篤だが、その先生も何をやってるんだ? 今の現状をどうして見ようとしないんだ」

「あー……、それはな」頭を掻きながら公平は言った。「わかんねえ」

 ふぅ、とついに俺も溜息をついた。どうしてそんな奴らばかりなんだ。結局こういう活動は陰に隠れるしかないのか。

「有里も部活の関係で来られないって言ってたし、人手不足はなんともならないかな」

「橋田にもうちょっと人脈があれば、何とかなったのかもしれないけど。でもま、俺たちで何とかするしかないだろ」

 半分苦笑いの顔で言う公平の顔を見て俺はますます複雑な気持ちになった。三人揃えば文殊の知恵というが、今のままじゃ烏合の衆にもならないんじゃないのか? 俺たちにたとえば中西篤のような芸当ができるのか? 何もできなくて、もし諦めなくてはならなくなったとき、それができるか? 疑問ばかり浮かぶなか、校舎へ着く。








28

寺地という先生が、突然訪れた俺たちを温かく迎えてくれた。通されたのは応接室のような小さい部屋で、花なども生けてあり中学にしてはきれいな部屋だ。

「すいません、突然」公平が言う。「卒業生だからって無理を押していただいて」

「いえ、それより、彼の件は本当に……」寺地先生が言う。

「橋田君は」俺は何気なく言いかけたが、次の言葉を用意していなかったので詰まった。寺地先生がこちらを見る。眼鏡をかけた50がらみの男の先生で、数学か何かを教えていそうだった。俺は思わずこう尋ねていた。

「……どういう人でしたか」

寺地先生は少し言葉を溜めて、上を仰ぎ見るようにしてから言う。

「私は担当したことがないのでわかりません、しかし、とてもおとなしい生徒だったと聞いております」

三人とも一瞬黙ったが、すかさず公平が言った。

「本題に入っていいですか」

「どうぞ」

「僕たちは彼を捜しています。彼が最近この学校に来たような話は聞いておられませんか」

「残念ながら、私はちょっと……」



わかってはいたんだ、そんなに簡単には見つからないって。孝樹の足取りは、寺地先生や、さらに無理を押して質問させてもらった何人かの先生や、警備員も知らなかった。諦めて運動場へ出たときは、日が傾いてきていた。

六月の日差しが雲間から照りつけていた。地面はだいぶ乾いて、水溜まりも減っていた。黙って歩いていたが、公平がぽつり言った。

「やめようか、このへんで」

「なんで」

 俺は驚いて、無意識にそう返した。孝樹の捜索をやめるというのか。

「潮時だと思う。これ以上は……」

 冗談じゃない、と言おうとして、俺はやめた。深呼吸を吐き出すような公平の声がどう考えても真剣だったからだ。俺は横を向き、彼の顔を見た。下唇を噛んで目尻にしわを寄せていた。

 俺にもわかっている。自分達がしているのはままごとのようなもので、どこまでいっても真相は厚い厚い、見えない壁を越えた向こうなのだろう。だがしかし、俺は自分のことを賢い人間とは決して思わない、だからそういうことを考えず、ただがむしゃらに孝樹を追うことだけを信条にしてきた。

 たぶん公平は、そんな俺より賢い。だからやめるという提案をするのだろう。しかし、俺はこう言った。

「俺は、続ける」

「どうやって?」

「――」言葉につまる。すると公平はこう言い、俺を近くの石段へ誘った。

「まあ、ちょっと俺の話を聞いてくれよ」








29

「ありがとう」石段に座して公平が一息に言った。

「生徒会でもなんでもないのに、一生懸命やってくれてさ。正直、お前いなかったら、森下の件で俺たち、とっくに解散してたと思う」

「……そんなこと言うな」俺が言う。

「実を言うと、俺は橋田とそこまで付き合いがあったわけじゃないんだ」

「え?」

「お前と橋田の関係と、そんなに変わらないと思う。同じ中学でさ、二回同じクラスになった。二回ともほとんど話さなかったけど、あいつはいつも独りだった。言いたくはないけど、いじめに遭ってたときもあったらしい。で、そういうあいつが、高校に来たら今度は、ああやっていなくなっちまっただろ? ……あまりに可哀相だと思ってさ」

「そうだよな。可哀相だ」

「生徒会が橋田を捜そうってなったとき、自分で参加を志願したのは俺と森下だけだったんだ。あとは先生が掻き集めてきた。待安さんは違うだろうが、本気でやりたい奴なんてそんなにいなかったんだよ。それが余計に可哀相でな」

「人数は大事じゃないさ」

「ああ。でも、正直、へこみたくなくてもへこむぜ、数十人いる生徒会で、いなくなった生徒を捜したいって奴を集めたら二人、なんてさ。ガクッとくる。しかも俺じゃないほうのあいつは格好つけたいだけだった」

 隆彦がその場にいれば、と考えてやめた。あいつはあいつで戦っている……。

 周りはどうでもいいから自分のやり方を通す、そう言うのは簡単だが、できるほど皆強くない。俺だってできているかわからない。公平の語る心中に俺は言葉を失っていた。泥の匂いの混じった六月の風が流れ、薄紫に染まった北の空を見上げながら、しばらく俺たち二人は何も言わず、色々な思いで頭を満たしていた。時が経ち、空の黒みが少し増してから俺は言った。

「じゃあ、やめるのか?」

公平が言葉につまる番だった。また下唇を噛み締め、長く考えた末、言った。

「そのときだと思う」

「いいのか、それで」

「わからねえ」

「……」

「じゃあ、お前こそ、なんで続けるなんて言えるんだ?」公平はこちらを向いた。「これだけやっても何もないんだぞ?」

「待てよ、何もないなんていうのは、せめて温子とネネを待ってからにしねえと」

公平はまた正面を向き、興奮を吐き出すように肩でひとつ息をしてから言う。

「じゃ、こうしよう。二人が何も見つけなかったときのことをこれから話し合うんだ」

そのとき、向こうから歩いてくる温子とネネの姿を見つけた。








30

「やめるんですか!?」ネネの声が響いた。

「あくまで選択肢のひとつだ……と公平がな」俺が言う。

「俺だって言いたくねえ、こんなこと」公平が伏し目がちに言う。「でも、誰かが言わなきゃならんだろ」

 公平の予想が当たっていた。孝樹の足跡といえるものは学校の外にもない。彼がここに来た可能性は、事実上なくなっていた。

 

「わかってる」温子が小さく言った。「いつまでも、こうしてられないよね」

「おい……」俺が言う。「いいのか。本当に諦めるのか」

温子はうつむいたまま黙ってしまった。

「桜井、現実見ろ」

「嫌だ。俺はまだやめない、こんな終わり方は許せない。中学が駄目なら小学校があるし、そこにもなけりゃ町全部捜せばいい!」

「いい加減にしろよ」公平が声を荒げた。「そうやっていつまでも諦めない気か!?」

「諦めないことの何が悪いんだ、俺はやるからな。言ったろ、一人でもやるつもりだったって。孝樹が見つかるか、捜せなくなるまでやってやる」

「じゃ、もう好きにしろ! 行くぞ!」

公平は去っていった。女子二人も、迷いながらも結局彼についていき、俺はひとりになった。

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