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第三章

14

後から来た集団に追い出されるようにして下りてきた。生徒会室を二階に、文化部部室を一階に持つこの生徒会舎の入口横で、俺は二人から事情を聞いた。

「悪いな、こんなことになって」公平が言う。

「何なんだ、一体。どうなってんだ」

「えーとな、どこから説明しよう」頭を掻く公平。

「急すぎて状況がよくわからないんだが……とりあえず残りの三人は来るよな?」

「三人とも運動部だけど、中西と待安さんは抜けてくるだろう。守口さんは大会近いからわからない」

「じゃ、来るまでに教えてくれよ。森下の奴、俺が来る前に何て言ってた?」

「お前が来てからと変わらない」

「だから……本部に何か言って、それで俺たちが部屋を出なきゃならなくなったんだよな」

言うだけで嘘みたいに胸が煮える。要するに孝樹を生徒会の本部が見捨てたのだ。有り得ない。森下も一昨日見たときはただの無口な顔のいい一年という印象だっただけに驚きといったらないが、生徒会そのものが奴の後ろにいたことにはもはや言葉も出ない。

「抗議しようにも、相手がいねえ」

「それに」聞いているだけだったネネが口を開く。「あの人、普段はすごく真面目らしいから、抗議しても駄目だと思います」

そこに女子が来た。待安温子だ。

「今日は外なんだ」

「いや、そうじゃなくてさ」

公平が頭を掻く。

「追い出されちまった」俺は肩をすくめた。








15

「じゃあ、もう捜せないの?」待安温子は言った。

「いや、あの部屋が使えなくなっただけだ」俺が言った。

「まあ少なくとも、生徒会としては何もできんがね」公平が言った。

「どうにかならない?」温子が言うと公平は考え込むように黙った。

「どうにかしなくていいんじゃないか?」俺は言った。「俺たちでこのまま捜そうぜ」

すると、皆黙って顔を見合わせた。少しして公平が言う。

「やっぱり、そうくるか!」

「なあ、やろうぜ」

「でも、私とか桜井君は違うけど、生徒会の人はあっちに戻らないといけないよね」

「あら、温子、生徒会じゃなかったんか」

「あれ。言ってなかったかな」

「そういうこと桜井にはあんま話してなかったよな。橋田の捜索って、始めそれを後押ししてくれてた社会科の先生がいて、その人がメンバー集めて始まったんだよ」

そうだったのか。生徒会にもわかる人がいて助かった! でも、その人が今もいれば俺たちはこんな目に遭ってないはず。

「その先生、今はどうしてんだ? 話せば助けてもらえるよな?」

「どうだろう? それ俺も考えたけどさ」公平はなぜかネネのほうへ尋ねる。

「んー」ネネは腕組みして言う。「あの先生、助けてくれるのは最初だけみたいなこと言ってましたよね」

「……言ってたかも」と公平。「あとはお前らでやれとか」

「いい加減な人なのか?」俺が言う。

「ちょっとねー」

「いや、真面目な人なんだけど」

「じゃ、その先生に直談判するかどうかはおいといて、さっき温子が言おうとしたことが気になるぜ」

「ああ」と温子が言い掛けたのを公平が遮る。「えーとな、待安さん以外は生徒会なんだが、さっきの言いたかないが、あっちに俺たち解散すると戻りたくなって抜ける奴がいるかもしれないってこと。だよな?」

「うん」と温子。

「そんなことか」俺は言った。「どうでもいい。俺はもともと一人でもやるつもりだったんだ。細かいことは考えたくない。ただ孝樹が見つかればいいんだ。それさえ何とかなれば、生徒会だろうが何だろうが関係ない」








16

しばらくすると雨が降ってきたので建物の玄関に移動した。中西篤も守口有里も屋外の運動部だからここで待っていれば会えるだろう。

 雨は大粒の涙のようにばたばたと音を立て地面を打っていた。

「そういえば、お前がはじめ連れてたあいつ、誰?」公平が言って、俺はしまったと思った。冬矢がいない!

「あいつ、いつの間に逃げやがったんだ」

「お前が森下の胸倉つかんだあたりかな」

ああ、いわれてみればあのとき、急に右手が軽くなったような気も……。

「あいつ、何だったんだ」

「帰宅部で俺の友達だ。帰宅部だからこんなときくらい役に立ってもらってもいいんじゃないかと思ってな」

「ふーん」公平は口を尖らせた。




しばらく待っても篤や有里は来なかった。

「つか、二人は生徒会戻らなくていいのか」

「まあ大丈夫だと思う」公平が言いネネはうなずいた。もしかすると帰るなんて場面でないから仕方なくそう言ったのかもしれないが、それでも嬉しかった。

「こんな時に中西の奴……」公平が言う。

「篤、何部なんだ」

「卓球」

「屋内か……」

生徒会舎の玄関は、校舎の小綺麗さと逆にかなり汚い。床のタイルは剥がれ、辺りにスリッパや壊れた資材やこの前の文化祭で使ったがらくたが転がり、ほこりは積もり、今日は雨だからそうでもないが、長くいるとむせそうなくらい空気が悪い。温子とネネは近くにある階段の一、二段目で話しているが、座る気はないようだ。

「よそに行きたいよなぁ」公平が言った。

「今はしょうがない」俺が言った。








17

雨が少し弱まった。携帯の天気予報ではもうすぐ晴れるかもしれないという。数分後、一応公平が篤に、温子が有里にメールで連絡したうえでまだ待つことにした。だが、三十分待っても二人とも来ない。

「守口さん、帰ったな」俺が言う。

「いや、どこかの体育館借りてるかも」公平が言う。

「芝のある体育館を?」

「――そうか」溜息を吐くように言った。よくわからないらしい。

少し迷ったが、結局温子に聞いてみる。

「なあ、テニス部って雨の日はどうしてんだ」

「ああ、駅前の体育館借りてるらしいよ」

「やっぱりそうじゃねえか」公平が俺の肩を小突いた。よかった、有里はやる気を失ったとは限らないみたいだ。

 一方の篤は来るのだろうか? この質問に公平は。

「さあ……わからん」

「そうか……」

「あいつ、ここだけの話な、ただ俺から見てそうだって話なんだが、あんまやる気ないみたいなんだよ」

「本当か?」

「一昨日のあれ、割りと早めに打ち切ったろ」

「まあ。でも、説明は納得いくもんだったけど」

「説明上手いだけだって。お前があいつの立場だったらあんなに早く打ち切るか?」

「……」

「付き合い短いからお前のことよく知らないけど、たぶん日が暮れるまでやめようとしないんじゃないか?」

俺は言葉を失った。森下だけじゃない、結局こいつらにも助っ人部のような連中がいるってことじゃないか? 一人でもやるつもりだが、リーダー格がこの有様とは予想してなかった。すると考え込む俺を見て公平りが言う。

「まあ、そんな顔するなよ。俺の言ったことが正しいとは限らないんだからよ」

他二人も不安な顔でこちらを見ている。

「お前らも……」頭を掻く公平「あー、悪かったよ。中西は来るって」

と、ここで聞き慣れた声が背後からかかる。

「お、桜井じゃん」振り返るとそこにいたのはクラスメイト梨野秋一。

「秋一!?」

「助っ人部の梨野か」公平が関心を示した。たぶん助っ人部は生徒会にも顔が利くのだろう。

「橋田捜してるか」

「ああ。お前はここに来たのは助っ人部か」

「そ。言ったろ、一発ギャグ研究部だ」

 すると温子とネネは一気にこちらへ注意を向けた。ネネに至っては「えっ?」と声まで挙げた。

「一発ギャグ研究部なんて聞いたことないだろ。でもこいつは物好きだからそこへ手伝いに行くんだ」俺は言った。

「お前ら、どこからそういう部の情報仕入れるんだ」公平は言った。

「この学校変わった部多いですよねえ」ネネは言った。

「おいおい、失礼だぞ。ギャグ研にも部員や顧問がちゃんといるんだからな」秋一が言う。

「へえ、何人いるんだ」公平が言う。

「聞きたいか」

「ああ」

「四人!」

みな、沈黙した。俺たちと同じじゃないか。それから、秋一はほどなくして去ってしまったが、あいつらも確か広瀬耕司と二人だ。

「人数じゃないですよね」ネネが言った。








18

予報が外れ、雨が降り続けたため、結局二人とも来ないまま解散する運びになった。

「仕方ないよな」公平が言った。

「ああ。でさ……」ひと呼吸おいて俺は言った。「俺はまだ孝樹の捜索、続けるから。みんなはどうするかわからない、忙しいかもしれないしここで聞くのもあれだろ。もう部屋もないし。だから、とりあえず明日俺、学校の北門にいるわ。しばらく待つから、一時間くらいでも。来たくなきゃ来ないでいいし」

皆の顔をみてから、さらに続けた。

「……それでいいかな?」

 少し間が開いてから公平が冗談っぽく言った。

「おい、一応生徒会なんだぜ、俺ら」

「そうですよ、あんまり一人で仕切んないで下さいよ」とネネも笑って言う。

「ごめん、癖でな」

「まあ、」また公平は少しばつが悪そうに顔をそむけ、頭を掻く。「桜井さえいいなら、お言葉に甘えさせてもらおうか……」








19

「おい、桜井」

遠くで誰かの声が聞こえる。

「桜井、桜井」

すぐ声が近く、大きくなる。すると俺ははっとして、その瞬間目の前が変わった。授業中だった、俺は机に伏して眠っていたようだ。先生は俺の二つ前の生徒を当て、何か答えさせていた。起こしてくれた左の席の中立数貴に感謝のサインを送る。

この科目は普段なら寝るような授業ではない。教室の他の生徒も、寝ている者はいつものようにちらほらいるが、かなり少ないほうだ。だが、俺には授業の退屈さ以外に寝てしまう理由がなくはなかった。

要するに、昨日よく眠れなかったのだ。なぜかははっきりとはわからない。まだ孝樹の捜索はたった一回しかしていないし、見つけられる可能性はゼロではない。そこを諦めるつもりはない。だが、原因はそこにはないのかもしれない。森下正輝の言葉が胸につかえていたのだろうか。だが考えているうちに当てられる番が回ってきて、どうでもいいことにした。



「眠そうじゃのう」短い休憩に机に伏せていると、方言を遣うクラスメイト小松原龍一がそう言いながら現れた。

「ああ、なんか寝れなくてさ」おれは答えた。

「テレビでも見よったんかー」

「違う!」

「じゃ漫画?」

「違うんだよ、まあ俺にもよくわからないんだが、色々と考えることがあってな」

「そうなんか……」

こういうときのうまい言い方を俺は知らない。結局龍一には少し同情させてしまったみたいだが、友達だしそのうち知ることになるんじゃないか。今回も気にしないことにした。








20

放課後の四時、梅雨空は無情だ。どうしてこんなときにまで降るんだ、たとえば先月ありったけ降っていてくれれば、今日寒いなか校門横でじっとしておく必要はないのに。

 というか、どうして誰も雨が降ったときのことを考えなかったのだろう。まさか俺以外の三人は全員「雨天中止」を暗黙の了解としていたのでは……と考え、ひとまず打ち消す。

バスケに行きたい、と心底思った。激しい雨のなか、三人は来るはずないかもしれない。ああ、こんなとき携帯がないなんて。持っていれば彼らと意思交換ができるのだが。帰る生徒たちがしぶきをあげて目の前を通り過ぎる。俺は止まったまま。冬矢を帰らせるべきじゃなかったかも、と俺は思った。こんな雨のなかさすがに同行はさせられないと思い、わざと逃がしたのだ。しかし普段の好き放題への罰として、彼に寒中留居を強いてもいいから、こんな場所に独りではいたくないというくだらない考えが頭から抜けなかった。

ほどなくして、彼が来た。




「よう」突然近くでしたその声に驚きと嬉しさの顔で振り向くと、残念なことにいたのは商売人、広瀬耕司だった。いつものように薄ら笑いを浮かべて言った。

「こんな日にまで捜索か?」

「そっちはどうなんだ」

「延期だよ、この雨じゃ」

「そうか……」

しばらく二人で沈黙したが、やがて耕司がこう言う。

「なあ、もしよかったら、やってもいいぜ」

「何を」

「助っ人だよ、お前らの」

「……礼がたんまり要るんだろ」

「いや、さすがにゼロ四つはないぜ」雨のなかだからかそろばんを取り出す。「今日はフリーだから、本当は別の部が入るとこだが、おともだち待遇で特別にこの時間に入ってやろう。で、梨野は落研研にいるから人数は片方のみ、但し雨だからちょーっとその辺の手当てつけさせてもらうにしても、まあこんなもんか」パチパチパチと玉を弾き、出た答えを俺に見せる。

「……1500?」

「そう」

「これ、現金で?」

「いや、カネはいい。そうじゃなく、それ相当のモノが欲しい」

「相当って、誰が値段決めるんだ」

「決まってるだろ、こっちだよ。心配しなくても、良心価格で買い取るからさ」

耕司の顔を見る。なぜかニヤついていた。俺は冷静に言った。

「……タダでやる気はないのか?」

「ない」即答の耕司。

「ビジネスでやってるからか?」

「当たり前だ」

「人の命にビジネスを持ち込むなよ。他の部に行くなら勝手にしたらいいが、孝樹を捜すのは別だ。やるならタダでやるか、何もしないか、どっちかにしてくれ」

はぁ、と小首を傾げ、呆れたようにため息をつく耕司。

「せっかくおともだち価格にしてやったのにこれかよ。なあ、お前さ、世の中慈善事業じゃ食っていけないんだぜ。コムスンも老人ホームも、タダじゃ無理だろ」

「それは別の話だ」

「いや、同じさ。ここで俺らがやってることの延長線上に社会がある。子供じみた理屈はいつまでも通じない」

「だからって、なんで商売する理由になるんだ。警察とか消防とか、そういう立場になれないのか?」

「無理だ、公的機関は電電公社や国鉄に始まり、今となれば政府は中央から地方まで、さらに警察、学校、自衛隊、すべて腐敗しているじゃないか。そんな立場になれなんて、酷すぎるとは思わないか」

「二人でどうやって腐敗するんだ?」

「あー……」少し顔を背け考える仕草をした後、切り返してきた。「そういう立場になれって事自体がもう有り得ないのさ。侮辱だぜ」

「じゃNPOならいいだろ」

「校内NPO法が可決されればの話だな……あ、それいいかも。生徒会が捜してんだから、礼としてその校則作ってくれよ」

「冗談じゃねえ」

その後も少し不毛な言い争いを続けたが、雨足が少し弱まったところにとうとうメンバーの一人が現れた。








21

「あれ、天文部の人ですよね」

俺たちの前に現れたのは成宮ネネだ。

「ああ、そういう君は誰だったかな」耕司が言う。

「誰でもいいですけど、もしかしてうちを手伝ってくれるんですか」

「ダメだってよ」俺が言った。「こいつ、協力してくれるにはお礼に校則をちょっと変えないといけないんだとさ」

「何ですか、それ?」

「まあ、NPOの件は冗談だけどさ、タダで仕事するのは無理だってのは譲れないぜ」

「タダ?」

ネネは目を丸くしてこちらを見た。

「一体どんな話をしたんですか?」

「特別なことじゃねえよ」耕司が薄ら笑いで言う。「こいつがな、人の命が懸かってるからって俺たちにタダで助っ人やれって言ったんだ。それだけだよ」

「凄いですね、それ。タダでやれって」耕司のほうを向いた。「で、無理なんですか?」

「おいおい、二人して何言うんだ、お前らだってタダでやるのは教室の掃除くらいにしときたいだろ」

「あと英語の週末課題も」

「そうそう、そうだよな」

「ネネ、そこ同意するのか……?」

「あら、いや……でも、橋田先輩と縁がないなら、仕方ないですよね」

「そういうことだ。正直、顔も知らないしな」

耕司はネネと勝手に合意を作り、そのまま去っていった。

 ……俺の考え方がおかしいのか? 顔を知らないなら、これから知ればいいではないか――そんな声も、彼の背中には届かないようだった。








22

 雨足はさらに弱まった。俺とネネは校門横で傘を差して残りのメンバーを待っていた。

「ありがとな」俺は言った。「こんな雨のなか」

「ですよね、晴れてくれたら楽だったのに」

ネネは俺の服を見ている。自分も見ると、傘があるとはいえ案外濡れていた。これほどの雨の中で待ったのだ、我ながら馬鹿なことをやったものだ。

「ずいぶん濡れてますけど大丈夫ですか?」

「大したことねえ、これぐらい」

「頼もしいっすねー」



 そろそろと思い、ここ数日やろうと思って留めてきた質問を、野暮かもしれないと思いながらも、我慢できずぶつけた。

「ネネはなんで参加を?」

「え? 理由ですか……? あー……」なぜか考える仕草をした。

「たぶん、先輩と同じだと思いますよ……そう、先輩はどうして?」逆に尋ねてくる。

「俺? まあ簡単に言うと、いなくなった孝樹は、俺の友達の友達なんだ」

「え?」

「俺バスケ部なんだが、友達に隆彦ってのがいるんだ。その隆彦の友達が孝樹」

「へえー」

「隆彦さ、孝樹がいなくなったせいで体調崩しちまって。それ見てたら、いてもたってもいられなくなった」

「じゃ、頑張ってるのはその隆彦さんのため?」

「いや……両方だ。孝樹のためでもあるんだ。孝樹はそれまでは顔くらいしか知らなかったけど、今では全力で助けたい」

「凄いなー。いやー、やっぱ……なんていうか、熱いっすね!」他の何人かと同じように、声を変えて讃えてくれたが、熱いといわれたのは初めてだ。

「で、君は……」一応、また聞いてみる。

「あぁー」やはり困っている。

「まあ、無理に答えなくていいから……」

 まずいことを聞いているような気がしてひとまず止めた。大丈夫なんだろうか、成宮ネネ。こいつも抜けたりすまいか。でもそれでもいい、そのときは止めたってどうにもならないだろうし。








23

今の雨なら、ぎりぎり捜索に踏み切れるというところで待ち続けるのは、仕方がないとわかっているが、もどかしいものだった。ネネを置いて一人で行こうかと二度思った。さすがにそれはしなかったが、二度目に思ったちょうどそのとき、見たことのある顔が目の前を通過し、慌てて呼び止めた。




「すいません、ちょっと忙しくて」呼び止められて若干驚き気味ながら、静かな口調で守口有里は言った。

「やっぱ、駄目か? ちょっと手伝ってくれるだけでも有り難いんだが……」

「でも大会も本当に近いし……すいません。終わったらまた顔を出すかも……」

そう言い残して申し訳なさそうに去った。俺たちが普段帰る道とは逆に丘を下る。あの先には市営のグランドか何かがあったっけか――








24

「違うんだよ、ここはイだ、面心立方格子は面の対角線が原子二個の直径の和と同じだろ、だから……」

「えー? どういう……ちょっと待って下さいよ、格子全体で原子三個分でしたか」

「いや四個」

「えーっ?」

雨は上がり、暇なのでネネに勉強を教えていたが、俺は家庭教師の才能があまりないらしく、ネネはわからないを連発する。

「こんなとき冬矢がいたら……」相手に聞こえないくらいの声で無意識でつぶやいた。だが冬矢は他人に勉強を教えたりしないか。しかし、俺だって勉強がそこまで得意ってわけじゃないのだ。バスケのやり方ならいくらでも教えてやれるんだが。

と手をこまねいていると、ついにあの人が現れた。








25

「ごめん、生徒会の会議で」

現れたのは待安温子。そういえば温子もネネも、まだ生徒会から抜けたわけではない。

「サボってもよかったんじゃないすか?」ネネが言った。

「ああ、いいのか?」俺が言った。

「まだ、一応あっちのメンバーでもあるから」温子は髪を掻き上げる。

「公平は?」

「まだ少し仕事があるって」

もうすぐ昨日の四人が揃うだろう。空を見ると、晴れ間から太陽がのぞいていた。

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