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第二章

6

 その後は皆の自己紹介を簡単にしてから、とりあえず孝樹が消息を絶った現場として一番可能性の高い、学校を北に出てすぐの林に向かった。

 昨日も雨が降ったからか、梅雨の晴れ間によくある湿気の匂いが、俺たちの憂欝を誘う場所だった。皆で一通り調べてみたが、やはりというか、何もなかったのでいつの間にか半分雑談タイムのようになってしまった。

以前E組の先生づてに聞いた警察の話では、ここに孝樹の自転車が置いてあったものの、次の日から雨が降って足跡も、失踪の状況を示すものはすべて消えてしまった。だから実質、手がかりはその自転車ひとつ。

 もちろん警察はこの林だけじゃなくて、孝樹が少しでも行きそうな場所を何十ヶ所も調べたし、俺も隆彦も、つながりのある人に実は聞き込みをやっていた。誘拐の線も隅々まで調べたそうだ。

 だが、それでも有力なものは何も得られなかったらしい。

 捜索のプロ数十人がここまで頑張っても、手がかりは自転車たったひとつだけなのだ。

もし雨が降らず、足跡が残っていたら何がわかっただろう。6人とともに林の奥をのぞきながら考える。林は学校北門から通じている、一台なら車も通れる道の脇にあり、丘の斜面に木々が立ち並ぶ格好になっていて、向こうにいくほど暗い。

 斜面の終わりになるほど木が隙間なく立ちこめているように見える。一番下には何があるのか。見るかぎり何もなさそうだが……。

あの日孝樹はこんな場所で、いったい何をするつもりだったのだろう?

この疑問を、横にいた女子――待安という名だったはず――にぶつけてみる。

「わからない。……」

「だよな」

ため息を吐くように待安がいい、俺の返事もため息混じりになった。

「やっぱり、何か事件に遭ったんじゃ」俺が言う。

「うーん、でも、ああいう感じだったから」

待安は含みのあるというか、よくわからない言い方をした。孝樹がああいう感じの人、という意味か?

「ああいう感じ?」

「えっと、知り合い、よね?」待安が逆に聞き返してきた。孝樹の知り合いといえばそうかもしれない。

「ああ、まあ……」

「あんまり付き合い長くない?」

「うん」

「じゃ、しょうがないか。孝ちゃんね、なんていうか、ちょっと変わってたのよ」

老人が昔を思い出すような口調で語りだす。でもちょっと待て。

「孝ちゃん?」

「ああ、孝ちゃんは私のいとこだから、そうやって呼んでる」

「そっか、いとこなのか……」俺は小さく言って目をつぶり、唇を噛む。どちらかというと明るい調子で振る舞っている子だが、その実はいとこが突然いなくなってしまった立場なのだ。俺だったらどんな気分だろう。

「まあ、まあ、しんみりしないで」彼女は笑顔で言う。

「ああ」

しかし、隆彦のことを考えると、よく笑顔が出せるなと思えてしまう。だがそれはひとまず言わないのが礼儀かもしれない。

 離れたところから「今日はこのあたりで終わろう」と中西篤の声が聞こえた。

「もう終わりですか?」女子のひとり(たぶん名前は守口)が言う。

「でも、もう一時間もここにいるだろ」

中西の言葉に俺は時計をみる。なるほど、もう四時だ。

「じゃあ帰るか」

 異を唱えるものはなく、皆それに従い帰ろうとしたが、また別の女子がひとり声を上げた。

「ちょっと待って!」

全員が声のほうへ首を向ける。その背の低い女子は、なぜかさっきから他の六人とはひとりだけ全然違うところをうろちょろしていたらしく、斜面のかなり下の方を全員の目が向くことになった。そこから小さいその女子が手を振っている様は少しシュールだった。

「まーたやってるよ、成宮さん」

「ああ」

斎藤という、残り一人の男子と中西が言った。どういうことだろう。

成宮さんは斜面を駆け上がり、その手に握っている銀色のものを俺たちに見せた。

「ほら、これ!」

 鍵だった。普通のどこにでもある家の鍵か。

「おお、凄え。手がかりじゃね?」

反射的に俺は言い、ほかの何人かも前にせり出てその鍵を見た。

 やった。勇気出して生徒会に来てよかった。新証拠だぞ。そんな言葉が頭を駆け巡ったが、誰かが次の言葉を言う前に斎藤が大声を出した。

「おいっ、それ俺の鍵だ!!」








7

その日の収穫は、二年の斎藤公平が物を時々落とすらしいことと、一年の成宮ネネが捜し物が得意っぽいことがわかったくらいで、特に有力なものも得られず、少し残念な気分で遅れて部活へ向かった。

 さっきのぬか喜びの反動ではないだろうが、気が暗かった。

 孝樹は今どこにいるのか? そもそも、考えないようにしていたが、彼はまだこの世にいるのだろうか……。もし死んでしまっていたら、隆彦や待安さんは……

 生徒会室に置いた荷物を取り、皆と別れ、部室まで行って着替える間、そのことが頭から離れなかった。不思議なものだ。こんなことがあるまで、孝樹とは言葉を交わしたことだってほぼなかったのに、今では兄弟のように心配で、会って話したいことがたくさんあるのだ。

 そのためにも、頑張らないといけない。どうにかして見つけたい。だが、手がかりは……



 体育館に入った。遅れることは予め言ってあったので、軽く挨拶してコートに入る。ボールを持つと、さっきまでの胸のわだかまりが晴れるようだ。

 俺は何でもやるときは一直線に突き進むが、悩み始めるときりがないタイプだと思う。だから嫌な考えが頭から抜けないとき、いつもこのコートで仲間と汗を流している。部活は俺の生活になくてはならないものだ。冬矢も、確か孝樹も部活に入っていなかった。彼らはどうやってストレスを発散しているのだろう?



「桜井、行方不明の子捜しに行ってたんだろ」

練習が終わって、部室で五木という名の先輩が話し掛けてきた。

「そうです」

 ややおどけた調子で話し掛けた先輩だが、俺の口振りが真剣だったからか、先輩の表情も真面目になった。

「どうだった?」

俺は黙って首を振った。

「そうか……。大変だろうけど、頑張れよ」

「はい」

まわりの部員が何人か、ちらちらとこちらを見ている。全員には詳しく言わずに、いきなり遅刻した格好なので俺がサボってると勘違いしてる奴が様子をうかがってるのかもしれない。 俺、隠し事をしてるみたいだ。でもごめん、触れ回ったってどうにもならないことだと思う。バスケ部の皆が皆、隆彦の無念を何かの形で晴らせるわけじゃないことなら俺にもわかる。たぶん、生徒会に合流してまで孝樹を捜せるのは俺くらいしかいないんじゃないか。

孝樹が見つかるまで、部の連中には迷惑をかけることになる。








8

次の日の朝、朝練が終わって教室へ行く途中、クラスメイトでバレー部の市原智代と出会った。昨日、学校近くの林で俺たちを見かけたという。

「何やってたの?」

「E組の橋田、行方不明だったろ。それを生徒会と一緒に捜していたんだ」

 小雨のなか、傘を差して二人で校舎へ向かう。

「え、でも警察が……」

「それなんだが、警察は手を引くらしいんだよ」

「え!? まだ見つかってないのに」

「先生とかに聞いたんだが、警察も一週間くらい、相当詳しく調べたらしいぜ。でも、手がかりがちっとも出なかった」

「……でも、その」言いづらそうに迷ってから言った。「こんなこと言うとあれだけど、だからって生徒会がやらなくても」

「やらなきゃいけないんだ」まるで用意していたように、俺は即答した。「メンバーには孝樹のいとこもいる。警察にできなかった、で、俺たちにも何もできないかもしれない。でもだからってじっとしてろなんて、無理な話なんだよ」

智代は驚いたように少し沈黙してから、言った。

「凄いよ、モッちゃん。私とか全然そういうこと考えてないのに。友達のためにそんなことまでできるなんて」

「いや、俺だって偉そうなこと言っただけだよ、本当は何かできるなんて思ってないし」

昇降口に着いた。傘を畳み、下駄箱に靴を入れ校舎に上がる。

確かにいわれてみれば、ある意味、かなり自分達はいい格好というか、かなり外面のいいことをしているのだ。「警察は役に立たないから俺たちが捜してやる」――。だけど、実際あの林でしたことは落とした鍵を拾って無くさずに済んだというだけ。格好よくもない。

それに、重ね重ねいうことだが外面などのために孝樹を捜しているのではない。少なくとも俺は。

「凄いよ」といわれたことに、一瞬照れくさい気分になりながら、その反面なにか心のなかに「ちょっと違うぞ」という違和感がくすぶるのがわかった。








9

二時間目は数学の授業だった。二次関数のグラフは判別式を用いて解、つまり答えの有無と個数を知ることができる。

孝樹の居場所、あるいは冬矢の孤独の直し方、そういうものを知る判別式を俺は知らない。警察や、冬矢の家族も知らないのかもしれない。

あったとしても、わかるのはそれらの有無だけだが、俺は判別式がゼロ以上、つまり答えが存在する方に賭けたい。でなければ彼らは、きっと一生見えない檻のなかに入れられたままだから。

と、ここでその「答え」を見つける手がかりをひとつ思いついた。なぜ今まで思いつかなかったか、こういうことを専門とするコンビがクラスにいたのだ。彼らに交渉してみよう。



昼休憩。

「いいぜぇ」薄笑いを浮かべた天文部――自称『助っ人部』部長、広瀬耕司が自信満々に言った。

「乗ってやるよ」

「本当か!」俺が言った。「ま、むしろこういう人助け的なことが我々助っ人部の在るべき姿って感じかな」もうひとりの助っ人部、梨野秋一が言った。

「そこまで言ってくれるなんて本当にありがたいぜ。じゃ、今日の放課後もやるから頼むよ」

「今日!?」耕司が表情を変えた。「梨野、今日予約入ってたよな」

「あぁ」秋一は手帳を取り出しページをめくる。「残念だ、桜井。今日は縄文愛好会の予約が入ってる」

「なに? じゃ明日は」

「明日……ダメだ。一発ギャグ研究部だ」

「明後日!」

「落語研究部研究部」

「土日!」

「テニス部とカバディ部」

「次の月曜は!?」

「関根勤愛好会」

「お前ら、休みはないのか!?」

「最近、俺たち人気でさ」耕司が言う。「一ヵ月先まで予約でいっぱいなのさ」

「こっちのほうがむしろ人手不足なくらいなんだ。ごめんな」秋一が言った。

「先に言えよ……」俺はうなだれた。「なんとかならないのか? こっちは人の命がかかってんだ」

「そうだよなぁ」秋一が耕司に相談のような目を向ける。

「うーむ」耕司は腕を組んで考え込むようにした。「確かにその通り。人命は地球より重しという」

「じゃあ……」

「何くれる?」

「はぁ!?」

突然の展開に驚く。

「驚くことねえだろ、俺たちこれでもビジネスでやってんだ」と耕司。

「そういうこと」秋一も後押しする。「人捜しだと運動部の体力と文化部の知能、両方必要だから俺たち両方動員することになる。そしたら……」彼は突然ポケットから電卓を取り出し叩き始めた。

「このくらいかな」見せられたデジタルの数字は頭ひとつにゼロが四つ。俺は見る間に腹が立ってきた。

「カッカしないでくれよ、他の部の予約を押し退けて出動するんだからな」

「うちはよその活動を手伝い、お礼をもらう部だ。わかって来てんだろ」

 そういう耕司と秋一の言葉も耳に入らない。

 人の命を液晶の数字に置き換える行為。縄文愛好会だか赤外線スペクトル部だか知らないが、とにかく絶対人命とは関係ない活動のほうが、彼らにとってはやるべき仕事なのだ。なぜなら儲かるから。それがビジネス……。

 本当に苦しんでいる人の顔を彼らは見たことがあるのか。もがきあえぐ孝樹の姿をまのあたりにしても、同じことを言い続けるつもりか。人命救助とカネを天秤に掛け続けるのか。

俺は憤然とした顔で席に戻った。もしあれ以上彼らが口を開いていたなら、そのときは何をしたかわからない。








10

 放課後。また冬矢の俊足に負けて一人で生徒会室に行ったが、今日は誰もいなかった。どういうことだろう、しかし携帯をなくしてしまっているので中西篤や皆と連絡を取る方法がない。普段はそれほど使わないが、こんなときないと困るのが携帯だ。早くまた手に入れたい。

仕方がない、事情は後で聞くとして部活に行った。

 着替えを済ませ体育館に入る。いつも体育館は卓球に女子バレー、バドミントンと多くの部がひしめいて静かなコートの奪い合いが繰り広げられているのだが、今日はそれに加え、普段はいない男子バレー部がいたことと、バドミントン同好会が他校生と練習試合をするために広いコートが必要ということで、今日のバスケ部の陣地は狭かった。普段の練習はできない。どうしようかと数分の間、皆まごまごしていたので、軽く部内で雑談したり、バレーの市原智代やバドミントンの瀬戸浩之などクラスメイトに声をかけたり、イメージトレーニングの真似事をしたりした。

 そのうち顧問の声がした。こういう日にはこういう日なりの練習方法があるらしく、結局三年数人がその狭いコートで一年を指導し、残りが外へランニングに出かけることになった。コースは校門を北に出てそのまま道なりに進み、峠を越えて先の下り坂をずっと下り、途中で左折し、さらに下って下り切ったところで左折、その後また道なりに進んで上りを経て、次の下りの途中で左折、ストレート、ここで学校のテニスコート前にあたるから右折して、左に曲がりつつの下り坂をすぎると、今度は学校の正門に差し掛かるから、学校のシンボル清稜池を左手に最後の坂を駆け上がりゴール、というロングレイアウトだ。ちょうどこの学校が立つ菱松台を下って周囲を半周し、また上るというような格好になっている。

いつもと違う練習メニューを選ばされたことに色々と文句を言うものもいたが、たまには外で汗を流すのも悪くない。日が傾きかけた菱松台の家々や、頂上から見るこの住み慣れた町の姿も素晴らしい。もっともこの3キロ程度のコースを今日は8周走らされたので、景色を見る余裕などすぐなくなってしまったが。

途中でバテてしまう者も多くいた。仕方ない、ちょっと無茶なコースだものな。バレー部伝統のこのコースを最後まで走れたのは俺を含め8人。もし隆彦がいれば9人だったかも……。








11

帰りがけに、どこかで見た顔と出会った。あれは一緒に孝樹を捜してる守口という人じゃないか。といっても暗かったから本当に本人かはわからないし、俺も向こうも友達連れだったから声はかけられなかったが。

地味めな人だったけど、運動部だったのか。




 自室に戻った。携帯を先月の終わりに無くしてしまってから、この部屋にきっと埋まっているそれの音が聞こえたことは一度もないが、それで困ったこともない。携帯はせいぜい、どうしても必要な連絡くらいにしか使っていなかった。友達とも電話より直接話したほうがよく伝わるし、楽しい。学校が携帯の持ち込みを禁止しているから部活の連絡も携帯以外の方法でしかされていない。

でも、生徒会の連中と連絡する方法が何もないから、今夜は少しナーバスになっていた。

明日まで待てば直接会えるのだが、そう自分にいい聞かせても胸のざわざわがおさまらない。

早く明日よ来い。








12

次の日も当然ながら孝樹はいない。孝樹がいないことを、話題に上らない限りみな忘れていることも変わらない。さりとて話題に上ることもなし……。昨日の耕司と秋一の言葉をふと思い出した。学校の仲間とは皆にとって何なのだろう。ただ同じ部屋で机並べて授業を聞いているだけの間柄か? それとも、「助っ人」のネタか?

たまらず、何かの休憩時間、冬矢に話し掛けた。

「なあ、冬矢、俺思うんだ。なんでひとりいなくなってるのに、この学校はこんなに普通なんだろうってな」

返事はなかった。冬矢はいつものように、耳を塞ぎたいが手を使うのがおっくうだと言っているかのように、ねじるように顔を背けた。

「桜井」後ろで声がして、振り向くと一昨日体育館の横で会った柔道部、岩崎弘宗がいた。

「あんまり思い詰めるなよ」

「思い詰めるなって言われてもな」俺は言った。

「見つければいいんだよ」「え?」

「悩んでる暇があったら橋田捜せよ。雪村なんかに相談して、返事来るわけねえだろ、アロエリーナじゃあるまいし。お前らしくもねえ」

そうだ、と俺は思った。悩むくらいなら行動したほうがいい。

「そ、そうだよな。ありがとう弘宗!」

「あー、なんだよ。別に感謝されることしてねえからな!」なぜか照れるように弘宗は去った。

悩む暇もないよう行動すればいいんだ。そう思うと目の前の世界が不意に変わって見えた。光り輝く世界が俺にきっと道を指し示してくれる。








13

放課後、冬矢の捕獲に成功した俺は二人で生徒会室へ向かった。

冬矢をつかんで教室を出るとき、市原智代と会った。そこで智代が俺に言ったことばが、生徒会室への途中、ふと耳に反響する。

「モッちゃん、今日も行くの?」

「ああ」

「頑張ってね、私は応援しかできないけど」

「おう。十分だぜ! 応援があれば何でもできるってな。ありがとよ」

「雪村君も」

「……」冬矢は女の子の声援にも動じない。



弘宗、智代。俺たちを応援してくれる奴らがいる。助っ人部のような連中ばかりではないのだ。

「冬矢、頑張ろうぜ」

気合いを入れて呼び掛けた。いや、半分は独り言かも。あいつらのためにも負けられないのだ。



だが、生徒会室の中には、また予想外の光景が待っていた。

「意味ないっすよ」

「そんなことねえだろ!」

ドア越しに口論の声が聞こえる。会議机の向こう、ここから見て左側で男子二、三人が言い合っていて、他にそれを取り巻いている者もいる。ガラッとドアを開け踏み込んだ。

「どうしたんだ」

言い合っていたのは二年の斎藤公平と、一昨日の捜索にも参加していた一年の森下正輝。

「桜井! こいつな、橋田捜すのやめようって言うんだぜ」

 斎藤公平は座っている森下正輝を指す。

「なに……おい、下は正輝だったよな、何でそんなこというんだ」

森下はだらしなく椅子に座り、腕を組んでそっぽを向いている。生徒会には少し似合わない姿だ。その森下がこちらを向き、やる気のない声でこう言った。

「桜井先輩もわかってんでしょ」

「何が」

「決まってるじゃないすか、これ以上やっても見つかりません」

「お前……」

俺は周りを見た。待安さんは来る気配もない、よかった。だがここにいる他の奴だって孝樹と何かつながりがあるから参加しているんだ。それをこいつは。

「やめるんならお前一人でやめるんだ」

「え?」森下は顔をしかめる。

「お前がなんでここにいるのか知らないけど、俺みたいなのもいるくらいだから自由参加なんだろう。やりたきゃやればいいし、やりたくなきゃやめたらいい。でいいよな?」

近くの公平と成宮ネネに返事を促す。

「ああ」と公平。ネネもうなずく。

「でもさぁ」と、ロン毛をかきあげる森下。「かっこ悪いじゃないすか」

「あ?」驚いたのは俺だけのようだ。二人とも森下の気持ちを知っているのか。

「カッコ悪いでしょ?」こちらをしっかり見て、か、っ、こ、わ、る、い、で、しょ、と一句一句はっきり区切って発声した。怒りを誘う言い方だった。「橋田先輩捜すっつって、生徒会入ったはいいけど、見つからないじゃないすか。見つけるための手もあるわけじゃなし」

「だから、そう思うんならお前一人で抜けろって」

「いやです」また、口をはっきり動かして挑発するように言った。俺の額のあたりの皮膚の下に何かが流れるのがわかった。

「俺一人で抜けたら、かったるくなってやめたって思われるっしょ?」

「だから、俺たち全員をやめさせようとしてんのか」

「ええ」勝ち誇ったような言い方。もうこれ以上は耐えられない。

「お前、いい加減にしろ」

俺は森下の胸倉をつかみ立たせた。周りのふたりもどよめく。

「よせよ、桜井」

「そうですって、暴力はよしましょうよ」

「暴力じゃねえ」俺は言った。「これが暴力なら、お前が孝樹や俺たちにやってることは何だ。考えろ」

 森下は笑って口笛を吹いた。

「さあ」

胸倉をつかんでもこれだ。俺は怒りというより、もう自分のしていることがわからなくなった。この男に憤然と接しても、何にもならないんじゃないか。

「桜井」公平が言った。「落ち着こうぜ。俺たちは捜すのをやめないんだ」

「いえ、やめるんです」俺の右手とつながったまま森下が言った。「もう生徒会の本部には伝えましたから」

「何を」

「だから、ここの解散ですよ」

「なに!? ……いや、無駄だろう、篤の承認が……」

「要りません。本部は人員をこっちに割かれてることをよく思っていませんでしたから」

「つっても、たった六人だろ」

「生徒会の深刻な人手不足を知らないんですか? 学校のため、皆のため、そういう仕事を誰もが嫌ってるんです。わかりましたよね? ちょっと耳打ちするだけでOKでしたよ。もう、ここまでです」

馬鹿な。俺たちが解散? ここが使えなくなる……? 嘘だろう。だが、森下の顔は妙に自信に満ちていて、公平とネネは不安げにうつむいていた。

「おい! 公平にネネ! なんとか言え! 俺たちがこんなのに解散させられるなんて有り得ないだろ!!」

「その……」ネネが言う。「本当っぽいです」

「え!?」

 森下が部屋の入り口を指差した。先生と、たくさんの生徒が来るのがわかる。。

「チェックメイト」森下が言った。

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