5話 男前拾いました
侵入者という文字に頬を引きつらせながら、階層移動にもあった「*」マークをクリック。
【中継映像を出しますか? はい いいえ 】
中継映像とな。
これは、あれか? その侵入者ってやつを、モニターに映せるってことかな?
うーんまあ、見るだけならこちらに害はないだろう。
最高難易度ダンジョンにどんなのが来たのか、興味がないと言えば嘘になるし。
よし見てみよう、はいのボタンをぽちっとな。
するとメディアプレイヤーが起動して、少しの間砂嵐になったかと思うと、暗い洞窟の様子が映し出された。
お、おお、画質良いな。
画面の向こうでは、ごつごつした岩肌のいかにも洞窟って感じの狭い通路を、人らしきものが歩いている。
人だー! こっちに来て初めての人! 鎧着てるけど多分人だよね?
黒い鎧を纏ったデカイ人、男かな。
長い剣を腰につけてて、いかにもファンタジーの世界って感じ。
ただ、どっか怪我してるのか歩みが遅い。というか脚を引きずってるように見える。
あんな強そうな人でも2階層であの有様って、やっぱりここ怖いよ……。
「あ」
鎧の人が歩みを止めた。
目線の先を見ると、デカイ蛇みたいなのが通路を塞ぐ勢いで鎮座していた。
あれ、これ、まずいんじゃ?
なんて思っていると蛇が目にも止まらぬ速さで突進していった。
鎧の人もいつの間にか剣を出していて、それを受け止めている。
けどやっぱり怪我が響いているのか後退っている。
よく見たら、鎧の人の足元がじわじわ赤く染まってるんだけど、うわ、あれ、血?
「ま、待って待って」
これ勝てる訳がなくない? あの人、死ぬんじゃない……?
蛇が鎧の足首に食らいついたところで、私は考える暇もなく階層移動していた。
バタバタとうるさく足音を立てて扉の前まで来た。
一瞬あの巨大爬虫類が脳裏を過ぎった、けど、深呼吸して追い出した。
何となく、ほんと何となくだけど、ちゃんとあの鎧の人の近くに移動出来てる気がした。
ちょっと重めの扉を押して開けようとして、思い直して内側に引っ張る。
目の前は、画面で見たごつごつの岩肌だった。
あれ狭いな、と思ってると右側から争う音が聞こえる。
思いきって外に頭を出して右を見ると、さっきの鎧の人と蛇が戦っていた。
戦っていると言っても、鎧の足首はぐちゃぐちゃになっていて、剣は3分の1くらい折れてしまっている。
「こっち!!」
出せる限りの大声を出すと、鎧の人と蛇両方にがっつり見られた。
間近で見る蛇の凶悪なツラにひえっと悲鳴を漏らしそうになって、何とか飲み込む。
「早くこっち来て! 安全だから!」
言いながら言葉通じるのかなこれと思ったが、鎧の人は一瞬私に目を奪われた蛇の隙をついて身を翻した。
ぽたぽたと血が垂れて、脚絶対痛いだろうにすごい速さでこっちに来る。
ぶ、ぶつかるぶつかる!
私が慌てて扉を引っ張って精一杯開けると、鎧の人が言葉通り転がり込んできた。
それを確認してからぐーっと体重をかけて扉を押す。
早くしないと蛇が来る!
というかもうそこまで来てる、シューシュー言ってるやばいやばいやばい~!
もうこうなったらヤケクソだ!
私は一瞬体を離して靴底で思いっきり扉を蹴るように押した。
扉が閉まったと同時に、蛇の鳴き声は聞こえなくなった。
相変わらず、換気扇の音ばっかりでしんとした店内に戻る。
こじ開けられるかなとも思ったけど、どうやら扉を閉めると外の魔物は干渉できなくなるみたいだった。
できてたら最初の巨大爬虫類の時点で私死んでるしな! ははは……笑えない。
あっ、違うそんな場合じゃない!
慌てて振り返ると、鎧の人は意識を失ったのかぐったりと倒れ伏している。
「あー待って死なないで!」
駆け寄ってどうしようかとおろおろしていると、鎧の人は少し身動いだ。
何か言っているようだったので必死に屈んで口元に耳を寄せると「み……ず」と呟いているみたいだった。
水、水!? あーもうどうしたら、水持ってくればいい!?
ドリンクバーまで走ってグラスを引っ掴んで、製氷機のボタンを水に切り替えて押し付ける。
ジャジャーッとグラスを満たした水を持って駆け戻ると、鎧の人の近くにしゃがみこんだ。
「ねえ、水、水持ってきた! 飲める?」
飲める訳がない、めちゃくちゃ弱っているし顔まで鎧に包まれている。
仕方ないのでグラスを一旦床に置いて顔に手を伸ばす。
鎧の仕組みとか全く知らないけど、何とかかんとか頭の部分だけ取り外すことができた。
中に入っていたのは黒い髪の男前だった。
苦しそうに短い呼吸をして、脂汗かいて目を閉じている。
そのまま飲ませたらさすがに噎せるよなと思って、上半身を起こそうとしたけどおっもい!
そりゃこんな鎧着てたら重いわな! 私アホか!
無理やり頭の下に膝を突っこんで、グラスを口にあてた。
するとかすかに口を開けたので、ゆっくり、ゆーっくり傾ける。
飲め……てる? おお、飲めてる!
ちょっとずつだけど、喉が動いてるのが見える。
いやでも、こんな水じゃあどうしようも……とか思っていると、びっくりするようなことが起きた。
男前の呼吸が落ち着いてきたのだ。しかも、汗も引いてきてる。
すわ死んだか!? とか思ったけど、そうじゃない。
だってずっとドクドク出てた足元の血が止まったのだ。
これもしかしなくても、治ってる……?
全部飲み干す頃には、男前はすっかり穏やかな寝息を立てていた。
え、えー……?
よくわからないけど、危険な状態は脱したようだ。
となれば、ここに転がしとく訳にもいくまい。
バックヤードからタオルを持ってきて鎧についてた血を拭いてやる。
でもこれはさすがに運べないわあ……私かよわい女の子だし……。
仕方ないのでどすこいと踏ん張って押し、血まみれの床から遠ざけた。
濃い鉄分の匂い、うえっぷ、吐きそう。
息を止めて我慢しながらブランケットを持ってきて、男前にかけておいた。一応ね。
そして床を雑巾で拭きまくった。アルコールも吹きかけまくった。
はー、よかった。一段落だ。