2話 ここはどこ?私はフリーター
「ハーレム許すまじ……!」
自分のうなされている声で目が覚めた。
いってー、体痛い、頭も痛い……打ったのかなあ。
どうやら倒れていたようなので起き上がると、そこはいつもと変わらないネカフェの中だった。
カウンターの中で倒れていたらしい。
おろ、あのハーレム組の魔法陣に巻き込まれたと思ったけど、そうじゃないっぽい?
というか、もしかしてさっきのってただの夢だったり?
ははー、私ったら仕事中に寝こけて夢見ちゃったんだなー?
まったくぅ、怒られるところだったぞ!
そういえば、びゅうびゅう言ってた風の音がしない。
そろそろ雨も止んだのかなーとカウンター横の出入り口に近づいて扉を開けた。
私の10倍くらいデカイ爬虫類みたいなのがいた。
後にも先にもあんなに素早く扉を閉めたのはあれが初めてだった、それだけはわかる。
お腹から喉に絶叫が到達するより早く、体が動いてくれて良かった。
扉に背を向けた瞬間、どっと汗が吹き出た。
閉める瞬間目が合ったもん、金色のめちゃくちゃ怖い目がこっち見てたもん!
日頃の運動不足のお陰で瞬発力とかカケラもない足が、それでもダッシュで動いて本棚に向かう。
いくつも連なった本棚は、うずくまってれば、ぱっと見誰もいないように見える。
膝を抱えて小さくなって、息を殺した。
ドクドクいってる心臓がうるさい。
ありえないとは思うけど、もしこの音が聞かれたら瞬殺される未来が見えきっている。
こわいこわい、こわい!
店内は、変わらずしんとしていた。
扉の開く音どころか、私の息遣いとか心音とか、換気扇の音とか、いつまでもそれくらいしか聞こえてこなかった。
どれくらいしゃがんでたんだろう。
10分? 30分くらいだろうか?
私はそろりと本棚から這い出た。
店内は、やっぱり変わらず静かだった。
遠目に出入り口を見てみたけど、何の変哲もないいつもの扉だった。
ガラス張りなのに、向こうは暗くて何も見えない。
夜だからかと思ってたけど、違うと最悪の形でさっき証明されてしまった。
私はへろへろになりながら、ひとまずバックヤードに逃げ込んだ。
ついでに表のドリンクバーでコーラを注いできた。
炭酸でも飲んでなきゃやってらんねえ!
ヤケ酒のような気持ちでガーッと一気に煽った。
あれは、オモチャとかCGとか3Dとか、そういうのじゃない。
間違いなく、本当に本物だった。
でなければあれほど明確に「死ぬ」なんて意識が芽生えるわけがない。
ちなみに私が「死ぬ」と思ったのは、小学校の頃。
友達の家から自転車で帰っていたら、下りの坂道で急に豪雨が降ってきた時だ。
前は見えないし、寒いし、道滑ってブレーキ効かないし。
どうやって帰ったのか未だに覚えてないけど本気で怖かった。
けれど、今回はそれすら超えていた。
生きてて良かったと、残り少なくなったコーラをちびりと飲んだ。
ここは、多分間違いなく異世界だろう。
あんなでかい爬虫類、現実にいたら即ニュースになる。
しかし、あの4人組はいない。
ということは、私は彼らと別の場所に飛ばされたのか?
正規に呼び出されたのが彼らだから、とばっちり食らったいらんやつは適当な場所に飛ばされたということだろうか。
「最悪だ……」
誰もいないバックヤードに私の声だけが響く。
これだからハーレムはろくなことをしない。
せめて私も同じ場所に連れて行けよ。
ここマジどこなの? それを確認するにはここを出るしかない。
でもそれは無理だ、あの巨大爬虫類がいる限り絶対死んでしまう。
うわーん、ネカフェなんだからネットでなんか調べらんないのか!?
無理だよねーそもそも電気通ってないでしょここー!
なんて1人でヤケになりながら涙目でバックヤードのパソコンを見ると、意外なことに電源はついたままだった。
……ネットとか、繋がるんだろうか。いや、まさかなあ。
恐る恐る近づいてマウスを動かす。
グーグレのアイコンをクリックすると、開いた。びっくりだ。
いやでもまさかそんな……と諦め半分、興味半分で検索欄に「現在地」と入力してみると
【地下大迷宮シルヴィオン】
そんな文字が1番上にぴょこんと表示されて、その下はいつものように検索結果がずらり。
試しに地図の欄を開くと、そこは世界地図では見たことのない形ばかりが広がっていた。
その中の1番大きな大陸の中心をぶった切るように、太くてながーい線があり、そこにまた【地下大迷宮シルヴィオン】と書いてあった。
「グーグレすげえ」
インターネットは異世界にまで普及していたのか。電波やばい。
まさかこんな形で現在地が分かるとは思ってもみなかった。
こうして私は、自分の居場所だけでなく、この世界に関しての知識すら得ることが出来てしまったのだった。