【62話】第3試合、ノルデンバーグ高等学院
八武祭2日目、午後の対戦相手は、ノルデンバーグ高等学院だ。
このチームは3年生に、優秀なハイブリット種の選手がいるらしい。
名前は『アジャンタ・トゥーラス』って聞いた。
そのアジャンタは、うちのアリサと違い、使える魔法が『攻撃魔法』『回復魔法』『肉体強化魔法』と、三つも持っているらしい。
おまけに『魔神の加護』のギフトを持つ、反則的な小僧だって話だ。
まあ、今は僕も小僧なんだけどね。
そんな事より今回の僕の役割は、みんなを活躍させるサポート役に徹する事だ。
だが、僕にはもうひとつやることがある。
下剤入りの高級ランチを振る舞ってくれた、どこかのお偉いさんに、僕たちの元気な姿を見せてあげなくちゃね。
想像すると、笑いが漏れちゃいそうです。
「ランディ、その笑いかだは、気持ち悪いだ」
ソイフォンに突っ込まれた……どうやら漏れていました。
「ウエストコート高等学院VSノルデンバーグ高等学院、試合開始!」
「肉体強化!」
「肉体強化」
「肉体強化」
「肉体強化!」
「肉体強化ぁ!!」
「よっと」
「なにっ? っ、肉体強化!!」
「えっ? 肉体強化!!」
「……肉体強化」
「行くぞ、肉体強化!」
「そりゃ、肉体強化3」
「望むところだ、離されるなよ」
「おおっ!?」
「おおっ!」
両チーム、肉体強化魔法を発動して、一気に詰め寄る。
相手チームは、こっちの予想外の動きに戸惑ったのか、困惑の表情だ。
しかし、それも一瞬だけで、戦いに影響はないだろう。
6対8の戦いになるけど、午前の試合で魔力が温存できたので、全力の肉体強化魔法を使っている。
この世界の鍛えた人間は、並外れてHPが高い。
学院に在籍してる生徒たちも、例外ではない。
だから、切れ味の悪い剣だと、何回も当てないと倒せない。
「エクスヒーリング」
相手チームが、負傷した味方を回復させる。
だけど、回復役とヒーリングをかけてもらってる生徒は六秒間戦線離脱する。
もちろん、こっちの回復時にも同じ事は起きる。
「グランヒーリング」
「なっ!?」
「グランヒール、嘘だろ」
「んなっ!?」
相手チームの何人かが、僕の回復魔法に驚く。
「グランヒーリングを使えるだと!?」
「馬鹿め、そんな大技3回も使えば枯渇するぞ」
えっとですね、グランヒーリングなら40回近く使えるんだけど。
……
…………
「グランヒーリング」
グランヒーリングは、たった3秒で魔法が掛け終わる。
戦闘中ならば、エクスヒーリングよりグランヒーリングの方が有効手段だと、誰にでも解る。
しかし、エクスヒーリングはHPの25%回復で、消費魔力は30。
一方、グランヒーリングはHPの50%回復で、消費魔力は100。
燃費の意味でなら、グラヒーヒングはかなり効率が悪いのだ
魔神のギフトでも持っていないかぎり、魔力総量が多い生徒でも魔力総量は300~400なのだ。
八武祭に参加するほとんどの生徒は、魔力枯渇を恐れて、ヒーリングまたは、エクスヒーリングを使用する。
グランヒーリングを使われない理由はもうひとつある。
グランヒーリングの、魔力の流れは難しいらしい。
僕は一発で覚えたけど。
八武祭に参加している回復魔法使いの選手も、三人に二人はエクスヒーリング止まりだと言っていた。
だから、グランヒーリングを試合中に使うのは珍しいのだろう。
相手チームは回復要員が二人いるようだが、一時的に戦線離脱する度に、こちらの攻撃回数が増える。
「ダナムっ、回復させるけど、いつも通り戦ってろ!」
「えっ? なっ!? わ、分かった」
「グランヒーリング」
さすがダナム、戸惑ったの一瞬だけで、通常通り戦ってくれた。
これは誰にでも出来る技じゃない。
たぶん、ダナムと、カティスくらいだろうな、人神の加護を持ったやつらが肉体強化魔法なんかつかったら、一瞬は離されるだろう。
さらに、僕を信頼していなければ全力で戦えなくなり、かえって足を引っ張ってしまう。
まあ、戦いながらの回復魔法は、ダナムとカティス二人で充分だ。
……
…………
「グランヒーリング」
5回目のグランヒーリングの後から、注目を浴びるようになった。
おや、やり過ぎたか?
「魔神の加護持ちかぁ!」
相手の一人が、叫びながら僕を狙ってきた。
ハンマーの柄を使い、あしらって、余裕のあるラディスとカティスのところに誘導する。
「くそっ! 先輩! ダーナスを狙ってくれ!」
なにっ!? 僕の家名を知ってるだと?
僕なんて、相手の選手の名前なんか、一人しか覚えてないぞ。
たしか……ハイブリットの『オジャンダ』だったかな……
いや、そんなことより、相手はもう僕を狙う余裕なんて有るのかな?
少し長引いた戦いだったが、相手はもう半数が殻に被われて、戦線離脱している。
しかも、こちらは離脱者無し。
そして、相手チームの五人目が戦線離脱したところで、負けを認めた。
「勝者、ウエストコート高等学院!」
驚き混じりの大歓声の中、悠々と歩いていると、またしても、サウスコート陣営と目が合った。
午前とは違い、仲の良い友達感覚で、笑顔で手を振る。
そしたら、午前とは違う選手がキレて僕に向かって来ようとした。
このチーム、沸点が低いね。
「モンテ先輩、ラディス、明日の対戦相手を教えてくれ」
「前から思っていたんだが、私も年上なんだが」
「あれっ? なんでかな……まあ、良いじゃん。 ねっダナム」
「ああ、ランディがそれで良いなら、かまわない。だけど、よく俺が本気で戦ってるのに、触れたままでいられるな」
「ああ、あれには驚いた、私にもできるか?」
「えっと、話せば長くなりますが、モンテ先輩は流石に無理です」
「そうか、詳しくは夜のミーティングで聞こう」
こうして、明日はリッツ教官が、どんなお題を出すのか楽しみにしながら、会場をあとにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
八武祭、特別観戦室では、周囲の視線を忘れ、ランディの活躍を食い入るように見つめていた二人がいる。
午前の新魔法『ライトニング』や『総力戦での圧勝』で注目度がサウスコート高等学院よりも、上回っているのに、ランディ本人の活躍が目立っていないので、二人は不満気であった。
その二人とは、ロベルト・フォン・アルカディアとエリザベート・フォン・ウエストコートの二名だ。
だが、周囲の公爵や侯爵は、子供のような二人にいちいち反応している場合ではなかった。
ロベルトは、本当に子供なのだが。
大貴族たちは、新魔法『ライトニング』の情報共有化の事で、舌戦が繰り広げられていた。
結果は現法律上、新魔法『ライトニング』はウエストコート公爵が管理する事になった。
それでも、諦めきれない一部の貴族は、学院長のハベンスキーを勧誘していた。
「ハベンスキー学院長殿、貴方はうちの領内で、要職に就きたいと思いませんか? 」
「ガルムハウゼン卿、この場での些か礼儀がなっていないと思うが、それにハベンスキーはどこにもやらんぞ?」
「何を言う、メッサー卿よ貴殿は、あのハベンスキー学院長殿をなくしたい、殺したいと去年は言っておられましたな?」
「んなっ!? あ、あれは……冗談だ、そうだよな、ハベンスキー?」
ウエストコート高等学院の、担当侯爵のメッサーは、今までの暴言が、こんな形で自分の首を絞めるとは、思っても見なかった。
メッサー卿の窮地を救ったのは、ウエストコート公爵だった。
「ガルムハウゼン卿よ、その辺で許してやってくれ。 学院長はすでに我がウエストコートの財産なのだ」
「……はっ、分かりました」
そんな、会話が繰り広げているなか、王宮騎士は、ランディの戦闘能力の高さに目を付けていた。
「なぁ、お前はあんな芸当ができるか?」
「ん? 戦いながらの回復魔法か?」
「ああ、そうだ。 どうだ?」
「相手が格下、しかも一ヶ月以上の時をかけて、訓練すれば、三秒なら……」
「あとは、わざと動きを制限するとかか?」
「だが、そんな事はしていない」
「ランディは百戦錬磨の猛者か?」
「あんなに強かったら、スクット・リッツに目を付けられるぞ?」
「リッツさんに目をつけられて、五体満足なんてあり得ないと、思いますが?」
「まさか……」
この夜、王宮騎士はウィルソン王に、ランディの王宮騎士推薦の話をした。




