【39話】居眠り教官、目覚める
俺の名前はスクット・リッツだ。
俺は人神の加護を授かった、ギフト持ちだ。
このギフトのおかげで、俺の人生は薔薇色になった。
理由は、強敵と戦う機会に困る事がなかったからだ。
始めは『近所のガキ大将』だったが『学院の先輩』『戦闘教官』『敵国の部隊長』と遊び相手は変わっていった。
だがある日、俺の薔薇色の人生が終焉を迎えた。
俺が活躍しすぎて、王宮騎士団に入団した頃だ。
この頃になると、俺を楽しませてくれる強敵がいなくなっちまった。
やる気の出る練習相手は居るが、同じ王宮騎士団だから、本気の戦闘はほとんど出来なくなった。
たまに、喧嘩を吹っ掛けて戦うが、その度に謹慎になった。
本気で戦った訳じゃねぇのによ。
戦争に参加しても、王宮騎士団は滅多に前線に出ねぇ。
勝手に前線に出りゃ、またしても謹慎。
そして、戦う機会を無くした俺は、どんどんやる気を無くした。
そして、王宮騎士団をクビになり、次の働き口はガキ共……高等学院のお坊ちゃん達のお守りだった。
俺の人生はここで終わった……
ただ生きているだけになった。
ここでの唯一の楽しみは、序列二位と三位の教官を研修と称して、なぶる事だが、渇いた心を潤すには至らない……しかもあいつらは、理由を付けては研修を逃げるから、唯一の楽しみすら月に一度有るか無いかだ……
ガキ共の、つまらん祭りを見させられた後は、お偉方の説教なんだが、俺のところには来ない……
いっそのこと、侯爵とかぶん殴れば強敵と戦えるかもと何度も考えたが、飯代を出してくれる奴らに、まともな理由もなく襲いかかる訳にもいかねぇしな……
ある日、ハゲの学院長がいつにない表情で俺を探していた。
面倒な予感がして、滅多に行かない1年生と2年生の校舎に逃げた。
ここなら見つからないだろう……
ふと気づくと、フラット・シャープの奴が、ガキ共をつれて遊んでやがる……こいつは確か序列4位なんだが、肉体強化に頼りすぎるところがあるから、燃えてこない。
もう少し強くなれば、難癖つけて稽古してやるのに……
何気なしに見ていると、子供にしちゃあ活きの良いのが居る様だが、ガキ共には興味ねぇな……
ん? なんだ? 次のガキは俺の身長くらいある棍を持っているぞ? 射程を長くして被弾を避けるのか? はっくだらねぇ……フラットの奴に思いっきりやられちまえ…………
あっ? 今、ガキの初動が解らなかったぞ……ボケすぎたか……
俺は目を擦って、真面目に見ることにした。
なっ!? こいつあの身体で、フラット相手に優勢に戦ってるだと?
ガキをジックリ見てると、強烈な違和感がする。
どこからどう見てもガキだ……腕力もガキ、速度もガキ、なのに棍を振り下ろす様は、百年間休まず棍を振り続けていたかのような、重厚さを感じる。
しかも棍で攻撃を受ける時に、円形になるようにいなしてる……
はっ、十代前半のガキがとんでもねぇ事をしやがる。
ガキじゃなかったら、俺が遊んでやったのに…………おっ、流石にフラットも本気を出すか……
さて、あのガキがどんな負け方をするかな……
……
…………
おい、あのガキ……フラットの剣気を受けて平気なのか?
いや……それより、下手すりゃ死んでもおかしくない攻撃を受けて……喜んでる?
こいつ……勝てないと見るや、相討ち狙いに変えやがった……どう考えても、体格や体力的に相討ち狙いは悪手だろ……
だが何故だ、なんでこんなに血が騒ぐ……
……
…………
こいつ、フラットの癖を見抜きはじめてる!?
これで、体格の不利は消えた……か。
だが、体力の不利はどうする? 小さな戦士よ……
……
…………
おいおい、嘘だろ? こいつの体はどうなってんだ?
やられても、やられても倒れねぇ……それに急所には一発も貰っちゃいねぇ……
でも、見た感じもうそろそろだな……まあ、フラットのやつもいっぱいいっぱいだが……
…………相討ちか…………面白れぇ……あの小さな戦士、俺がヤってしまいてぇ……待て待て、もっと成長させてからヤった方が良いよな。
だが、いつまで待てば……そんなには我慢出来ねぇぞ……だが、うちの生徒だ……本気で潰す訳には……
ああっ、もう考えるのは止めだ……
俺は猛然と突っ走った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい! そこの小さな戦士! 名前は何と言う?」
するとこいつはムクッと立ち上がり、自分の名前を言った。
「ランディ・ダーナスです! 」
「ええっ!?」
なんでフラットのやつは驚いているんだ? まあいい……
「ではランディ、お前は明後日からこの俺がしごいてやる……技の基礎と応用は申し分ない……だが、体幹が未熟だ……明日から毎日学院の外周を10周しろ! ついでにお前らは、今から5周してこい」
俺は、呆然と見ているガキ共に言ってやった。
因みに、この学園はバカみたいに広い……5周も走らせれば10キロを軽く超える距離がある。
ガキ共に丁度良い距離だ。
「ガキ共……今のお前らには、つまらん駆け引きは要らねえ……暫く『壱の型』の素振りだけしてな……だが素振りが飽きたら言え。俺が1つの型を極める大切さを、実戦でじっくり教えてやる」
「「「「「…………」」」」」
「ついでに、フラット」
「は、はいぃっ!」
「貴様は、俺の鈍った肉体を解すため、毎日俺と戦闘訓練だ。学院長とキツネには、俺が言っておくから心配するな」
「いやぁぁぁ!!」
ふっ、フラットの奴泣いて喜んでるな……根性あるじゃねぇか。
すると、外周を走らせる一団に、小さな戦士ランディが混ざっていた……おい、お前は相討ちで倒れてなかったか? 傷まで無くなってんぞ……
まさか、この中に回復魔法を使うガキが紛れていたのか?
「ランディだったか……もう走る元気があるのか? なら今から俺が鍛えてやろうか?」
大概のやつらは、これで逃げ出すんだが……
「えっ? 良いの? 今直ぐ回復します。 エクスヒーリング」
こいつ回復魔法使いかよ……しかも、俺との戦闘訓練を嫌がらねぇ……
ランディはバランスが良いからギフト持ちじゃねぇ、竜神のギフトなら力に頼り、人神のギフトなら速度重視になる……ランディにはそれがねぇんだ……
なら肉体強化魔法の、ハイブリットか…………
珍しいな。
「いや……もったいないから明日にしよう……魔力が尽きては肉体強化魔法も使えなくなるしな……」
すると、ランディがおずおずと、手をあげて話してきた。
「僕は肉体強化は使えませんよ? 」
なにぃ!? こいつ……肉体強化もギフトも無しであの強さか……不味い今すぐやりてぇ……だが我慢するんだ……
「よし! お前らぁ!! 明日も同じ時間にここに来い! 面は全部覚えたから、サボったやつは後でじっくり俺が鍛えてやろう……」
ランディ以外の全員が青ざめているな……
まあ、ランディには明日、解らせてやるか。
これが、ランディとの出会いだった。
この事がきっかけで、俺の2つ名『居眠り教官』の名前が消えた。




