【165話】離脱
森の入り口にて、ランディを見ていた人々は歓喜と狂喜に沸いていた。
見たことのない建造物が移動して、国境を繋ぐ橋となった時は、誰もが敗北を確信した。
だが、直ぐにはそうならなかった。
領主であり、師匠であり、友人であるランディ・ライトグラムが、2万4千のアカシア兵にたった1人で立ち向かった。
最初は悲鳴をあげていた味方も、おとなしく見学をするようになった。
ランディは敵の剣に耐え、槍に耐え、新型鎧にも耐え、弓矢や攻撃魔法にも耐え、アカシア兵を谷底に次々と落としていった。
アカシア軍の、被害が100を超えたあたりから、歓声に変化し始めた。
ランディをよく知るダナムやテスターでさえ、胸に熱いものが込み上げていた。
そして、ランディは丸1日戦い続けた。
「ダナム、ランディのやつ疲れるどころか、強くなってないか?」
「……ああ、俺もそう思った」
「だが、さすがにこの調子で、長く続かないだろう」
「いくらランディでも、体力の限界が来るってことか? テスター」
「それもあるが、これは戦争だ。遊びじゃない。いや最初は遊んだかも知れないが、敵の被害は900を軽く超えている。ほら」
テスターが言い終わる頃、移動式架け橋が八基
進んできて、本当の戦争が始まる合図となった。
ランディの用意した『5つの道』と名付けた罠に誘い込まれる、アカシア兵。
予定通り罠に掛かり、次々兵を減らしていくアカシア兵。
だが、秩序ある移動をしていた、アカシア軍に変化が現れた。
すでにランディは、たった1日で『アルカディアの悪魔』と呼ばれ、西側の森に消えていったのを確認されていた。
自由に行動できる部隊が、ランディを避けるように東側の森に突入していったのだ。
結果、一番東側にある道では、罠の許容量をあっさりと超え、罠の再設置が間に合わず、撤退すら遅れてしまう事態となった。
「不味い! テスター、殿を務めるぞ」
「わかった、うおおっ! 肉体強化!!」
ダナムとテスターは、声をあげなくとも肉体強化魔法は使えるが、あえて声を大にして肉体強化魔法を使用した。
2人は程好い興奮状態から、戦い始める事ができた。
2人の息も合っていて、押し寄せるアカシア兵を次々に強大な腕力で始末していった。
だが、彼らの興奮状態は目の前の敵と戦うには最適であったが、引き際の判別までは出来なかった。
次々と襲ってくるアカシア兵に、ダナムが押され始めた。
「ダナム、まだまだ音をあげるのは早いぞ」
テスターがダナムを庇って血飛沫をあげる。
「テスター、そうだなあれを見た後で、情けない姿は見せられねぇ」
ダナムとテスターは、ランディの戦う姿を思い出していた。
そこからは、ダナムの戦いが劇的に変化した。
ダナムの動きに無駄がなくなり、戦闘力ではテスターに劣るはずのダナムがテスターを引っ張りあげるような戦いをし始めていた。
その戦いは『奇跡の連続』と言う言葉がふさわしい戦いだった。
後続のアカシア兵が来なくなり、2人を取り囲むアカシア兵の人数が、3人までに減った。
「ば、化け物だ」
「あれだけの傷を負って何故動けるんだ?」
「に、逃げろ。俺たちじゃ無理だ、逃げろっ!」
ダナムとテスターには、逃走するアカシア兵を追いかける力は、残されていなかった。
2人の足元にある大量の血溜まりは、アカシア兵のものではなかった。
「後ろから味方の声が聞こえる」
「ああ、何人か取り逃がしたが、問題なかったようだ。ただ味方の姿はもう見れないな、目が見えない」
2人は同時に倒れた。
そして、やりきった達成感と強烈な眠気に襲われた。
「ダナム、凄かったな。3年前のランディを思わせるほど、だっ……た……な…………」
「ああ、自分でも生涯最高の戦いだった。ああ、もう眠い。悪いがもう寝るぞテスター、テスター? なんだ先に眠ってしまったか、それじゃ俺様も眠ると、しよ……う……か…………」
全てを出し尽くした2人は、安らかに息を引き取った。
◆
◇
◆
テスターとダナムが死んだ。
呆然と立ち尽くす僕に気づいたシュガーとソルティは、僕に色々と文句を言って殴ってきた。
他の人たちが止めに入るが、止まらない。
これが八つ当たりだって事は、みんな解ってるだろう。
そう、僕を殴ってきたこの2人だって。
この、攻撃は甘んじて受けていたが、お陰で目が覚めた。
嘘の言い訳をするには、早い方が良い。
「シュガー、ソルティー、気がすんだら退いてもらおう、やるべき事がある」
「な、なにをする気なの?」
「せめて、安らかに眠らせて上げてよ!」
めっちゃ騒いで僕を殴っておきながら『安らかに』とは、相当気が動転してるんだろうな。
シュガーとソルティを無理やり下がらせて、使わないと決めた呪文を小声で使う。
「第4レベル呪文……レイズデッド。第4レベル呪文……レイズデッド」
「回復魔法!? もう遅いのよ……やめてよ……だって、心臓がもう」
「ランディがもっと早く来てくれれば……」
2人は僕が回復魔法を使っていると勘違いしている。
確かに回復魔法では、ダナムとテスターは助からない。
だが、僕が使ったのは回復呪文だ。
もう、心臓が動いているのは確認した。
彼等には、戦線を離脱してもらう。
そのために、低レベルの蘇生呪文を使ったんだから。
第4レベル呪文のレイズデッドは、蘇っても、半月から1ヶ月の休養が必要なんだ。
あれっ? 僕の場合は、もっと短かったような。
シュガーとソルティが面倒だから、ダナムとテスターは叩き起こす事にした。
ダナムとテスターを叩いていたら、血相を変えてシュガーとソルティが怒鳴り込んできた。
「ランディ! いい加減に……」
「これ以上死んだ人に……」
「い、痛い眠れないじゃないか」
「も、もう少し寝かせてくれ」
パチリとダナムとテスターが目を覚ます。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!! 生き返ったぁぁぁぁ!?」
飛び跳ねるように驚く者たちに、回復魔法がギリギリ間に合ったと、強引にねじ伏せて、説得した。
それよりも、ビックリしたのはシュガーがダナムに、ソルティがテスターからピッタリくっついて離れない事だよな。
いつの間にデキちゃってたの?
引き離すのは無理そうだから、そのまま話し掛ける。
「遅れてすまない、そしてありがとう。ダナムとテスターのお陰で、こちらの死者の報告は受けていない。戦争をしているのに、この数字は奇跡だぞ」
「ふっ、ランディ。それは自分を遠回しに誉めてないか?」
「テスターの言う通りだ、しかし流石の俺も死んだと思ったんだが……あれ、体が思うように動かないぞ」
ダナムは、体を起こそうとしたけど、もがく様にしか動けていない。
「まあ、ほとんど死にかけだったから、しばらくは動けないさ」
困った顔をしているダナムとテスターだ。
早く戦線に復帰したいのだろう。
「シュガー、ソルティ、2人に頼みがある。
ダナムとテスターを連れてユタの町まで連れて行ってくれ。それとダナムとテスターの世話をまかせる。世話するついでに可愛がってもらえ」
顔を真っ赤にして抗議するも、世話することには賛成のようで、渋るダナムとテスターはユタの町に連れて行かれた。
この後、徹夜で罠の復旧を急いだが『命を大事に』という作戦が災いしてか、1日で突破されてしまった。
残る守りの砦は『有刺鉄線』と、お飾りの『町の防壁』だけとなった。
キンジ「はい、使っちゃいましたね、蘇生呪文。ランディさんもそろそろ全開っすか?」
ガル「まだに決まってるだろ。全開のランディなら、レイズデッドLVⅢを使ってる。ランディは俺様たちがいないと、どうしても後の事を考えて理性的に動くんだ」
キンジ「あれで、理性的? ガルさぁん、ちょっとランディさんとの合流が怖くなってきたっス」




