【156話】偵察隊
遅れました
俺は、アカシア王国偵察隊『零番隊』の『影』だ。
アカシア王国内でも、通常知られているのは『一番隊』から『十番隊』までだ。
だが、この零番隊は違う。
我らは、ずば抜けた偵察能力を持ち、目的のためなら命すら喜んで差し出す、超特殊部隊だ。
その『零番隊』の中でも、気配を殺すのが最も得意としているのが、この俺『影』だ。
今回の任務は零番隊の同士である『空』と『夜』を連れて、先に潜入している『根』と合流して、ある場所の下見をする事になっていた。
それは、我々が8年も前から計画していた。
『アルカディア王都進撃作戦』の通り道であるエスクリダオ・パルキの視察だった。
作戦決行まで1年を切ったので、我がアカシア王国軍の通り道を再度、入念に調べる予定なのだ。
エスクリダオ・パルキ、通称エスパルとの国境は、幅15メートルもの谷で分かれていて、人の行き来は出来ない。
だが、反対側に人が入れば、不可能が可能になる。
適度な石を細く軽い紐にくくり付け、向こう岸に投げる。
すると向こう岸にいる『根』が、紐を引っ張る。
細い紐を、太く丈夫な紐に結び、谷を渡れるように、両側をきつく縛る。
こうして我々3人は『根』との合流を果たした。
「同士よ、ご苦労だった。引き続き己の任務に戻ってくれ」
「同士よ、その前に大事な話がある」
「それは、我々の調査より優先される事柄なのか?」
『根』は俺の言葉に強く頷いて、答える。
「魔の森を谷沿いに移動して行く進軍ルートより、10日以上も早くなる」
そんなバカな!
そのようなルートがあれば、何年も前からとっくに露見している筈だ。
さらに『根』の話を聞く。
「およそ1年前に、新しい領主が来て、滅びかけた町の北側を、浄化したのだ。俺は、砦の町から既に滅んでいた町に移り住み、様子を見てきた。報告書はこれにまとめた。見てくれ」
俺は『根』の報告書を見て、驚愕した。
たしかに、報告通りなら最低でも10日は行軍を短縮できる。
予定を変更して『空』に報告書を持たせ、谷のアカシア王国側に待機させた。
そして、浄化された森で、都合の良い地点を見つけ『夜』に待機してもらう。
俺は『根』の案内で、深緑の町ナパに向かった。
……
…………
なんだ、これは!?
『根』の報告書に記してあったが、現物を見ると、その異様さが如実に解る。
見たこともない建築の仕組みで造り上げられた、建物の数々、木枠に鉄の棒を乗せて道とした、トロッコ。
報告通り、森の中は一般人ならともかく、我々や軍人なら恐れるに足りない動物しかいなかった。
これは、行軍を短縮できるだけでなく、ここを拠点として、継続して支配する価値がある。
しかも、遺跡まであると言う。
翌日は、別の場所を偵察する。
……
…………
ここで『根』と偵察しているのは、獣害対策についてだ。
女性の腰回りはある太い丸太に、刺の付いた紐を巻き付けている。
誰かが、この発明品について説明している様だ。
「これは有刺鉄線と言って、ある程度柔軟性を保ちながら巻き付けると、簡単な防御柵が出来上がるんだ。動物はおろか、軽装の兵士すら通り難い仕組みになっている」
なんて恐ろしい物を開発したのだ!?
長期的には向かないが、軍事的に活用するにも有用ではないのか?
俺ならどう攻略する?
いや、俺個人なら問題ないが、一般兵であれば攻略する手段がない!
アルカディアに、そのような優れた技術者がいようとは。
『根』の手信号で、開発者がここの領主だと分かった。
「領主様、質問です。逃げ遅れて自分がこの外側から内側に、入りたい時はどうするんですか?」
「いい質問です。それを、これから教えましょう」
そこの町人ナイスだ!
開発者直々の『有刺鉄線攻略法』を聞いてやろうではないか。
「対処法その1。3人1組で行動する。有刺鉄線も慎重に掴めば刺に刺さりません。なので2人が有刺鉄線を掴めんで、張力をかけてください」
兵士と思われる2人が、有刺鉄線に張力をかける。
「そうすれば、丸太を中心に登りやすい梯子になります。簡単ですよ」
もう1人の兵士が皮鎧を着たまま柵を登り実践する。
はははっ馬鹿めがっ、軍事利用も出来る技術の弱点を教えてしまうとは。
さらに、領主の話が続く。
「対処法その2。ダナム、あれを持ってきて」
「わかった」
ダナムと呼ばれた1人の男が持ってきたのは、金属製の階段だった。
「これを有刺鉄線の上段に設置すれば簡単な足場が出来上がります、僕は足場階段と名付けました。すごいネーミングセンスでしょ」
ネーミングセンスは大したことないが、その発明は素晴らしいものだった。
今は獣害対策として使ってるらしいが、いつ軍事利用をするかわからない。
この情報を早く持ち帰って、対策を練らなければならない。
「だれだ!!」
何っ!?
見つかった?
感情が揺さぶられて、気配が漏れたか?
もう数時間もすれば日が落ちる。
それまで逃げきって、谷を渡る。
「行くぞ!」
もう手信号は不用と急いで『根』とこの場を離れた。
……
…………
何とか夜まで、捕まらずに逃げたが、逃げきったとは言えない。
明るいうちに手傷を受け、夜になった今も、近くをうろうろして、この場からいなくならない。
「血の匂いがする。この近くにいるぞ。決して逃がすな」
「おう!」
「わかった」
ここの兵士を侮っていた。
一対一なら負けることはないが、すぐに応援が来てしまい、殺す前に追い込まれてしまう。
脚に傷を負ったのも、失敗だった。
恐らく全力疾走は、1分も出来ないだろう。
ここまま待ち続けて、増援がきたら不味い事になると悟った俺は、ある行動に移す。
手信号で『根』に合図を送る。
返ってきた『根』からの手信号は『アカシア王国に栄光あれ』だった。
その瞬間、俺と『根』は全力で走り出した。
「居たぞ! こっちだ!」
「絶対に逃がすなよ!」
やはり、全力疾走でも距離は稼げても、逃げきるには時間が足りなすぎた。
予定通り『根』が止まり、時間を稼ぐ。
自害をする余力を残して戦うから、時間を多く稼ぐのは難しいだろう。
それでも『根』の死は、無駄にしないぞ。
『根』のお陰で『夜』と合流をはたしたが、追手は近くまで来ている。
俺は『根』に送った手信号で『夜』に合図する。
『夜』の手信号は『アカシア王国万歳』だ。
非情に徹しなければならない、部隊に所属する俺でも目頭が熱くなる。
『夜』は俺の負傷箇所を、自分で斬り、速度を落として別方向に逃げる。
「居たぞ! こっちだ。出来れば自害をさせるな」
『根』は無事に自害出来たようだ。
そして『夜』も失敗する事はないだろう。
なんとか『空』と合流して、アカシア王国側に移動する事が出来た。
◆
◇
◆
「よくやった『根』『空』よ」
「はっ」
「はっ」
俺たちは、見たこともない高官の前で頭を下げている。
「お前たちの出身地の税は、しばらく軽いものとなるであろう」
「えっ、しばらく、ですか?」
「えっ、私も、ですか?」
零番隊の殉職は減税の対象になるのは知っていた。
国に命を捧げた身でも、育ててくれた故郷への減税は嬉しいものだ。
しかし、生きている俺や『空』にもとは、初めて聞いた。
「それだけの価値があると、判断したのだ。ふふっ驚くアルカディアの様子が目に浮かぶな。『根』よ、これから『有刺鉄線』攻略の技術と対策法を伝授してもらう。休めると思うな?」
「ははっ!!」
俺は幸福者だ。
くくっ、とうとうアカシア王国が世界の中心となる日が来るのだ。
手始めは、アルカディア王国、お前らだ。




