【16話】クラリス・ダーナス
今回はクラリス視点です。
私は領地も無い、准男爵家の次女として産まれました。
『准男爵』とは、お飾りの貴族……そんな家の次女に生まれても、貴族としての価値は殆ど無い。
せめて、飛び抜けた容姿があれば話は変わっていたのでしょうが……
そんな私でも、ロイエンルーガと言う素敵な男性とめぐり逢いました。
彼の貴族らしからぬ、粗雑で真っ直ぐな性格に惹かれ、結婚しました。
彼は、男性としては魅力的な方なんですが、貴族には向いていない人でした。
それでも、私は幸せです……子供がなかなか出来ませんが、それでも幸せです。
彼も領地もない准男爵家の次男でしたが、隣国との戦争での功績で、ある村の領地の四分の一を管理する事になって、移住しました。
やはり彼は、領地の管理には向いていなく、飢饉や隣国の戦争の被害も重なって、税収を大きく落としました。
私たちは、国が提案した『従者の出稼ぎ』の案を受け入れ、未納額を帳消しにしてもらい、屋敷から、大きめの家に転居しました。
でも、これが良かったのでしょうか? 私は転居して、間もなく身籠りました。
そして、念願の『母』になったのです。
名前は『ランディ』にしました。
彼も私と同じく『ランディ』と言う名が浮かんだそうです。
もしかしたら、この子は運命の子なのかしら……
「可愛い私のランディ……お乳の時間ですよ……」
私は幸せでいっぱいです。
でも、使用人のアイシャが妙な事を言うんです。
ランディは、『御坊っちゃまは異常なほど泣かない』って……でも、うんちをすればちゃんと泣くし、泣き過ぎないのは、いい事よね?
ランディが生まれてから十週(約百日)を過ぎた辺りで、私もランディの異常さに気がつきました。
だって、あの子の舌使いが、おかしいんですもの……
そう、その舌使いは緩急に富んでいて、ロイエンより巧く……そう思ったら私は悲鳴を上げて逃げてしまった。
だって、それは母親として、考えてはいけない感情だったから……
我に返った時は、あの子が別の女性の胸に必死にしゃぶりついて、ゴクゴクと乳を飲んでる姿だった。
私は、ハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
私は、名前も知らない女性の表情を見て、母として、負けたと感じた。
それからは、一時でもあの子から、逃げた事が申し訳なくて、うまく接する事が出来なかった。
乳母の名前はレジーナで、未亡人だった。
彼女は、あの子を自分の子以上に可愛がってくれている。
嫉妬しない訳では無いけど……それより感謝の気持ちの方が大きい。
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アイシャもレジーナも、あの子はちょっと特殊だと言っていた……もしかしたら『ギフト持ち』なのかも知れないわね……だとしたらあの子の未来は明るい。
ついつい私も明るくなってしまう。
しかし『判定の儀』の結果は、ギフトが無いどころか、魔力総量がたったの12しか無かったのだ。
たしか、人の話だと人の魔力総量は50から300だったはず。
私は気を失って倒れてしまった。
ランディごめんなさい……あの子はこれから蕀の道を歩く事になるのね。
あれから、あの子に申し訳無くて、まともに顔も見れない様になってしまった。
私は、遠くからあの子を見ているだけになりました。
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私の心配を他所に、あの子はスクスクと育っていました。
ロイエンも、魔力総量が殆ど無くても、どこでも活躍出来るほど賢い、と言ってくれているけど、私の心の靄は晴れません。
あの子は、賢いだけでなく運動能力も有ると言う……でも、上に行けば行くほど、魔力総量の無さが身に滲みるはずです。
それに、たとえ兵士や騎士になっても、あの魔力総量では、大成はしないだろう。
いくら頭が良くても、高等学院で五年間英才教育を受けた子らに敵うわけがない。
いくら身体能力が高くても、肉体強化魔法を使う者達に敵うわけがない。
ある日の事、レジーナの娘のアリサを助けるために、あの子がマツヤ家の三男と喧嘩して、怪我をして帰ってきました。
しかも、誰から聞いても、悪いのはマツヤのボンクラ息子なのに、ロイエンが謝って帰ってきた。
それじゃ、あの子が可哀想よっ!
私は納得が行かずロイエンに食って掛かりました。
でも、ロイエンも悔しかったのでしょう、唇を血が出るくらい噛み締めて、上の貴族が一枚噛んでいる様だって言われました。
私はあの子の不憫な境遇に、何度も泣きました。
(ランディごめんなさい……私のせいで……)
しかし、あの子はそんな境遇に、負けていませんでした。
あの子は尋常じゃないほど成長して、八歳になる頃には、あのロイエンと張り合える様になっていました。
こっそり様子を見ると、ロイエンの方が劣勢だと、シロートの私でも分かるくらいでした。
夜中に、ロイエンに聞いたら、『肉体強化は使ってないから、まだ負けてない』ってあなた当たり前でしょ?
あの子はまだ八歳なんだから……
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あの子の成長に驚いていたら、もっと驚く事件が起きたの。
なんと、この国の最高訓練機関である、高等学院新旧の学院長が、あの子をスカウトしに来ました。
初めは何がなんだか、理解できなかったんですけど、落ち着いてから聞き直したところ、現学院長の命を救った事がきっかけで、スカウトの話になった見たいです。
確かに、肉体強化無しのロイエンを、八歳で打ち負かすんですから、興味を持ったのでしょう。
その夜、あの子に学院のスカウト話をしていると、『父さん、母さん、僕を天才に産んでくれてありがとう』って言ってくれたの。
この八年間、ずっと思い悩んでいたものが、あの子の一言で消えてしまった。
私は、思いっきり泣いてしまいました。
その日から、あの子の距離を縮まったのです。
ランディ……遅くなったけど、いっぱい愛してあげますからね。
しかし、その期間は短く、あの子の『ウエストコート高等学院』に旅立つ日が迫って来た。




