【132話】旅立ち
伯爵になった僕は、引っ越しの準備に大忙しだった。
そして、ランディ商会の従業員を集めて、今後の説明をしていた。
「と言うわけで『ランディ商会』は王都から撤退し、縮小化し、新たなる土地で再開します。みなさんには、ここで身に付けた技術と経験を活かして、再就職をしてください」
突然の事に、驚く従業員たち。
おや、一部の人は驚いていない様子。
情報が漏れていたかも知れません。
「あと、新天地にライトグラム家と同行したいものは、出発の前日までに申し入れてください。でも早めの報告を希望していますから」
すると、何人かが手をあげる。
「ライトグラム様。僕はライトグラム様に付いて行きたいです」
「俺も!」
「私もっ」
そんな感じで、ランディ商会の従業員4分の1が、初日で残留が決まった。
◇
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今日は、レジーナ食堂に来ている。
そう、転生前の日本で金賞に輝いたチョコレート菓子を持って。
クリエイトフードフリーで50人前を出して、食後の貴族に2個づつ渡す。
「これは?」
レジーナのレシピに満足した貴族は、何事かと聞いていた。
「日頃の感謝を込めて、開発中のスイーツを用意いたしました。味の解る貴方様にご賞味をと」
「そうか……なんだ? この黒く丸い物体は」
カリッ
「ぬほぉぉぉぉぉぉ!? 甘い!! 外側はカリッとして、中側はフワッと口に溶ける。たった一口ではコレの良さが説明できないっ! はっ、そのための2個か。よく見ると『黒』ではなく『茶色』か。アーモンドを細かく砕いたのが散りばめられている。そして中身は薄い茶色で、トロっとして柔らかい。そしてどちらも違った上品な甘味が、舌と鼻孔をくすぐる。そう外側の甘味を『王子』と例えるなら、内側はまるで『王女』だ。このような宮廷にだしても自慢できる逸品がなぜこのような場所で……グルメ伯爵と呼ばれた私ですら食べたことがない」
この人、凄く説明が長い!
「ありがとうございます。私どもも味の解るお方に食べて頂いて、光栄にございます」
「お主、名はなんと言う?」
「はい、ランディ・ライトグラムと申します」
「なっ、ライトグラム伯だと!? 私と同格ではないかっ。いや、王族に気に入られているぶん、同格扱いは失礼か。いやすまない、まさか伯爵直々にこの店の陣頭指揮を執っていたとは……して、この菓子は、いつ売りに出されるのだ? 私の余剰分の財は使い尽くすつもりだぞ」
こんなのに、お小遣いを使いきらないで下さい。
だけど、これはもう食べれませんよ。
「いえ、実は僕、じゃなくて私は転居する事になりまして、数日後には店を解体するから、最後にハッチャケてしまおうと、秘蔵の品々をあちこちでぶちまけてます」
「なっ!?」
「初めは丁寧な言葉遣いに誰かと思ったけど、やっぱりあの言動はランディ様だった」
驚く伯爵さんの後ろで、失礼なレジーナの弟子がいる。
あいつは残留組だったか。
いつか仕返ししよう。
こうして、商会をたたむ記念に、貴族の婦人やご令嬢には、香織ちゃんやリリスたんのために、ごくごく飲んだ、極上のシャンプーやリンスをクリエイトウォーターで再現させて、試供品として使ってもらった。
グルメじゃない貴族には安物のボールペンをプレゼントした。
この先、どうなるかは知ったこっちゃない。
だって、もうすぐ引っ越すからね。
これが、ことわざで言う『立つ鳥、後を濁しまくり』ってやつだ。
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◇
従業員は結果4割ちかく、僕とノースコート地方に行くことになった。
しかし、今まで仕えていた従者はどうなるんだろう。
1人か2人組で、面談させる。
王都に残りたいのならば、一時金をあげて、笑顔で送り出してやろう。
因みに、国に雇われている形をとっている、ロイエン、クラリス、ダナム、シープレス等は辺境行き決定だ。
「カッティ・ドーン入ります」
これから、解雇予定のカツドンがやって来た。
「カツドン、よく来た。話は聞いていると思うが、僕はノースコート地方の最北端のえっとぉ」
「エスクリダオパルキですね。聞いています」
なんで、そんな言いにくい言葉をスラスラとしゃべれるんだ?
短縮前のクレリック呪文の方が言いやすいぞ。
もう、みんなが言っていた略称でいいや。
「ああ、そうエスパルだ。カツドンは子供の奴隷を助ける事で寿命を延ばしてきたが、それも終わりだ」
「えっ?」
そう、もうカツドンは僕がいなくても、道を間違えないだろう。
「明日からお前は自由だ。好きな事をするといい。退職金として、いままで助けた子供ひとりあたり、金貨2枚。後、僕の保存食を好きなだけ持っていけ、さらには次の就職先も、僕の力の及ぶ範囲でなら斡旋してやる。カッティ・ドーン、今までご苦労だった」
僕は仲間に使う挨拶を、彼に使った。
ふっ、カツドンのやつ年甲斐もなく泣いてやがる。
命が助かったからか? 退職金が多かったからか? それとも、最後に仲間として認めたからか?
「ぐすっ、ランディ様。それでは働きたい場所がございます」
なんだ、もう決まってるのか。
「はい、私はエスパルで働きたいたいと、希望します」
ああ、こいつバカだ。
よりによって、なんで僕と、ど田舎に行こうとするかね。
だけど、この手のバカは好きなんだよなあ。
「よし分かった。重労働が待ってるから、覚悟しとけよ」
「はいっ!」
そう言えば、カツドンって独身だったよな。
「カツドンはたしか独身だったよな? お膳立てはしないが、年ごろの女性に『カツドンって名前は変だけど、いい男がいる』と、推薦しておく。後はガンバレ」
「私の名前は、カッティ・ドーンです!!」
非情にもカツドンの涙は、あっさり乾いていた。
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「ヌハァ! ランディ殿、断腸の思いですが、一足先に別れを告げさせて貰います」
出発の数日前、ドリアさんが緊急で帰国する事になった。
ドリアさんは『王都のランディ商会』に留学していたからだ。
僕が地方に行くことによって、ドリアさんの王都に滞在する意味がなくなったんだ。
「寂しくなるな、ドリアさん」
「ヌホォ! 私もです。ランディ殿ならここでも伯爵になれたと思いますが、侯爵家と変わらぬ領地、致し方ありませぬ。ヌハァ! 私、ターベール王国でランディ殿の活躍をお祈りさせて頂きます」
「ああ、ドリアさんもお元気で」
あんなやつなのに、別れるのはちょっと寂しい。
そう言えば、同じ世界にこんなに長く滞在したことなんて『カレアスの祝福』を受けてから初めてだもんな。
因みに、カレアスの祝福とは、カレアスの秘宝を集めて大きな力を得る代償の事だ。
大きな力を得て、寿命の制限を解除した副作用で、どこかの召喚に、巻き添えされる宿命を受けた。
だが、なんでクレリック呪文を使用できるのに、巻き添え召喚が起きないのか。
「ヌホォ! ドロワット、ゴーシュ、出立です」
こうして、ドリアさんと別れる事になった。
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今、サンジェルマン王子、アルテリオン、マテラ・ラーン、ガルサンダーと別れの挨拶をしている。
「ランディ、とっととあの無直轄地帯を纏めあげて、王都まで活躍をとどろかせろ」
「王子、纏めるのは出来るとしても、800人程度の町でどんな活躍をしろと?」
バカ王子は無茶を要求する。
「ロッド、ここでの彼はスピアですよ。スピアの無茶な要求には、ちゃんとした意図があるのです」
アルテリオンが説明する。
「エスパルである程度の地盤を固めると、特務隊が動けます」
「は?」
「エスパルは敵国、アカシアとの国境。深い谷で往き来が困難とは言え監視をしてもいい場所なのです。なのでちゃんと町としての機能を、ロッドがなし得た場合、定期的に特務隊を派遣できる環境が整うと言うことになります」
「師匠、お願いします」
「主殿、そうなれば特務隊を辞めなくて済む」
なるほど、ガルサンダーは特務隊を辞職する覚悟まであるか。
でも……
「その町ってそんなに酷いの?」
「ええ、エスパルにひっそりとたたずむその町の名前は『ユタ』周囲には大森林が広がり、猛獣、魔獣の蔓延る魔境。しかも農地に使えそうな土地は魔境に飲み込まれているため不足しています。さらに、ユタの町は東西で喧嘩別れをしています。税も支払われているのですが、ユタの言い値で納めているので、金額は相場の半分程度と聞いています」
前途多難じゃん。
「一応、キャンブルビクト侯爵領の境付近に、関所がありますので、そこを拠点にしてユタの攻略をすると良いでしょう」
アルテリオンの説明がなかったら、とんでもないことになっていた気がする。
「わかりました。特務隊の幹部が退職しないように頑張ってみます」
そして2日後、僕らは王都を離れ、出発した。
その時、僕は見た。
ある貴族のにやけた顔を。
その貴族の名は『マニュエル侯爵』僕の出世を嫌う貴族の1人だ。
どうやら、僕の辺境行きに絡んでるんだろう。
今回も実害はないから、軽い仕返しを考えておきますね。
僕もマニュエルと同様、にやけながら馬車に乗り込んだ。
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◇
ここ、エスクリダオパルキの人里近い森で、若い男女が手を繋ぎあったまま、無惨に切り刻まれていた。
「ひ、酷い……」
「ああ、これが『西側』のやり方だ」
この死体を見ていた数人が、拳を握りしめる。
「うちの者と、逢い引きしているだけで、両方とも殺す。これが『西側』なんだ」
「許せねぇ、俺の妹をたぶらかした男も許せねぇが、味方ごと殺した奴等はもっと許せねぇ。西に乗り込んで、思い知らせてやる!!」
死体の内、男性の方は『西側』の人間で、女性は『東側』のある男の妹だった。
そしてか『東側』の者たちは、掟を破った事で、味方すら纏めて殺す『西側』に激しい怒りを覚えた。
「このまま放置すると、魔物に変わるから、ここで燃やすぞ」
燃える、2人の若者を見つめながら、1人の男が言った。
「村長に言おう、西側の人間なんて全滅させた方がいいと」
ランディが訪れる予定の町は、東西に分かれ、一触即発の状態であった。
カッティ「ランディ様が、私の本名を正しく言ってくれた事が嬉しく、つい涙が……」
ランディ「そっちか!」
アルテリオン「そう言えば、エスパルに向かう道中、キャンブルビクト侯爵領を通るのですが、何処かで見たことあるんですよね。どこでしたっけ?」
サンジェルマン「あれだあれ、パーティの招待名簿にあった貴族の名前だ」
アルテリオン「あっ……ランディさんは、キャンブルビクト侯と面識が?」
ランディ「全く知りません」




