【119話】ベルデタルからの帰路
『使徒ランディ様、使徒ランディ様』とあちこちで連呼されるのは、少々迷惑だけど、色々と便利だから我慢をしている今日この頃。
フォルツ殿下との面会は、ヘキサゴン、ペンタグラ、ロシナンテを含む、そうそうたる面子の土下座と一緒に叶った。
殿下は窮屈な思いをしていたが、酷い扱いは受けていなかったせいか、ベルデタル聖国側を怒るよりも、僕が事件の解決をした事を褒めていた。
その後、殿下には正直に話して、ペンタグラは死んだ事にして、新たにペンタゴンと名づけ、ライトグラム家の戦闘員となった。
そして、今はアルカディアとベルデタルの国境に到着した。
100名の剣士団と共に……
「ここからは、使徒ランディ様が身を寄せている国だ。礼節をもって行動するように。いいな?」
「「「はい!!」」」
「この人たち、何度もその呼び方を止めてって言ってるのに、なぜやめてくれないの?」
唯一やめてくれたのは、お持ち帰りが決定したペンタゴンだけだ。
「ヌハァ! ランディ殿の偉大さを目の当たりにしたのです。使徒様と呼ぶのも致し方ないでしょう」
犯人はお前だよ、ドリアさん。
お仕置きしますよ?
ルドラン砦では、アルカディア側もベルデタル側も、持っていた剣を落として、口をあんぐりと開けて迎えてくれた。
ここで、国王の代理と合流して、フォスター・フォン・オステンバーグ公爵に直接謝罪するらしい。
実はこの人もバリバリの剣士で、少し相手をしてあげたら、もの凄く従順になった。
国王以外の地位の高い人たちはみんな、屈強な剣士で構成されていた。
脳筋国と名づけてもいいかな?
ルドラン砦で2泊して、オステンバーグ公爵の本拠地に向かう。
途中まで、往路と同じなので、盗賊団と鉢合わせにならないか心配だったけど、杞憂に終った。
途中、ガラの悪いおじちゃん達と何度か遭遇したけど、見た目と違ってみんな礼儀正しかった。
やっぱり、この国は平和なんだなぁ。
オステンバーグの直轄領に入って1つ目の町で、オステンバーグ公爵と会うことが出来た。
「フォルツ! よくぞ無事戻ってきた。聖国と喧嘩してでも奪還してくれると思っていたが、予想を遥かに上回る功績だな、ライトグラム子爵。最強王宮騎士2人を相手取って互角に戦うだけはあるな……しかし」
冷めた瞳で、100人の剣士を見るオステンバーグ公爵。
あ~はい、やり過ぎたって言いたいんですね。
解ってます。
調子に乗ってはいないけど、やり過ぎましたよ。
古の指導書に、僕のサインも入れて、第1の秘奥義まで覚えられるように、訳して書きましたとも。
お陰で、剣聖になれだとか、国王になれだとか、アルカディアに帰ろうとしたら、国ごと移動しましょうか?と、話し出す始末。
むしろ、よくぞ100人に抑えたと褒めてくれたっていいと思います。
「フォスター・フォン・オステンバーグ公爵殿、この度はこちらの手違いで、不当にフォルツ殿下を拘束しました事を深くお詫び申し上げます」
ゆっくりと頷くオステンバーグ公爵。
名前は忘れたけど、国王の代理がさらに発言する。
「お詫びとしまして、首謀者ペンタグラ・ベルデタルは死罪に、そして今後の友好の印しとしまして、剣士100名を、交替でアルカディア王国にお貸しいたします」
さらに頷くオステンバーグ公爵。
代理の言葉は続く。
「剣士100名の使い道は自由。使徒ランディ様の麾下に加えたり、使徒ランディ様の護衛に使用したり、使徒ランディ様と共に研鑽したり、使徒ランディ様の手足としたり、使い道は幅広いです」
首を傾げるオステンバーグ公爵。
使い道、狭すぎるじゃん。
「ライトグラム子爵、本来ならベルデタルの精鋭は、オステンバーグ領の東側に常駐するのが、良き手段だと思うのだが、今回は嫌な予感がする。お前が王都に連れて行き、指示を仰げ。なぁに私も一緒に王都に向かう。心配するな」
心配はしてないですよ。
むしろ、なんで引き取ってくれないかなぁ。
王都まで行くと、里帰りが大変だろう。
ほら見て、この落胆したような顔。
「使徒ランディ様とお別れかと思い肝を冷やしましたな」
「ああ、俺なんか、使徒ランディ様の下で修業するために、彼女と別れてきたのに」
「ははっ、お前の彼女は理解がないな。俺なんか、使徒ランディ様に稽古を付けてもらって強くなったら、結婚するんだぜ?」
「ふん、お前らは俗だな……俺は剣聖しかたどり着かない筈の、奥義を修得するんだ」
「取り合えず、一年間でやれるだけ頑張ろう」
だめだ、この人たち普通じゃない。
もういいや、僕の自由は暫く諦めよう。
ドリアさんが用意してくれた馬車に乗り込み呪文を使う。
今回はポテトチップスとフルーツ人参だ。
比率はポテトチップス1000グラムに、フルーツ人参49キロだ。
ポテチをむしゃむしゃ食べながら、三馬鹿に話しかける。
『ロシ』『アン』『サト』甘い人参だよ、食べるか?
「ヒヒンッ!」
「ヒヒヒン!」
「ヒヒ~ン!」
なついた猫の様に頭を押し付ける。
もう、この三馬鹿は。
僕の体重はまだ軽いから、軸足に力を入れないと、身体が持っていかれるだろ。
「これは、デザートなんだから、ちゃんと草も食べろよ。あっ、こらがっつくな、それは僕の腕。手は2本しかないんだから、落ち着け。人参は100本以上あるんだぞ」
ふう、こんな時は動物と戯れると癒されるね。
「さすが、使徒ランディ様、巨馬3頭の体当りをものともしない」
「腕を噛まれているのに、笑顔とか、恐るべし使徒ランディ様」
「ヌヒィ! あのお方は、料理や食材どころか、戦闘技術、肉体の耐久度まで、人間を超えていらっしゃる」
…………癒しが足りない。
帰り道は、公爵も同行したので、お抱え騎士や非戦闘員も入れると、200人近い大軍団になってしまった。
なだらかな山道を進んで、水の綺麗な開けた場所で休憩していたら、女性の悲鳴が聞こえた。
たぶん、用を足しに出かけたんだろうが、なまじ気を使いすぎて遠くに行きすぎたんだろう。
チャーンス
きっとイノシシかなんかだろう。
「ドリアさん、今夜はイノシシ鍋ですよ。神速!」
イノシシを独り占めするべく、悲鳴のした方向に全力で走り出す。
しかしで出会したのは、大きな熊だった。
たしか、学院の授業で聞いたことがあるな。
針金のような体毛、分厚いゴムのような皮の、何とかベアーだ。
たしか『その剛毛と厚皮の前では刃物さえ通らない』最悪の動物だって言っていた。
「第2レベル呪文……オグルパワー」
思いきり大熊を叩いたが、ダメージはほとんどないようだが、痛みは与えたせいか、怒らせるだけになってしまった。
しかも、棍は一撃で折れてしまう。
お嬢さん方は、脱ぎかけの乱れた格好で腰を抜かしている。
なら、怒らせて正解だな。
熊の攻撃は僕に向かうだろうから。
さて、この熊はどのくらいの脅威か計らせてもらおう。
並の人間なら一撃で引き裂かれるほどの爪攻撃をかがんで避け、そのまま懐に入り込む。
「第4レベル呪文……リバース……クリティカルダメージ。……あっ、しまった」
熊は、呪文1発で死んでしまった上に、返り血まで浴びてしまった。
「失敗失敗。まあ、食べる前の血抜きだと思っておくか」
この後、熊鍋パーティを開催して楽しんだが、何故か公爵陣営は、僕を遠巻きに見ているだけで、近寄ってこなかった。
◆◇◆◇◆
そして、長い旅の末、やっと王都が見える距離まで帰ってきた。
クラリス、ロイエン、お待たせっ。
あなたの自慢の息子が、帰ってきましたよ。
クラリス「あなたっ 今『ゾワリ』とした悪寒が……」
ロイエン「ああ、俺もだ……まさか」
セナリース「何だと!? まさかボンの身に……独りで行かせるんじゃなかったか……ドリア様は間に合わなかったのか?」
ロイエン「ああ、ドリア様は間に合わなかったのか様だ……」
セナリース「ダンナ、膝を落とすのはまだ早い」
クラリス「いいえ、多分間に合わなかったわ、あの子、1人にしたらやり過ぎちゃうじゃない!」
ロイエン「私は恐い、妻子ある身で、貴族の淑女達に誘拐されそうになった事を思い出すと」
クラリス「ええ、あの時は第2夫人で良いからと、オバサン共(娼婦)が殺到したわね。今度は何もない所から『ランディの弟よ』とか言ってきそうで恐いわ」
レジーナ「むっ、この身体の疼き、まさか、ぼっちゃま? 方向は東南東、距離は約300……そこですねっ」
ダッシュで走り去るレジーナを見続けるロイエン、クラリス、セナリース。
「「「お前が一番恐いわっ!!」」」




