【116話】べルデタル聖国へ
僕は、王城の中でも入った事のない場所で、ある指令を受けた。
「ランディ・ライトグラム子爵」
「はっ!」
「そなたに、フォルツ・フォン・オステンバーグ公爵殿下の救出を命ずる」
「はっ! 承りました」
侯爵っぽい貴族はたくさんいるが、知った顔が一人もいない。
しかも、敵意を感じる……なるほど確かに油断できないな。
そして、形式的なイベントが終わり、詳しく指令書を確認する。
え~なになに、僕単独で剣の聖地『べルデタル聖国』に行き、オステンバーグ公爵の息子を助けてこい。方法は問わない……か。
「マニュエル侯爵殿、何故単身で聖国に行くのか理由を、聞いてもいいですか?」
僕は、唯一名前を覚えた侯爵に聞いてみる。
少なくても、こいつは僕の敵だとはっきりと判ったから名前を覚えた。
「よかろう。 今回の任務は命の危険が伴う。下手な人材を送っては、有事の際、ライトグラム子爵以外は生存が難しい。なにせあそこは剣の聖地だからな、いたずらに我が国の人材を消費するわけにはゆかぬ」
はい、ダウト!
普通なら、何を犠牲にしてでも、公爵殿下を助けてこいって言うだろ?
「解りました。して、大至急出立とは、何時までに?」
「それも、この話し合いが終わったら、直ぐに聖国に、赴いて貰う。事は一刻を争うのでな」
はいダウト!!
使者が来たのは二日前ですが?
その二日で僕を陥れる作戦を練ったでしょ?
しかも、僕に準備すらさせないつもりか。
「道中の護衛の許可は?」
「ならん、今回の任務は極秘で進められている。ライトグラム子爵も、特務隊の一員と聞いた。単独行動の方が得意なのであろう?」
これは、嘘じゃないか……僕を陥れる作戦だから当然極秘だし、単独行動は得意分野だ。
ただ言っておくが、4人1組が一番得意なんだからな。
「不利な条件で送り出すのは、此方も心苦しい。
出来るだけの物は用意した」
用意されていたのは、大量の金貨、金持ちの商人が着るような服が数着、かなり質の良さそうな二振りの剣。
「金貨は250枚用意した。服も貴族とはばれぬよう気を使った物にし、最高級の名剣を二本用意した。ライトグラム子爵が使ってもよし。聖国に貢ぎ物として捧げ、印象を良くするのもよし」
ダウトォ!!!
絶対に、僕を襲うための目印だよな?
金貨を大量に持った、目立つ服装の単独商人。
しかも、僕は剣が使えないから、殆ど丸腰。
恐らくこの二日間で、盗賊たちが配置されているに違いない。
さらには、ズル賢い貴族共の事だ、僕の想像を絶する罠が用意されてるに違いない。
「王都からオステンバーグ領経由で、べルデタル聖国の関所まで、24日の行程になる。そこからオステンバーグ公爵殿下が滞在していた場所まで6日ほどかかると言う。関所までの地図を渡そう」
はい、この通りに進むと、もれなく野盗、盗賊、追い剥ぎ、暗殺者の皆様と出会えるんですね。
よく解ります。
「此度の任務は、オステンバーグ公爵殿下を無事連れて帰る事が重要だ。手段は問わないから頼むぞ」
あれ? 手段は問わないとか言いながら、独りで行けとか、おかしくない?
多分、盗賊包囲網を掻い潜って、無事殿下を助け出せても、聖国との関係がギクシャクしたら責任を取らせるのかもしれないな。
恐るべし、マニュエル侯爵。
◆◇◆◇◆
僕は、マニュエル侯爵の用意した騎士2名を随伴し、東門へと向かっている。
こっそり家にも帰らせないつもりだ。
大体、門まで馬を貸してくれるなら、ずっと貸してくれれば良いのに。
ま、単身で動くなら馬は邪魔か……
東門から数㎞先まで見送って貰った後、装備を確認する。
金貨が手持ちを合わせると255枚。
銀貨が15枚に、服が3着。
名剣が2つに、食糧が3日分か……
金貨のせいでかなり重くなるが、問題ないな。
オステンバーグ領は、村や町までの距離が、最長でも徒歩3日で着くように計算されている。
もちろん馬車も徒歩と殆ど変わらず、3日かかる。
駿馬や軍馬などを使えば、2日で到着する計算でもある。
即ち、おおよそ100㎞の距離になるって事だ。
それで、24日かかる行程となると、約800㎞か。
久し振りに頑張るかな。
僕は、行けるところまで、ジョギングをする事にした。
しばらく走っていたら、商隊に見えなくもない怪しい集団を見つけた。
とっさに街道から外れ、大回りして、木々の生い茂る場所から様子を窺う。
何とか、声の聞こえる距離まで近づけた。
「仕入れたネタだと、これから金をたんまり持った商人が単独で商売に出かけるらしい」
「うす!」
「へい!」
「ガッテン」
「で、今日のカモはそいつですね」
聞こえるのは、声の大きい5人だけだ。
「腕に覚えがあるのか、安全な街道たから油断してるのか判らねぇが、この人数差なら関係ねぇ」
「うす!」
「へい!」
「ガッテン」
「身ぐるみ剥いでから、獣の餌にしてやりましょう」
10人程度で僕と殺り合うんですか?
その数で何とかしたいなら、王宮騎士を連れて来なさい。
「だが、此方も万全な体制で行くぞ、作戦はこうだ。同じ商人仲間として打ち解けたあと、食事のために道をわざと外してから、エールをたくさん飲ませる。酒を飲まなかったら茶を用意する。そして川辺で小便をしているときに、一斉に仕掛ける。いいな?」
「うす!」
「へい!」
「ガッテン」
「で、そのカモはどのくらいの金持ちなんでしょうかね。殺すのが楽しみでさぁ」
うん、完全な悪党だ。
若者も居ない事だし、侯爵の憂さ晴らしに使わせて貰おう。
「何と、金貨を250枚も持って、でかい買い物をするらしいぜ。しかし、その金は俺らの物!」
「うす!」
「へい!」
「ガッテン」
「で、頭領の後ろにいるガキは誰っすか?」
「「「「へっ!?」」」」
ゴギン!
先ずは、頭領の頸を180度捻る。
「悪党、退散! これでも喰らえマニュエル!!」
10人の盗賊をマニュエル侯爵に例えて、襲ったらやり過ぎてしまった。
面倒なんで、そのままペースを上げて、走ることにした。
……
…………
もう、何時間走ったんだろうか、未だに2つ目の町にたどり着かない。
もう暗くなってきた。
もう少しだけ、ペースを上げよう。
……
…………
や、やっと2つ目の町に着いた。
息が弾む。
力と速度は転生前を超えたけど、持久力はまだ追い付いてないか。
今日1日で、2つの盗賊団と接触してしまった。
素手で盗賊団2つは、いい運動になった。
早く宿を見つけて、木刀か棍を仕入れないとな。
翌朝、服屋で動きやすい服を買い、武器屋を探したら、そんな都合の良い店はなかった。
平和ですこと。
で、銀貨に物を言わせて、情報を集め。
金貨に物を言わせて、武器を1つ交換した。
その武器を交換してくれたおっちゃんが面白い事を言う。
「なんだ、おめえも、一攫千金狙いか? だが独りで来たのは失敗だな」
「今回の、カモは相当強いと聞いたぜ、俺らの仲間にならねぇか? お頭は気前が良いから、金貨の3枚くらいは恵んでくれるかも知れねぇぜ?」
「あっ、僕は隠れて不意打ちをする予定なんで。似たような人をこれから集めます」
ふと考えたけど、マニュエル侯爵の人脈を使えば、囮捜査で、盗賊を取り締まれるんじゃないかと思った。
「ずいぶん悠長だな。たしかに流れている情報じゃ5日後って話だけどよ、駿馬を手に入れたり、馬車をうまく乗り継げば、3日後にはここに着くかもしれねぇ」
「ふぅん、おじさん頭いいね」
だけど僕は、ここに居ますけど。
「俺らは、西に向かっていい場所を陣取る。カモは諦めるんだな」
「親切にありがとう。僕は東に向かいます」
3つ目の盗賊団からは、木製の武器を買って別れた。
さて、かるく走るか。
◆◇◆◇◆
それから2日後、アルカディアとベルデタルの国境『ルドラン砦』に到着した。
途中の町でルドラン砦の話は聞いていた。
砦と名を冠しても、ギリギリ自給自足ができる村と変わらず、アルカディアの兵士とベルデタルの剣士が和気あいあいと、合同訓練をしている平和な場所だった。
ただいま、ベルデタル聖国の人に、入国理由を伝えている最中です。
「もう一度聞くぞ? えっと、剣の修行でもなく、商売でもなく、フォルツ親剣大使に面会ですね?」
「僕も、もう一度聞くよ? フォルツ親善大使じゃなくて、フォルツ親剣大使なんですか?」
僕と受け付けの人は、数回このやり取りを繰り返した。
僕が子爵って事を、なかなか信じてくれなかったけど、アルカディア側の兵士が、化物の様に強い若い貴族がいると話があったので、少し披露したら、信じてくれた。
お陰で、剣士達の総本山手前まで、独りで行ける事になりました。
ここからは、徒歩で6日かかるって話だけど、他国って理由もあって、ペースを落として行くことにした。
……
…………
2日後、僕は剣士の総本山に到着した。
キンジ「質問っす、ランディさん目茶苦茶走ったんすけど普通の人とランディさんの違いを詳しく教えて下さいっす」
カーズ「良いですよ。道のりの舗装状況や個人差で左右されますが説明しましょう。
旅ならば、人間は1日30㎞から40㎞くらいですね。しかし馬も大体同じくらいの距離なんですよ。人間はスタミナが異常にある生物なんですね」
キンジ「で、ランディさんは? 」
カーズ「兄さんだって人間です。ハイペースで走れば、休息だって必要です。ハイペースで走れば1日16時間が限度でしょうか。あっ回復呪文なしの状態ですよ? まぁ二時間50㎞で計算すると1日400㎞くらいでしょうか? 因みに荷物は所持していて、道は若干悪路で想定しています」
キンジ「ダウトっす……人間じゃないっす」
か




