【114話】嵐の前の楽しさ 前編
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
王都の外れに、レジーナが総料理長をしている食堂が2件、背中合わせに建っている。
1つは、貴族専門店。
もう1つは庶民向けの店。
食事のメニューは8割方同じで、違うのは内装、食器、従業員の接客スキルだ。
そして、同じメニューでも値段は5倍近く違う。
そう、庶民向けの店は薄利多売で、貴族専門店はがっつり利益を頂く仕組みになっていた。
もちろん、貴族もお忍びで庶民向けの店に入ることが出来るが、雑な扱いを受けることを覚悟しなければならない。
面倒な商談があったため、僕が顔を出したら、あっさりと商談が纏まった。
そんな空き時間を使って、庶民向けの店に入ろうとした時、事件は起きた。
ガシャーン!!
「なんだこれは!? 店主を呼べ! 店主を!!」
イベント発生、仕方ない……と言う訳で外側から覗く事にした。
するとレジーナの弟子である店主が出てくる。
「いかがした? 客人よ」
髪の薄いおっちゃんが激怒する。
「無礼者! 私は法務局副長官補佐官の、シュツベルト・ドーガンだぞ!」
ぶぷっ、なんだその官職は? 偉いんだけど、おもったより雑魚ってことかな。
「なんだ、役人さんでしたか。看板見ませんでしたか? こっちは庶民の店で、お偉いさんはあっち」
店主が店を出て、反対側にあるよと手振りで伝えている。
看板には『此方は店の都合上、全てのお客様を平等に扱います。高貴な方々は、ふさわしい店舗がありますので、そちらへお越し下さい』と、表記してあった。
「それが、どうした! この店は不味いし、この私に向かって無礼な口を利く……私の権限で店を潰してから、逮捕するぞ」
店主は顔をしかめる。
そりゃそうだ、この食堂は僕だって味見してるんだ嫌がらせだよな。
さて、相手が相手なんで、どうやって処理しようか、ん?
僕はもう少しだけ様子を見る事にした。
だって視界に2人の人物を確認したからだ。
1人は変装したバカ王子が客席にいる。
もう1人はレジーナで、店の奥からやって来た。
バカ王子様は、変装して普通に飯食ってやがる。
王子って暇なの? 特務隊の仕事もあるんじゃなくて?
食べ終わりそうな他のお客様は、残りを急いで口に放り込み、そそくさと退店していく。
僕は相変わらず外で覗き見。
レジーナが副長官補佐官の前までやって来た。
「私のレシピが不味いと聞いて参りました。ここの料理には自信があります。不味いとおっしゃるなら、どこぞの激辛料理店に行かれては、いかがでしょうか?」
レジーナ言っちゃったぁ。
だが補佐官殿は、意外にも冷静に対処していた。
「ならば、これを食べてみろ。げへへ」
訂正します。
冷静じゃなかったよ……下心丸出しの顔をしていた。
レジーナは促されるまま、ちょんちょんちょんとあちこち味見している。
「なるほど、バッハ・ネロの実を一粒磨り潰して加えたのですね。でも攪拌技術がなっていませんムラがありすぎます」
レジーナの言葉に、一時たじろいだが、直ぐにゲスな笑顔を浮かべて反撃した。
「ふん、私がやった証拠など何処にもない。事実は、私に不味い料理を食べさせ、しかも暴言を吐いた事だ。この不始末は店を潰しただけでは足りない。お前も職を失い路頭に迷い、子爵の立場も悪いものになるだろう」
この男の口ぶりから察するに、一応ここのバックが僕だって事は知ってるのか。
「……」
レジーナも困ったようにして黙る。
「げへへ、しかしお前の身体を差し出せば、1日につき、10日店の営業を許可してやっても良い。どうだ? 悪くない話だろ? 私は舐めるのが得意なのだ安心するがいい。げへへ、お前はどんな味がするのかな?」
レジーナが心底嫌そうな表情を浮かべ後ずさり、外にいるはずの僕を見る。
レジーナに気づかれていた様です。
そう言えばあの人、高性能な『ランディセンサー』を搭載していたからなぁ。
「いやです! 気持ち悪い。私を唾液まみれにして良いのは、ぼっちゃまだけです」
いかん……これ以上レジーナをしゃべらせるのは色々と不味い。
助けに行こう。
「お待ちください、ナントカ副長官代理補佐殿!」
「法務局副長官補佐だ! 何なんだここは、無礼者の集まるクズな店だな、そんな感じではライトグラム子爵もクズ人間と確信できるな」
あぁこの人、僕の名前は知ってても、顔までは知らないんだ。
「僕がそのランディ・ライトグラムですが何か?」
流石に補佐殿も驚いたようです。
「こんな若僧が? 只のガキじゃないか。確かに若いとは聞いていたが……」
だれから聞いたか、気になるところですね。
「代理補佐官殿、ここは庶民のルールで運営される店です。無礼は気にしないと言うことを了承して来たのでは?」
「ふんっ、貴様が作ったルールなど、私の法に比べれば何の意味もないわ。死刑になりたくなかったら、その……巨乳の料理長を私によこせ。私がじっくりと調理してやろう、ぐふふ」
「お断りします。だいたい、なにもしていない貴族をどう死刑にするんですか?」
補佐官殿は、これだから馬鹿との話は面倒くさいと
言わんばかりの表情で、呆れている。
「ふっ、簡単だよ。そんなこと私が罪を報告するだけで、それは事実になる。 どっかのコネで成り上がったガキの子爵と、この法の番人シュツベルト・ドーガン、どちらの発言が重いか貴様でも判ろう」
確かに、僕はどっかのコネで成り上がりましたけど、補佐官殿も大したこと無いような。
だが、どう対応しようか迷っていたら。
高速で動く物体が視界に入った。
「ふっ、言質取ったぜ」
バカ王子……いやサンジェルマン王子がこのタイミングで動き出して、拳骨を喰らわす。
この場は彼に任せよう。
「痛い! なんだ貴様は、無礼だぞ! この私を誰だと思ってる!」
「大馬鹿者ってのは知ってるぜ。表舞台は兄貴ばっかりだがよう、それでも俺を知らないとはな」
ですよねぇ。
ここの王子様は、表の公務だってキチッとやってるんです。
まあ、写真もない世界だし、肖像画は美化しているから、直接見ないと判らないもんな。
「ところで、ダークスピアさん」
サンジェルマン王子の名前なんて出したら、他のお客様に悪い影響が出るから、裏の名前を使ってみた。
こっちな名前なら、一般人は知りもしない。
だが、補佐官殿は心当たりがあったらしい。
「は? 『ダークスピア』? ……たしか特殊部隊で2名王ぞ…………きゅう……」
「はっはっはっ、馬鹿代表補佐、急に寝てしまいましたな、休憩所に連れていこう」
どうやら、このまま楽しげな場所に行くみたいだ。
「ねえ、僕も遊びに行ってもいいかな?」
「良いけど、気配は消しておけよ」
「了解、それにしてもよく寝てるね」
「ああ、完全に意識を断ち切った。いまなら叩いても起きないだろう」
「ふぅん、じゃぁ」
僕はレジーナを不快な目に合わせていた、お礼に顔面パンチをかました。
「ぶごう!! ……カクン」
顔の形が変わったけど起きてこない。
「本当だ叩いても起きないや」
「いや、改めて気絶し直した気がするんだが……」
「ぼっちゃま、私のために……」
レジーナは勘がいいな。ちょっと恥ずかしいから、さっと退場しよう。
「じゃ、この補佐官を片付けに行ってくるから、あとはよろしく。皆さん大変お騒がせしました。今回ここに残ってるお客様は、次回の食事半額の証券を差し上げます」
店主に目配せして、ライトグラム家の家紋を刻印した、半額券を配らせた。
こんな時のために作った訳じゃないが、用意しておいて良かった。
このお陰で、次の客足も大丈夫だろう。
しかし、マイナス分は僕のお小遣いから引かれるから、ランディ商会は痛くないけど、僕の財布は大打撃だ。
「さぁ、ダークスピアさん、行きましょう」
「おう……あの半額券、俺にもくれ」
「あなたは、貴族専門の店で金を落として下さい」
僕は、副長官補佐官がこれからどうなるのか楽しみに、王子に同行した。
次回、法の番人と自称する役人さんと上司の悲劇が……
補足、ランディはサンジェルマン王子を、脳内で使い分けて語っています。
感謝時→王子様
通常時→王子
呆れた時→バカ王子
で実際の言葉では、こう言います。
プライベート→サンジェルマンさん
プライベートⅡ→サンジェルマン王子
公務→王子様又はサンジェルマン王子様
その他→ダークスピア
色々面倒な設定にして、作者は後悔中です。




