表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新鮮な日常へ

作者: 三井ふつれ

初めて小説を書きました。拙い文章ですが、ぜひお読みください。

 新鮮さのない日常はつまらない。よく物語に出てくる非日常というものにも憧れるが、僕としては、「ただの非日常」なんかよりも「新鮮な日常」のほうがよっぽど嬉しい。「新鮮な日常」というと、少し矛盾しているような気もするが、そこには目を瞑ろう。僕が期待しているのは、例えば「体育の授業で普段できないような活躍をする」だとか、「バレンタインデーに一人の女子からチョコをもらう」だとか、そういった類のものだ。急に能力に目覚めて世界を救ったり、何人もの美少女とイチャコラしたり、そんな高望みは端からする気もない。


 今日も今日とて、僕は通学のために電車に乗っている。今朝も決まった時間に母親に起こされ、普段と変わらぬ食パンを牛乳で飲み下し、いつもと同じ身支度を整えて家を飛び出した。早歩きしなければ電車に間に合わないのも平常通り。満員の車内で某つぶやきSNSを開くところまで、完璧なルーティンワークとなっている。

平均よりちょっとだけ勉強ができることを除けば、僕は平凡な男子高校生だ。都内私立の男子校に通い始めて二度目の夏休みが始まろうとしている。せっかくの夏休み、しかも高二の夏休みとあれば、恋の一つや二つしてみたいものなのだが、生憎、コミュ力のない男子校生にとって色恋沙汰というのはもっとも遠い存在の一つ。そうそう巡り合えるものではない。僕を待ち受ける夏休みの予定は、むさくるしい男友達との部活で埋め尽くされていた。高校生活にも慣れてしまい、夏休みだから学校行事も何もない。退屈な日々を思うとため息が出てきた。何か、新鮮なことでも起こらないだろうか。


 僕の思考を意に介することなく寸分違わぬ調子で運行されている電車は、とある駅で大勢の乗客を吐き出した。目を付けていた乗客が席を立ったので、僕は間髪入れずに席に座る。「若者なんだから周りに気を遣え」と言われても、疲れているのは僕らも同じなのだ。

 そうして僕はふと、本当にふと、手元のスマホから顔を上げた。客が減り、暑苦しさから解放された車内には一種のゆるんだ空気が流れていたが、僕がそうと気づいたのはだいぶ後になってからだった。僕の目は、「新鮮」にくぎ付けになり、それどころではなかったためだ。見たこともない女の子が、電車の出入り口近くに立っていたのだ。「女の子」というと語弊があるかもしれない。制服を着ていることと、落ち着いた雰囲気を漂わせていることから、高校生だろうと思われる。しかし、三年生にしては大人の気配をあまり感じなし、同い年か一つ下といった具合だ。でも、そのあまりに可憐な容姿から、「女子」よりも「女性」よりも「少女」よりも先に、「女の子」という表現が頭に浮かんだのだった。少し茶色がかった黒髪は短めに――確か、こういう髪型を「ボブカット」と呼ぶってテレビで見たことがある気がする――切られていて、程よく焼けた肌と相まって健康で活発そうな印象を受けた。

 周りの目も気にせず彼女を見ていた僕は、気づけば特に意味のない詮索を始めていた。頭の中で幾つもの疑問とその解答が渦を巻く。[問1]「なぜさっきまで気づかなかったのか」、[解1]「今の駅で乗ってきたのかもしれない、まあ、さっきまで満員だったことを考えると単純に視界に入らなかった可能性もあるか」。[問2]「どうして普段見かけないのか」、[解2]「多くの学校は今日が終業式だし、彼女の登校時間がいつもより遅くなっているのかもしれない」。[問3]「どこの高校だろうか」、[解3]「詳しい人なら制服を見ればわかるのかもしれないが、残念ながら僕にそんな知識はない。クラスの鈴木に聞けばわかるかも」。[問4]「どの駅で降りるのだろうか」、[解4]「高校が分からない以上何とも言えない。同じ駅だったらいいな」。[問5]「話しかけるチャンスは」、[解5]「あったとしても無理だ。僕にそんな勇気あるはずがない」。[問6]「今後見かける可能性はあるか」、[解6]「夏休みの間は部活とかで登校時間が変わるし、運が良ければあるいは」。

 ここで、彼女が急に僕の方を見た。我も忘れて見入っていた僕は慌てて目を逸らす。我ながら不自然な挙動だった。そのままスマホに目を落とすが、不審に思われていないか心配でチラチラと彼女のほうに視線を送らずにはいられない。結果、余計に挙動不審になってしまった。諦めた僕は、無様な自分への涙を堪えて窓の外を見ることにした。普段と変わらぬ車窓からの風景が、まるでショーケースに入った人形の町のように見えた。


 程なくして、電車は僕が降りる駅に到着した。降りるときに彼女のほうをパッと見たが、彼女は降りないようだ。残念な心持ちで、自動改札を抜けて学校へと向かう。そこではたと僕は立ち止まった。思えば今日の登校時間、嘘のように時間の流れが早かった。[問7]「それは何故か」、[解7]「答えは簡単。彼女がいたからだ」。そして同時に、自分がワクワクしているのも感じた。もしかしたら、明日も会えるかもしれない。そう考えると、久しぶりに明日が楽しみに思えてきた。これぞまさに待ちに待った「新鮮」だ。ニヤニヤが止まらない。

 夏休みは楽しくなりそうだ。僕は、夏休みに訪れるかもしれない「新鮮な日常」に想いを馳せ、足取り軽く、学校へ続く大通りを歩き出した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  ときめいているところがほほえましいです。 [一言] たった一つの出来事で劇的に変化することってありますね。
2015/10/05 16:12 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ