3話 新しい命、そして幸せ
お待たせしました。本日の投稿分です。拙い所もあるとは思いますがお楽しみいただければ幸いです。感想・コメントお待ちしております。
※一部編集しました。トレンチコートを鑑定する場面が追加されています。(8/22)
長い夢を見ていた気がする。
目を覚ました啓吾は、けれどその感覚をすぐに否定せざるをえなかった。自分がいる部屋にまったくもって見覚えがなかったからだ。
木造の部屋はこざっぱりとしていて、啓吾の寝ているベッドの他には水盆が乗ったサイドテーブルに文机と椅子しか見当たらない。
それでいて、随所の細かい所に見える精緻な木工細工が見えるあたり客間かなにかであることは推察できるが、それだけだ。いつの間にこんなところに来たのか、記憶をいくら辿ってもなにも思い当たらない。
むしろ、どうしてあの不思議な荒野を歩いた先でこうなっているのか、混乱ばかりが加速する。
ふと、思いついたようにサイドテーブルの上に乗っていた水盆を覗き込んで、啓吾は硬直した。
微かにゆらぐ水面に映る自分の顔は、確かにあの荒野で見た顔であった。
思えば、明らかに身体も小さくなっている。
どういう訳か筋力が衰えたような気はしないが、少なくともかなり若くなっているのは間違いない。
『……そうだな。転生、というからには生まれ変わるんだろうが、まったくの赤ん坊から、というのは勘弁してくれないか? 姿形が変わるのはともかく、下の世話までされて喜ぶ趣味はない。というかご免こうむる』
『あはは、欲のない話だね。了解したよ、その辺りは任せておくれ。程度はあるけれどうまく都合しよう』
代行者との会話が啓吾の脳裏に甦る。
なるほどこういうわけか、という納得と同時に、こういう場合は転生というべきか転移というべきか、などという益体も無い感想が湧き上がってくる。
(……いずれにせよ。本当に異世界に来たんだな)
何とも言葉にならない感慨が、啓吾の胸中にじんわりと広がる。
柄になく、興奮している自分に啓吾自身が驚いていた。
そうなると当然、代行者の言っていたことが気になりだす。
どういうわけか貰った剣、クレドはどこにも見当たらないが、代行者が言う通りならばいわゆる“鑑定”と“インベントリ”の力が啓吾にはあるはずなのである。
意識して、自分の寝ているベッドを視る。すると、空中に浮き出るようにして半透明のウィンドウが出ると同時に、その上に日本語で文字が表示された。
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『狼毛のベッド』
グレイウルフの毛がふんだんに使われている。
作成者:フーゴ
品質:良い
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「おぉ……!」
思わずといった風に啓吾の口から声が漏れた。
自然と啓吾の視線が部屋を彷徨い、外套掛けに掛けられていた見覚えのあるトレンチコートへと流れる。
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『オリーブ色のトレンチコート』
異世界から持ち込まれた外套、防寒・防水に優れており中綿ライナーは取り外しが可能
作成者:不明
品質:上質
スキル
アジャスター:装着者の身体に応じてサイズが変化する
修復:損傷時に少しずつ元の状態へと修復される
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(……! ということは!!)
躊躇わずに、こんどは自分の腕を視つめた
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橘 啓吾
Lv. 1 クラス:なし
魔力:35
膂力:46
俊敏:44
器用:49
精神:48
特殊スキル
鑑定:人・物に対してステータスを閲覧できる力
インベントリ:無制限に物を亜空間内に出し入れできる力
スキル
精神異常耐性:鋼の如き強い心。精神異常に抵抗できる。
月旦の教え:武芸百般に通じる教え。武術系スキル・技能取得にプラス補正。
直感:化け物じみた第六感。他人から向けられる悪意や罠の類いに敏感に反応する。
剣術Lv.6:剣術に通じる証。剣装備時にLvに応じてステータスにプラス補正。
槍術Lv.4:槍術に通じる証。槍装備時にLvに応じてステータスにプラス補正。
体術Lv.5:体術に通じる証。装備に関係なくLvに応じてステータスにプラス補正。
投擲術Lv.3:投擲術に通じる証。投擲武器使用時にLvに応じてステータスにプラス補正。
天稟:ステータス成長限界の突破が可能、ステータス成長にプラス補正。
クレドの持ち主:正当たる保持者の証。対象一名に任意で権利を貸与することができる。
称号
放浪者:エルソスに転生してきた者の証。共通語を習得。
前世の力:前世で積み重ねた力によりステータス及びスキルを手に入れた証。
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こんどこそ啓吾は絶句して身体を強ばらせた。
まるでゲームのようなステータスが出てきたことも、その情報量の多さにも、驚くほかどうしようもない。
それでも、ちゃんと前世で培ってきたものが数値やスキルという形で残っていることは喜ぶべきことで、おそらく“代行者”のおかげであるのも自明であった。
無言で、少しの間啓吾はあの不思議な存在に感謝を捧げた。
啓吾が閉じていた目を開けても、部屋は静まり返ったままであった。
とはいえ、窓の外には森が広がっているようだし、人々の喧噪も遠く聞こえてきている。
そろそろこの部屋を出てみて状況把握に努めるべきだろうか、などと啓吾が思い始めたその時であった。
「あ、起きたんだね!」
わずかに舌足らずな少女の声が啓吾を振り向かせた。
部屋に唯一の扉が開け放たれ、黄金色の光を反射させながらクリスタが笑顔で飛び込んでくる。
その頭のうえにピンと立った狐耳、常磐色のズボンの後ろで左右に揺れる立派な尻尾、そしてなにより、あまりにも可愛らしいその容貌に啓吾は呆然とした。
今まで感じたことのない、昂揚であった。
明らかに人間とは違う少女は、けれど無垢な美しさと若さ相応のエネルギーに満ちていて、それでいて、あどけない。
短いと言えど二度の人生を通して啓吾が一度も見えたことのないほどの美少女であった。
「どうかした? 勇者さま、大丈夫?」
固まっていた啓吾を心配したのか、端に来たクリスタにそう言われて啓吾は軽く頭をふると返事を返そうと口を開いた。
「大丈夫だ、なんともない。すまないが、その勇者というのは……?」
「勇者さまは勇者さまでしょ?」
「……俺には橘啓吾っていう名前があるんだが」
「勇者さまは、タチバナケーゴっていうの?」
心底不思議そうにそう言うクリスタに、啓吾の方が混乱しそうになる。
突然この部屋の中で目覚めたこともそうだが、見知らぬ少女に勇者呼ばわりされるのも充分に謎である。
「とりあえず、俺のことは啓吾と呼んでくれないか?」
「うーん、わかった! 私の名前はクリスタって言うの、よろしくね!」
明るい笑顔と共に差し出された少女の手を、啓吾は苦笑しながら握り返した。異世界にも握手という文化は存在するのだな、という妙な感慨を覚えながら。
「それじゃあすまないがクリスタ、家族の方を連れてきてくれないか」
「どうして?」
「大事な話があるんだよ。クリスタにも、クリスタの家族にも」
「はーい」
素直に部屋を飛び出していくクリスタの背中を目で追いながら、啓吾はベッドから立ち上がった。随分長い間寝ていたのか、身体のあちこちから骨の鳴る音がする。
彼はちゃんと代行者の忠告も思い出していた。
最初に出会う少女の名前を言い当てたことに、今更驚くほど啓吾も狭量ではない。あの不可思議の塊を啓吾は啓吾なりに信頼していたし、なにより、僅かな会話の中で感じたクリスタにどうしてか啓吾は安らぎに似た感情を覚えていた。
どのみち、異世界に来たばかりの啓吾にとって、彼らを頼る以外の選択肢は難しいのだ。
文机に光を落とす窓に歩み寄って、啓吾は部屋の外を眺めた。
すぐそばに聳える森の木々の間を、見たこともない姿の鳥たちが飛び交っている。遠くにはクリスタと同じように動物の耳や尻尾をもった姿の人々が町の中を歩いているのが見える。質素でありながらさりげなく装飾された建物も、今まで見たこともない工法で見ているだけで楽しい。
啓吾は、微かな興奮を覚えていた。
視界に入る全てが新鮮な驚きの連続で、知らないことに満ちあふれている。
それがどうしようもなく面白い。
新しい人生に、啓吾は確かに期待を抱き始めていた。
啓吾が感慨に耽ってしばらく、躊躇いがちに鳴らされたノックの後に、啓吾の背後で扉が開いた。
「お父さんとお母さんを連れてきたよー」
そう言って笑顔を浮かべるクリスタの左右には、確かに二人の男女がいた。
女性はもちろんエミリアである。
なるほどクリスタの容姿は母親譲りなのか、と啓吾が納得する美貌に錫色の長い髪と狼耳、ふっさりとした尻尾。顔には柔和な笑顔を浮かべている。
男性の方は抜けるような月白色の髪を肩まで垂らし、同じ色の狐耳とクリスタと比べても幾分シャープな尻尾が印象的である。スリムな長身は、しかしよく鍛えられているのが啓吾にも見てとれる。固い表情に彩られた顔は、けれどエミリアに劣らず整っている。そして、その腰だめには剣帯に吊るされた立派な二対の剣がさがっている。
二人とも敵意や殺意の類いこそ発していないが、明らかにいつでも動けるように警戒していることを啓吾はすぐに悟った。
常在戦場の考え方がこちらにあるかは啓吾の与り知らぬことだが、祖父月旦の教えを受けた身としてはむしろ好ましい態度であった。
返礼に、あえて啓吾は一切の力を抜いてみせた。
ほう、と言わんばかりに男の表情が僅かに和らいだ。
エミリアの表情は相変わらず、クリスタはそもそも事態を把握しきれていない様子であった。
男の方はゆっくりと啓吾に近寄ると、静かに右手を差し出した。
「はじめまして、私がクリスタの父ヨウシアです。クリスタからは話があると聞いたのだけど」
「あぁ、その通りだ。……俺の名前は橘啓吾、異世界人だ」
優しいテノールだな、という他愛もない感想を抱きながらヨウシアに握手と笑顔を返し、返す刀で啓吾は躊躇なく自らの出生を答えた。
「「!?」」
「いせかい?」
いきなりのカミングアウトに、当然、エミリアとヨウシアは驚愕を顔に浮かべた。一方で、クリスタの方は意味が分かっていないのか小首を傾げている。
「とりあえず、情報交換といかないか?」
「なるほど……」
そう言ったきり、ヨウシアは何かを考えこむかのように黙り込んでしまった。
一通りの説明を終え、室内には既に緊迫感の欠片もない。
啓吾はベッドの縁に腰掛け、ヨウシアが向かい合うように椅子に座ってエミリアはその肩に手を乗せて立ち、クリスタに至ってはベッドに転がって啓吾に頭を撫でられている。
森の中で寝ていたのを助けられたと聞いて思わず頭を撫でた啓吾であったが、何が嬉しかったのかクリスタの方が懐いてしまい、困惑半分ではありながらも優しい気分になっている。前世ではいなかった妹ができたような、なんともいえぬ気分であった。
徐に、ヨウシアが啓吾を見つめた。探るようなものではない、何かを問いかけるようなその瞳に、啓吾は何も答えず、ただ見つめ返した。
「ケイゴくん。私はあなたを受け入れようと思う」
ヨウシアの唐突な言葉に、けれどエミリアは反発する様子はない。クリスタはむしろ喜色満面といわんばかりであった。
対して啓吾は、黙って深々と頭を下げた。
突然現れた得体の知れない男を受け入れてくれる。それがどれほどの果断なのか、啓吾は言葉にならぬ感謝を態度で返したかった。
「良かったね、ケーゴさま!」
「ありがとう、クリスタ。……それにしても、本当に良いのか?」
馴れない呼ばれ方に苦笑しながら、しかし啓吾はヨウシアに確認の言葉を返した。自分ならば、と思うとどうにも言葉にせざるをえなかったのである。
しかし、ヨウシアとエミリアは顔を見合わせると苦笑を浮かべた。
「誰とは言えないが、ケイゴくんがいつか現れることも、家族として受け入れることも頼まれていたからね。それに……」
「クリスタがそこまで懐いちゃうんですもの、ね」
そう言って二人は楽しそうに笑う。
一方で、啓吾は言いしれようもない衝撃を受けていた。誰とも知らぬ者に助けられたことも、 “家族”としてという言葉にも。
彼らの言葉に嘘などないことはその真摯な顔を見れば明白である。
知らず知らずのうちに張りつめていた緊張の糸が、切れた
新しい人生の最初に、こんなにも温かく受け入れてくれる人達を得たことが無性に嬉しいのである。啓吾は胸中のどこか奥深くから混み上がってくる、忘れ去っていた何かに堪えきれなかった。
「あ……」
「ケーゴさま?」
呆然と零れた吐息と共に、冷たい何かが啓吾の頬を伝った。
「あらあら」
最初に動いたのは、エミリアであった。
何も問いかけず、ただ静かに近寄って啓吾の身体をやんわりと包み込んだ。
温かい、ただそれだけのことに、啓吾は何かを救われたような気がした。
「よほど疲れてたのね。もう大丈夫ですよ、ケイゴさん」
「……エミリア、さん」
そっと、けれど力強い手が、啓吾の肩に乗せられる。
「君が新しい人生を歩むというなら、私達が、君の家族になろう」
「ヨウシアさん……」
涙が、止めどなく流れる。
なぜ泣いているのか、啓吾自身が一番分かっていない。
「あったかいんだよ!」
「へ……?」
腰に回されたクリスタの両手が、ぎゅっと力を入れたのが啓吾にも分かった。
「みんなでいると、あったかいの。だから、もう大丈夫だよ!」
もらい泣きしているのか、クリスタの声は震えている。
「そう、だな。……とっても、温かい」
幸せの中に、啓吾はいた。
異世界に転移したこと、新しい家族を得たこと、張りつめていた糸が切れた啓吾は新たな人生のために自分の置かれた状況を再確認することになる。次回、『第二の父』明日の夜をお楽しみに!




