2話 出会い
今回は少し短めです。さっそくの異種族の登場です。ロリです、ロリ。Yesロリータ、Noタッチ。……俺は何を言っているんだ。冗談はともかく、どうぞお楽しみください。感想・コメント、お待ちしております。
クリスタは先日5歳の誕生日を迎えたばかりである。
肩口まで垂れた髪は、自慢の狐耳と尻尾と同じ黄金色。子供らしいくりくりとした目と小さな鼻がなんとも可愛らしい。
もっとも、アニム族である彼女は、同じ歳の人間よりかは幾分早く成長をしているといえるだろう。両親の愛を一身に受けて育ったクリスタは、元気溌剌を絵に描いたような美少女であった。
「お母さん!早く早く!!」
「あらあら、そんなにはしゃいじゃって。急いで転けても知りませんよ?」
鈴のようなクリスタの声に、おっとりとした声がそう返した。同時に、扉が開いてクリスタと共に妙齢の女性が姿を見せる。
クリスタの母、エミリアだ。
腰まで届く長い髪、それにピンと立った狼耳とふっさりとした尻尾は艶のある錫色。豊かなししおきに柔らかな目元がよく似合う美女である。
二人とも、鞣し革の装備で固めた狩人姿である。背中には弓と矢筒、腰には短剣、いずれも実用一辺倒の飾り気ないものであった。
二人の親子は両手を繋いで、楽しげに語り合いながら町のメインストリートを歩いていく。
クリスタは自分の生まれ育ったこの里−−−−−−オーストレームが好きであった。他の町など行ったこともないのだが、世界で一番素敵なところだと無邪気に信じている。
人間たちの国であるガウル王国の南東部、アルプ山脈の西側で小アルバル山脈の南側に当たる広々とした森林部は古来メンカルトゥールの森と呼ばれてきた。
二つの山脈から流れる水に育まれた木々が鬱蒼と茂り、その恵みの元で多様な生態系が成立している。穴兎や山猫の類いをはじめ、鹿、猪、熊、さらにはそれらを餌とする魔獣が跋扈しており、それが故に人の手がほとんど入っていない貴重な地域でもあった。
オーストレームはその森の最奥地に近い所に位置している。
当然、ほとんどの人間はその存在を知らないし、知っていても訪れることが可能な場所ではない。アニム族の楽園たる隠れ里なのだ。
メンカルトゥールの森独特の傾斜と大樹が入り交じる地勢を利用して建てられた建築物は、木工と石工に長けるアニム族の手によって自然な装飾が至る所に施され、とても人口が1000人ほどの町とは思えない美しさを誇っている。
この美しさが、クリスタはいたく気に入っているのだ。
いや、美しさだけではない。
町並みだけではなく、家族のように寄り添って生きる住人達も、通りに並ぶ店の活気も、荘厳な森が身近にあることも、なにもかもが「心地よい」と思える素直さが彼女にはあった。
「おっ、クリスタ。今日は狩りの日か?」
「うん! きょうもお母さんと一緒なの!」
町も外れになってくる辺りで、クリスタに声を掛けてきたのは里唯一の鍛冶屋を営むヤーキマであった。元気の良いクリスタの返事に、思わずその顔も綻んでいる。
「このまえはね、こんな大きいソードラビットを倒したんだから!」
「おーっ、そりゃすげえや! さすがエミリアの娘だな、もう一人前の狩人じゃねえか」
「えっへん!」
「あらあら、この子ったら」
ヤーキマの言葉は過言ではない。ソードラビットは小さいながらも立派な魔獣。この森で魔獣を獲れるというのは、狩人と名乗るのに十分な成果である。
「顔も気立ても良いし、そのうえ将来有望な狩人。こりゃ男どもがほっとかねえな?」
「もう、なに言ってるの。いくらなんでも気が早すぎるわよ」
「あっはっは、そりゃそうだ! けど、分かんねえぞ? 女の子は早熟だからな。クリスタはどんな男の子が良いんだ?」
「えっとね、“勇者さま”みたいな人!」
冗談半分のヤーキマの問いに、けれどクリスタは即答した。
予想外のその答えに、大人二人の方が目を点にして言葉に詰まってしまった。
クリスタの言う勇者、それはアニム族の絵物語に出てくる登場人物である。
濃緑色のローブに白銀の剣を携え、異種族にも拘らず、人間からの迫害に喘ぐアニム族を救うために東奔西走するのだ。
この里の子供たちなら知らない者はいないというほどに有名なその物語に、クリスタもまた心躍らせ魅了された一人であった。
ようやく、驚嘆から我に帰ったエミリアとヤーキマは、ある意味とても子供らしいその答えに笑顔を零した。
「うふふ。そうね、良い考えじゃないかしら」
「違ぇねえや。クリスタならそんな男をみつけられるさ」
二人の言葉に改めて自分の発言を思い返したのか、クリスタは頬を赤らめて照れたように俯いてしまった。
そうしてヤーキマに短く別れを告げると親子は連れ立って里を出た。
目指すのは里の北西、数百メートルの辺りにある小さな湖である。周辺の動物や魔獣の水飲み場としても機能しているそこはオーストレームのアニム族たちにとっても良い狩り場なのだ。
と、里から外れ、周囲に木々が密生しはじめた辺りで、ふいにエミリアが藪の中へと消えた。クリスタの方も驚いた様子はない。むしろ五感を集中させて狩りの体勢に入っている。
これは、いつものことであった。
クリスタが母に頼る癖がつかないように、狩りの間、エミリアは姿を隠してしまう。よほどの事態か、クリスタには荷が重いような大物が出てこない限り手出しはしてこない。
それでいてちゃんと見守っていて、ちゃんと自分の分の狩猟もこなすのだ。エミリアは名実ともにオーストレーム一番の腕前を持つ狩人であった。
一人になったクリスタは、背から弓を引き抜いて歩き始めた。
微かに鼻をひくつかせ、ピンと立った耳を忙しなく左右に揺らし、五感を研ぎ澄ましたままに静かに進む。その両の目もまた、生き物の痕跡を見逃すまいと眼光鋭く細められている。
早熟なアニム族であることを差し引いても、とても五歳児とは思えぬほどにその姿は堂に入っている。
歩き出して十分もしただろうか。俄に、クリスタが立ち止まった。そうして、徐に流れるような動作で矢を番えたかと思うと、やにわに撃ち放った。
短弓から放たれた矢はクリスタの精霊魔法に呼応して虚空に小さな魔法陣を描くと、萌葱色に輝いてまるで空気を巻き込むように加速し、木々の間を縫うように飛んで茂みの中に突き立った、ように見えた。
瞬間、鋭い鳴き声が聞こえたかと思うと、茂みの中から茶色い塊が飛び出してきた。
斑に緑が入り交じった焦茶色の毛並み、鈍く光る大きな赤銅色の眼、頭頂部から突き出た片刃の剣のような角。典型的なソードラビットである。
さきほどの矢はその左足首に深々と突き刺さっている。
ギロリ、とソードラビットの瞳がクリスタを捉えた。確かな殺気に、けれど少女は怯むことなく次の矢を番えている。
ソードラビットの矮躯がこんどはクリスタに向けて飛びかかった。
負傷しているとは思えぬ恐るべきその突進は、しかし、再度放たれた矢によって止められた。その赤い瞳に吸い込まれるようにして突き立った少女の矢は、ソードラビットの勢いを殺し、高らかに響く断末魔の鳴き声と共にその矮躯を地面に叩き付けた。
とても、五歳児とは思えない技量を見せつけた少女は、けれど慎重に倒れ臥したソードラビットに近づくと、「ごめんね」と呟きながら腰の短剣でその首を刎ね、同じく腰にぶら下げていた小さな布袋を近づけた。
すると、ソードラビットの身体は文字通り袋の中へと吸い込まれた。
魔法の袋、高位の精霊魔術使いによって作られるそれは、もちろん限度はあるものの、見た目からは予想もできない収納量と保存力を有している。クリスタもまた、これを母から預かっているのである。
殺したその場で獲物を収納することで血の匂いを散蒔くのを防ぎ、なおかつ狩猟を続けることが出来る。オーストレームの狩人にとっては無くてはならない必需品とも言えた。
「まだ、ちょっと小さかったな……」
そう呟いて立ち上がると、クリスタはまた歩き出した。
毛ほどの油断も見せないその姿は、熟練の狩人のそれに見える。
クリスタには弓に関して天与の才がある。師も、おそろしく優秀で容赦もなかった。そして、なによりこの森は弱さを認めなかった。少女はこの森で生まれ、育っている。
結局、クリスタが湖に辿り着くまでにもう二羽のソードラビットと一頭の鹿が魔法の袋の中に加えられていた。一日の仕事としては十分な成果である。
当然、クリスタも上機嫌であった。今から母親に褒められるのが楽しみで仕方がないのである。彼女の尻尾も、実に嬉しそうに左右に振られている。
しばらく、周りに獣の類いがいないことを確かめた後、クリスタは湖の水辺を西回りに歩き始めた。
目指しているのは湖のはたにある天を突くかのような大樹である。想像もつかないほどに歳月を経たであろうその大樹の枝の下だけは、どうしてかぽかりと野原のようになっていて他の木々が生えておらず、かわりに白い勿忘草の花が咲いているのだ。
ここもまた、クリスタお気に入りの場所なのである。
森に狩りをしに出るたびに、必ずここに寄って短くない時間を過ごす。それが一つの楽しみであり、母エミリアもこれを承知しているのかクリスタが来てしばらくすると、ふらりと姿を現して親子水入らずの穏やかな時間を過ごすのである。
歩き出してすぐに、大樹の姿がクリスタの視界に入ってきた。
そうして地面いっぱいに広がる勿忘草が視界に入ったところで、急に立ち止まった。
人が、倒れていた。
まるで白い絨毯の上に寝転がるようにして、少年が仰向けに倒れていた。
思わずクリスタはその少年に駆け寄ろうとして、再び立ち止まった。
少年には、耳も尻尾も見当たらなかった。おそらく人間である。そう気付くと、こんどは驚きと困惑が少女を捉えた。
人間は、アニム族を嗜虐する生き物だとクリスタは教えられて育った。だから、人間というのはもっと恐ろしい姿形をしているものだと少女は思っていたし、それゆえ、目の前で倒れている少年のあどけない姿に驚き、そして見捨てることに躊躇いを覚えた。
そこでふと、クリスタは気付いた。
少年の左手には錆鼠色の剣がしっかと握られていて、その身にはオリーブ色のローブのような奇妙な外套を纏っていることに。
それはまるで、クリスタの大好きなあの絵物語の一場面のようで、むしろ酷似していて。
(勇者さまだ!!)
そう思った瞬間、クリスタは少年に向かって駆け出していた。
それが少女の運命を大きく変える運命のはじまりだとは、露とも思わずに。
ちなみに、アニム族というのはいわゆる獣人さんです。が、獣人という言い回しを本人たちが使うことはありません。あくまで”獣人”という言い回しは差別的な発言として人間が使う、という方が納得がいくかと。なお、この小説に登場する人物の名前や言語はちゃんとルーツや元ネタが存在しています。今後、どこかの形で紹介できれば、と思います。
次回は、異世界に生まれ落ちた啓吾がどういう生き方を選ぶのか、楽しみにお待ちください。更新は明日の夜です。




