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19話 弔いと誓いの夜

[あらすじ]

 ヨウシア、エミリア夫妻の参戦によりどうにか九死に一生を得た啓吾達、重傷を負いながらも生き長らえた啓吾は戦の後に何を見るのか……。


 啓吾が眼を覚したのは、すでに日もどっぷりと暮れてからのことであった。

 精霊魔法によって照らされた室内は会議場であろう。今は怪我人を収容する野戦病院の様相ではあったが、魔法のおかげか毛布にくるまる負傷者達は皆安らかな寝息を立ててはいるものの悲惨さは見えない。


 ぼんやりと戦の終わりと実感に欠ける命の灯火を感じながら、啓吾は自らの右手をた。


−−−−−−−−−−−−−−−――−−−―−−−−−−−−−−−−

橘 啓吾

Lv. 18  クラス:魔法剣士

魔力:84

膂力:93

俊敏:72

器用:87

精神:86


特殊スキル

 鑑定:人・物に対してステータスを閲覧できる力

 インベントリ:無制限に物を亜空間内に出し入れできる力


スキル

 精神異常耐性:鋼のごとき強い心。精神異常に抵抗レジストできる。

 月旦の教え:武芸百般に通じる教え。武術系スキル・技能取得にプラス補正。

 直感:化け物じみた第六感。他人から向けられる悪意や罠の類いに敏感に反応する。

 剣術Lv.7:剣術に通じる証。剣装備時にLvに応じてステータスにプラス補正。

 槍術Lv.5:槍術に通じる証。槍装備時にLvに応じてステータスにプラス補正。

 体術Lv.5:体術に通じる証。装備に関係なくLvに応じてステータスにプラス補正。

 投擲術Lv.5:投擲術に通じる証。投擲武器使用時にLvに応じてステータスにプラス補正。

 天稟:ステータス成長限界の突破が可能、ステータス成長にプラス補正。

 クレドの持ち主:正当たる保持者の証。対象一名に任意で権利を貸与することができる。

 精霊の祝福:魔力・精神値にプラス補正。精霊魔法を使用する際に魔力消費が減少する。

 魔法師Lv.1:精霊魔法を扱える証。Lvに応じて魔力と精神にプラス補正。

 求道者:戦うことに意義を見出した者の証。ステータス成長に若干のプラス補正。

 戦士:実戦を経験し、一定以上の戦果を挙げた証。ステータス値にプラス補正。



称号

 放浪者:エルソスに転生してきた者の証。共通語を習得する。

 前世の力:前世で積み重ねた力によりステータス及びスキルを手に入れた証。

 精霊の寵愛:エレノウリに愛された証。精霊の祝福を習得する。

 戦上手:小規模ながらも戦で知勇を示した証。軍議で意見が通り安くなる。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−―−−−−−−−−−−−−――


 レベルこそ思ったほどは上がっていなかったが、ステータス値やスキルは随分と成長している。

 戦場だったからなのか、殺したのが魔物−−−−−−知恵のある生物だったからなのか、いずれにせよ素直に喜んで良いのか啓吾には分からない。

 ただ、嫌になるほどに分かりやすくて冷酷なシステムなのだな、と漠然とそう思う。


 ふと啓吾がはたを見ると、壁上で言葉を交わしたリューリが横になっていた。顔色はお世辞にも良いとは言い難いが、寝息を立てているということは死なずに済んだらしい。

 見渡せば、庵に住んでいた者以外にもアニム族の姿が見える。援軍から出た負傷者だろうか。


 他の皆を起こさないように気をつけながら、啓吾はゆっくりと立ち上がると多少ふらつきながらも会議場の扉を押し開けた。


「あらあら、気がついたのね」

「お兄ちゃんっ!」

「ケーゴ!!」


 確かな重みをなんとか、けれど確りと受け止めながら啓吾は思わず笑みを浮かべた。

 会議場のすぐそばに熾された焚火に当たっていたのは啓吾の愛する家族と親友の姿であった。もっとも、ヨウシアの姿は見えなかったが。

 飛びついてきた妹と自分も混ざろうとして躊躇ちゅうちょしているサンテリをまとめて抱きしめ返しながら啓吾はゆっくりと口を開いた。


「心配を懸けたな、クリスタ、サンテリ。俺はもう大丈夫だ」


 声にならない嗚咽と共に涙を流すクリスタ、何かを確かめるようにしっかりと力を込めるサンテリ、二人それぞれの反応に生き残った喜びを噛み締めながら啓吾自信も一つ温かい雫を零した。


 しばらくして、疲れ果てていたのかはたまた緊張の糸が切れたのか崩れ落ちるようにして眠ってしまった二人をそっと近くの地面に降ろすと、それまで黙って待っていてくれたエミリアに啓吾は改まって向き直った。


「母上、さきほどは助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。でも、メッですよ。あんまり無茶しちゃ駄目じゃない」


 叱っているのだろうが、あまり怖くないのはエミリアもまた何か思うところもあるのだろうか。そう思いながらも啓吾は潔く頭を下げた。心配させてしまったのは事実なのだから。


「返す言葉もありません」

「反省しているなら構わないわ。判断が間違っていたとは思わないしね、これはヨウシアも同じ意見よ」

「……父上は?」

「一応里からの増援を指揮して周辺の残党処理と警備中ね。うふふ、息子たちが頑張ったんだからってすっごく張り切ってたわよ」


 楽しげに語るエミリアに苦笑で返しながら、啓吾もエミリアの側に腰を降ろした。

 すると、急に真剣な顔になったエミリアは啓吾に顔を合わせると、その細い手で啓吾の前髪をそっと持ち上げた。なんとも言葉にしがたい後悔にも似たその表情に、啓吾は驚きを隠せなかった。


あとが残っちゃったわね、ごめんね、治療が遅くなっちゃったから」

「ああ、左目ですか……」


 言われて啓吾は自分の顔を手で触った。

 たしかに左の額から頬にかけて治ったばかりの傷跡らしき感触がある。むしろ、あれから数時間でここまで治っているだけで充分にありがたいことだと思いながらも啓吾は敢えて違う言葉を返すことにした。


「俺の前世では傷は男の勲章と言いますから、これで男ぶりも上がるでしょう」


 一瞬、眼をしばたかせて驚きを顔全体で表していたエミリアは、一転、優しげな笑顔を浮かべると悪戯っ子のような口調で啓吾に答えた。


「そうね。それだけならヨウシアも敵わないかも」

「……間違っても父上には言わないで下さいよ。母上命のあの方だと自分で傷痕をつくるなどと言い出しかねませんから」

「あらあら、うふふふ」


 満更でもない笑顔で啓吾の台詞に答えるエミリアに啓吾は溜息をつきながらも立ち上がった。

 彼にはまだ、するべきことがあった。


「そろそろ、行ってきます」

「そう、それじゃあ一応これも渡しておくわね。みんな(・・・)は櫓のあった広場にいるわ」


 いつもの微笑みに戻ったエミリアに渡されたクレドと鎧通しを受け取りながら、戦場で自分の武器の回収までしてくれた母に感謝を伝えて啓吾はその場を立ち去った。


「……辛いかもしれないけれど、貴方なら乗り越えれる。私もヨウシアも、そう信じているからね」


 その声が届かないとは分かりつつも、エミリアは呟かずにはいられなかった。




 戦を前に即席で作り上げた櫓は既に解体されて木材の山となっており、その側は精霊魔法の明かりに照らされて、しかしどこかもの悲しげな暗さに包まれていた。


「ケーゴ、起きたのか」

「もう大丈夫なのですか?」

「ああ、大丈夫だ」

「ともかく、間に合って良かったわい」


 出迎えてくれたカレルヴォとヴィーリ、それにイシリオンに啓吾は返事を返しながら、けれど視線はまっすぐと前を向いていた。

 視界に横たわるのは六人の遺体である。みな、庵にいた者達であった。

 ヴィーリが命がけで護ったローニや壁上で戦死したイーヴァリこそ原型を保てているが、残りのアニム族の戦死たちは損傷がひどくて顔も定かではない。


「カレルヴォ」

「死んだのはヤルマリとイーヴァリ、それにヘッヴェリ、イルミ、レーア。それからドヴェルグ族からはローニ、全部で六名だ。援軍からは死者は出ていない、ここにいるので全員だ」

「そうか」


 少ない言葉で理解してくれるカレルヴォに内心で感謝しながら、啓吾は半ば呆然と彼らを眺めた。

 彼らの死に自分の言動が、予測の甘さが関わっていないなどとは口が裂けてもいえない。どうすれば良かったのか、などということは分かるわけなどない。けれども悔恨にも似た胸にわだかまる感情を、啓吾は捨てることができない。


「ケーゴ、これを頼む」

「……酒か?」


 ヴィーリから受け取った壷の中身と杯に、啓吾は怪訝な顔を浮かべた。


「ドヴェルグの風習にな、一番の勇者は戦の後に“一番酒”の栄誉に預かるというのがあるでな。ローニの奴は、この戦が終わったらおまえさんに杯を貰うと豪語しておったからの。すまんが、やっこさんの名誉ある髭に掛けてやってくれぬか。それがワシらのやり方でな」


 鎧を脱いで心持ち小さくなったようにも見えるヴィーリは髭を扱きながらそう言った。

 啓吾は小さく頷くと、杯に酒をいっぱいに満たしてもの言わぬローニの口元にそっと運んだ。流れ落ちる酒がゆっくりと彼の髭を湿らせるのを、啓吾はぼんやりと見つめていた。


「なあヴィーリ、ローニの話を聞かせてくれないか」

「……おうさ」


 ぽつりと零した啓吾の言葉に、ヴィーリは僅かに瞠目してから頷いてみせた。

 ヴィーリは訥々《とつとつ》とローニのことを話した。


 ヴェルノルク山の大要塞で腕を振るっていたヴィーリの元にやってきた期待の新人であったこと。ゴヴリンとの幾度とない戦いで二人揃っていくつも武勲を立てたこと。いつも先頭に立って長柄鎚を振るう姿から“一番鎚”の異名を冠していたこと。息子ほども歳が離れたローニを甥のように思っていたこと。酒と煙草をこよなく愛していて、庵に来てからもことあるごとにカレルヴォやヴィーリとパイプを吹かしていたこと。


 次第に溢れてくる涙を、けれど拭うこともせずにヴィーリは声も震わせずに話し続けた。その場にいた残りのドヴェルグたちも泣いていた。みなが、大なり小なり涙ぐみ、あるいは涙を流していた。

 啓吾もまた、泣いていた。


「カレルヴォ」

「おう」


 一通りヴィーリが喋り終えると、啓吾に促されて今度はカレルヴォが滔々《とうとう》と話し始めた。


 ヤルマリとイルミは腕の良い戦士で剣を持たせても槍を持たせても一角のものであったこと。イーヴァリは狩人にも拘らず庵にやってきた変わり者の弓士であったこと。ヘッヴェリとレーアは戦士の力量もさることながら料理が大の得意であったこと。元より結びつきの強いアニム族であったが庵に来てからはドヴェルグやアルヴ達も交えてまるで家族のように過ごしていたこと。皆、自分から戦うことを選んだこと。


 全て聞き終えてなお、啓吾はにじんだ視界で凝然と遺体を眺めていた。えもいわれぬ表情を浮かべた啓吾が何を考えているのか、誰とて察することはできなかった。

 やがて、徐に啓吾は口を開いた。


「この世界では、死んだ者の魂はどこへいくんだ?」

「……そうですね。種族によって多少考え方は違いますが、死後は神々の元へ迎えられるということが多いでしょう。かく言う我々もそうですが」


 呟くような啓吾の質問を正確に理解したイシリオンの返事に、啓吾は一つ頷いて見せると決然として振り返った。


「なら、いつか皆に会いにいくその時に、お前達が無駄死にでは無かったと言えるように俺はなろう。全ての災厄を撥ね除けるだけの強さを、俺は手にしよう」


 涙を湛えたその瞳は、透き通るように澄んでいて力強くて、思わずその場にいた者は皆一様に瞠目した。


「……そうだな、なによりの弔いかもしれん。しかし忘れるな、ケーゴ」


 一際早く立ち直ったカレルヴォに続いて、ヴィーリとイシリオン、そしてその場にいた庵の生き残り達は皆が啓吾に強い眼差しと、優しい笑顔を向けた。


「俺たちも皆、一緒だ。先に逝った彼らに笑われぬように精進しよう。だから、一人で背負い込むな」

「ああ、そうだな……。すまない、カレルヴォ、みな」


 そう言って、啓吾は力強い笑みを浮かべた。涙に濡れたその顔は気高く美しかった。




 六人の遺体を乗せた木材が轟々と炎を闇夜に照らしていた。

 この世界でも火葬というものがあるのだな、と啓吾はぼんやりと脳の片隅で思いながらっとそれを眺めていた。


 死者の平穏と死後の道行きの安寧を祈るというアルヴ達の歌は、啓吾にはその意味を聞き取ることはできない。けれども澄み切った透明感のある彼らの歌声は何とも物悲しい響きと柔らかな語感でもって啓吾の心を震わせていた。


「なあ、ケーゴ」

「ん、ヴィーリか」


 どこかさっぱりとした面立ちのヴィーリに声を掛けられ、啓吾は気を取り直した。


「お前さんのおかげでワシらは生き残ることができたし、ここも護り切ることもできた。感謝しとる。……ワシはのこたびのことでケーゴに心服したよ」

「どうしたんだ急に」


 片眉を上げて問いかける啓吾に、しかしヴィーリは答えることなく自慢の髭を扱きながら違うことを話しだした。


「ところで、ドヴェルグには人間のように王がおるものでな。今のヴェルノルクの大要塞にも賢きアルショーヴル殿がおるし、ワシはその配下であることは間違いない。ちなみに、アルヴも同じらしいな。今のモンメリアンの王は女王と聞いとるが……」

「話が脱線してるぞ?」

「む。いやな、何を言おうとしておるかというとだな。我が主はアルショーヴル殿で間違いないのだが、その任地に於いて誰に従うかぐらいは自己裁量の内というか−−−−−−」

「じれったいですね。もっとストレートに言えないのですか、山のともがらよ」


 急にしどろもどろになったヴィーリに声をかけたのはイシリオンであった。いつの間にかアルヴの歌も終わっている。他の皆も三々五々に寝床へと去っていく様子であった。


「なに、この禿頭のドヴェルグ殿はここにいる間だけでも、貴方の元で働きたいと言っているのですよ」

「むぅ、まあ、その、……そういうことだ」

「もちろん、私も同じ気持ちです」


 いきなりのことに、啓吾は思わず眼を白黒させて二人の顔を眺めることしかできなかった。もちろん、前世を通しても人にそのようなことを言われるのは初めてのことであったし、二人とも啓吾以上の勇士であることは疑いが無いのだ。


「とにかくワシの斧に掛けて、我が役目に背かぬ限りケーゴに従うことを誓おう」

「それなら、私は弓に掛けましょうか。私も役目には逆らえませんが、貴方に従うことを誓いましょう」

「ほう。なら俺は槍に掛けようか。俺には対した役目も無いからな、ケーゴに誓うことにしがらみもない」


 どこから聞いていたのか、背後から啓吾の両肩に手を置いたカレルヴォにまでそう言われて、啓吾は覚悟を決めないわけにはいかなかった。


「……その誓い、確かに受け取った」


 啓吾の言葉に、ヴィーリ達は三者三様に頷いた。

 自分にその資格があるのか、啓吾には分からない。けれど、彼らに恥じないようにも強くならなければいけないだろう。啓吾は、改めてそう思った。




 ヴァルネリは慄然とした心を押し隠しながら精霊の峰周辺のゴヴリン残党討伐に従事していた。


 正直なところ、ヨウシアの強い要請で夜半に里を出発し休憩を挟みながらも一昼夜駆け続けて精霊の峰の近くまで来たとき、護り手の庵の方角から立ち上る煙を見て庵にいた者は全滅したものとヴァルネリは思ったのだ。

 もちろん悲しみも感じていたし報復してやろうという奮起もあった。しかし同時に、クリスタやサンテリには悪いと思いながらも、おそらく巻き込まれて死んだであろう啓吾を思うと安堵にも似た感情を抱いていたのである。


 ところがどうだろう、突然クリスタを連れたアルヴ達が現れたかと思うと最初に押し寄せた二百ものゴヴリンの軍勢を啓吾の策に寄って寡兵にも拘らず撃滅したというではないか。後続の五百に近い軍勢が現れなければたった二十人少々で敵軍を壊滅させたことになる。

 ヴァルネリには啓吾がどうにも恐ろしい生き物のように思えて仕方がなかった。いっそ、啓吾が死ぬのを待ってからゴヴリンを倒した方が良いのではないかと思ったほどだ。


 もっとも、幸か不幸か飛び出していったヨウシア夫妻のおかげでそうはならなかった。


 ゴヴリンの親玉との戦いで負傷したと聞いて、むしろヴァルネリは少し安心した。啓吾といえど人の範疇を越えるものではない。化け物ではないのだと。


 けれど同時に、いつまでも彼が化け物にならないとは限らないのだ。いつの日か、誰にも太刀打ちできない生き物となってオーストレームの里を襲うかもしれない。

 一度考えてしまったそのおぞましい考えは、どうやってもヴァルネリの頭を離れようとはしなかった。



[次回予告]

 戦を終えた啓吾一行はオーストレームの里へと戻る。そのとき、ゴヴリンとの戦いを経て課題を見出した啓吾の前にとある老人が現れる……。

 次回、第20話『魔法使いオージン』、明日の夜をお楽しみに!

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