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放浪の軍神  〜現実に絶望していた俺は、異世界で少女に出会った〜  作者: 宵闇香炉
1章 異世界のはじまりは平穏と共に 
11/43

閑話 新たな装備、初めての狩り

 今日の投稿一つ目、完成した装備を受け取った啓吾とクリスタとのんびり狩りをする話です


※一部改稿しました(8/22)

 あっと言う間に三日が経った。


 朝はクリスタとエミリアが狩りに行くのを見送って、ヨウシアと共に稽古場へ行っては何十人というアニムの戦士達に揉まれる毎日だ。師父たるヨウシアはもちろん、高弟に数えられる戦士達にはまだまだ勝ちを拾うことすら難しい状態ではあるのだが、それがまた楽しい。


 ヨウシアとは一度手合わせしたことがあるのだが、こちらはまさに手も足も出ないのである。剣を構える。それだけでひょろりとしたヨウシアの身体からは恐ろしいほどの剣気とでもいうべきものが吹き出して、まるで巨人と相対しているように思えるのである。

 下手をすると老年の祖父月旦よりも強いのではないか、などと密かに啓吾は思っている。もっとも、全盛期の祖父の強さまでは知らないのだからなんとも言えないのではあるが。


 反対に、手合わせする数が多くてやりがいがある相手はやはりサンテリである。魔法を併用して全力で打ち込んでくる時のサンテリは啓吾でも押し負けることがあり、それでいて啓吾の戦い方をつぶさに観察して対応してくるのだからたまらない。もちろん、それは啓吾とて同じこと。

 互いに切磋琢磨せっさたくまする友というのはこういうものか、と深い感慨を啓吾は感じているのである。


「行ってきまーす」

「あ、クリスタ、ちょっと待ちなさい」


 今日も狩りへと飛び出そうとしたクリスタを呼び止めたのはヨウシアである。

 突然のことにクリスタも啓吾も怪訝な表情を浮かべているが、一方でエミリアは訳知り顔で微笑んでいた。いや、微笑んでいるのはいつものことなのだが。


「昨日、エミリアとも相談したんだが今日から啓吾も一緒に狩りに行っておいで」

「ほんとっ!?」

「俺はかまいませんが、どうしたんです急に?」


 全力で嬉しさを顔と尻尾に表す妹に啓吾は苦笑を浮かべながらヨウシアに返事を返した。戦士が暇な時間に副業がてら狩りもするのは聞いていたが、啓吾は曲がりなりにも見習いのような立場である。


「そうだね、クリスタと仲良くなって欲しいというのもあるけれど、啓吾はこの森で生まれ育ったわけではないだろう?」

「ええ、そうですね」

「だから、少し森に馴れておいた方が良いのが一つ。後は獣や魔獣とはいえ生き物を殺すということを体得して欲しいのが一つ、かな」

「なるほど……」


 道理だな、と啓吾は納得した。

 この世界において武術とは即ち生きる術であり、殺すこともその旨の一つである。ヨウシアの言うことはもっともであった。


「後は、ケイヨとヤーキマから装備が出来上がったって聞いたのもあるね。実戦で馴れていた方がいいだろう」

「本当ですか!」


 急に勢いが良くなった息子にヨウシアは苦笑を浮かべた。なんとも分かりやすい反応である。


「とりあえず、今日は一日狩りで良いけれど。明日からは昼頃には帰ってくるようにね、午後からは今まで通りの訓練だよ」

「分かりました。ちなみに母上は?」

「もちろん同道するわよ。なあに、クリスタと二人の方が良かった?」

「いえ、狩りは初めてですので助かります」

「あらあら」


 真っ赤になったり、むくれたりとせわしない妹の頭を名でながら啓吾は淡々と答えた。実際のところ、弓の類いは苦手なのでエミリアがいるのはありがたいのだ。


「それじゃあ、行きましょうか?」

「うん! お兄ちゃん、行こっ」


 にこやかに差し出された妹の手を取りながら、啓吾はヨウシアに見送られながら我が家を後にする。

 笑顔で見送られる、という馴れない経験に密かに戸惑いながらも啓吾の顔には微笑みが浮かんでいた。




「おー、待っとったぞケーゴ殿!」


 鍛冶屋で啓吾を出迎えたのはケイヨの抱擁ハグであった。こういう挨拶は嫌いではないのだが、いかんせん暑苦しい。矮躯とはいえケイヨは大の大人で鍛治師である。力一杯抱きしめられるとさすがに苦しい。

 抜かりなくクリスタを連れて横に避けているエミリアになんともいえない目線で助けを求めた啓吾に返されたのは生暖かい微笑みであった。


「そ、装備が出来上がったと聞いたんだが?」

「おう、すまんが十字槍の方はもう少しかかりそうでな。出来たのはヤーキマの方だ、ちょっと待ってろ」


 啓吾を解放したケイヨが奥に引っ込むのと入れ替わりに出てきたのはヤーキマである。その両手には啓吾の頼んでいたナイフが全部で6本あった。

 簡素な台の上に持ってきたものをどさりと置くと、ヤーキマは腰布で拭った右手をずいと啓吾に突き出した。


「待ってたぞケーゴ。俺が頼まれてた分はこれだな、ナイフの鞘は収納の関係でヘルッコの野郎に任せてるんだが……、とりあえず見てくれや」


 握手を返しながら、啓吾はナイフを一つ手に取った。

 つや消しをされた鈍い色の刃渡りは八寸ほどだろうか。啓吾の要望通り、投擲を旨としつつも多様に使えるように背に鋸歯のこばを施し、充分に格闘戦にも使える固さと鋭さもある。それでいて、軽い。前の世界では有り得ないその機能性に啓吾は瞠目した。

 同じ物が五本。“収納インベントリ”のこともあって多めに頼んだが、これならいくつあっても良いかもしれないと啓吾は思わず笑みを浮かべた。


「満足してくれたみてえだな」

「ああ、充分……いや想像以上の出来だ。素晴らしいよ」

「そりゃ良かった。あぁ、それとこっちがケーゴの言ってた鎧通し、だったか? 言われた通りに刺突に特化した造りにしてある。こっちは鞘付きだな、剣帯に差せるように拵えといたぜ」


 ニヤリとした笑みを浮かべてそう言うヤーキマから啓吾が受け取ったナイフは剣というよりも刀に近い形状である。剣先が両刃になっていて刃のない背が僅かに反り、刃幅は短い造りで刃渡りは長めの一尺ほどはあろうか。こちらは素材が違うのか軽くはないが、実に美しい光沢を放っており、見るからに鋭い刃が心強い。

 鞘と柄は艶のある臙脂えんじ色。木製ではないようだが、何で出来ているのかこちらは軽くて頑丈な良い拵えである。


「こっちもいい出来だ。ありがとう」

「なはは、むずがゆいぜ止めてくれや。ま、手甲と鎧はヘルッコが来るのを待ってくれや」


 闊達として笑うヤーキマだが、小さな熊耳がぴくぴくと動いている辺りまんざらでもないらしい、と啓吾は妙に安心した。


「お兄ちゃん、私も見ていい?」

「良いけど、怪我だけはしないように気をつけろよ?」

「はーい」


 よほど興味があったのか、耳をピンと立てて喜ぶ妹に啓吾は苦笑混じりの笑顔を見せながらナイフを手渡した。

 エミリア譲りの美貌に似合わず、クリスタが武器や装備、武術の類いに興味があるのは、まだ短い付き合いながらの啓吾でも分かる。あるいは、しかりとヨウシアの性格も受け継いでいるのかもしれない。


 五歳になったばかりの少女が眼をキラキラさせてナイフを見ているというのはいかがなものか、と啓吾も思わないでもないのだが、自分を見つけてくれた少女の行く先ぐらいは兄として導いてやればいいとも密かに思い定めている。

 新たな生を受けた自分を、すばらしい家族に導いてくれた妹に啓吾はただならぬ感謝を抱いていたのだ。


「……っ!」


 不意に、悪寒に捕われた啓吾はクリスタを包み込むように抱きしめて、そのまま横跳びに部屋の隅へと回避した。

 直後、轟く破砕音と共に鍛冶屋の扉が弾け飛び、唖然と立ち尽くしていたヤーキマの顔面へと打ち当たった。意識を失ったのかそのまま倒れゆくヤーキマを呆れた顔で眺めながら、啓吾はすでに事の犯人に当たりをつけていた。


「待たせたな!」 

「あらあら」

「他人の家の扉を壊して言う台詞ではないな、ヘルッコ」


 やはり、というべきか鍛冶屋の玄関の残骸の上に立っているのはヘルッコであった。

 両手いっぱいに抱え込んでいるのは頼んでいた装備なのだろうが、だからといって足で扉を蹴飛ばすのも、ましてやその扉の持ち主(?)に打ち当てておいて笑顔を見せるのも、尋常の精神ではあるまい。


「怪我はないか、クリスタ?」

「う、うん、大丈夫」


 真っ赤になって首を縦に振る妹に安堵して啓吾は両手を離すと、さりげなくクリスタを背中に庇いながらナイフが置かれたままの台ごしにヘルッコに相対した。ヤーキマの方は治癒魔法も使えるエミリアに任せた。


「それが、頼んでたものか?」

「おう! ったく、おめえの要望が小難しいおかげで楽しくて仕方がなかったぜ? ま、とりあえず見てくれや」


 言いながらヘルッコが台の上に散蒔ばらまいたのは手甲と鎧である。なめしたロックボアの堅い皮を贅沢に使い、全身を覆う皮鎧は見事な出来映えという他無い。ヤーキマとの合同作業箇所であった要所と両腕の外側と拳に取り付けられた金属板もつや消しが施され、啓吾の要望通りである。

 なにより驚いたのは剣帯が鎧と一体型で肩と腰をサスペンダーのように設えている点である。これなら安定して装備も出来て使い勝手も良い。それに投擲ナイフの鞘を胸元や太ももに取り付けてあるのも啓吾にはありがたい。


「いい出来だ」

「んなことは分かってるから、まずはさっさと着てみろ。調整しなきゃならんだろが」

「む……」


 不遜な物言いながらも嬉しそうな顔を隠そうともしないヘルッコに促され、啓吾はコートを脱いで鎧を装着していく。

 実際のところ、鎧は少々大きい、というか余裕がわざと大きめに取られているようであった。おそらく長く使えるようにという心配りだろうと啓吾が納得しているうちに近寄ってきたヘルッコによってさっさと調整が加えられ、鎧はぴたりと啓吾の身体に納まった。


「おう、これでよし。我ながらいい出来だ!」


 満足げなヘルッコを余所に、啓吾は黙々とナイフを鞘に収納していき残った二本は“収納インベントリ”の中へとしまい、鎧通しは腰に落とし差しに装着した。

 最後に虚空から取り出したクレドの剣を腰に差そうとして、自分の体格のことを思い出して止めた。このまま腰に差してしまっては地面に鞘が当たってしまう。といって背中に結わえるのもどうかと思い直して、結局は“収納インベントリ”の中に戻してしまった。


「なかな見違えるようになったじゃねえか」

「ああ、素晴らしい仕事だ。感謝する」


 腕組みをしてしきりに頷いているヘルッコに感謝の言葉を返しながら、啓吾は再びトレンチコートを羽織った。やはり、これがなくては締まらない。


「お兄ちゃん、かっこいい!」

「ありがとう、クリスタ」


 瞳をキラキラさせた妹に笑顔を見せながら、啓吾は直感に従って妹を庇いながらまたも部屋の隅へと移動した。

 直後に、先ほどまで二人がいた辺りを巨体が凄まじい速度で通過した。復活したヤーキマは勢いをそのままに飛び上がると、呆然とするヘルッコの顔面へと見事な飛び蹴りが炸裂した。


「な、なにしやがる!?」

「おめえがやったことを胸に手を当てて考えてみろ! なんならもう一発いっとくか!?」


 もちろん、啓吾は慌てるクリスタの手をしかりと握ると、「あらあら」と微笑むエミリアと共にさっさと鍛冶屋を辞去した。

 ヤーキマとヘルッコの騒がしい声は、三人が里を出るまで聞こえていた。




(お兄ちゃん、あそこ)


 囁くような妹の声に、啓吾は立ち止まってクリスタの指差す茂みの先を凝っと見つめた。

確かに何かが動く気配がするのだが、啓吾の視界には姿が見えない。


(すまん、俺には分からん。初撃は任せて良いか?)

(うん、分かった)


 答えるやいなや、矢筒から引き抜いた矢を番えるクリスタを見ながら、啓吾もまた太もものナイフを取り出して投擲の構えを取った。

 徐に放たれたクリスタの矢は魔法陣と共に萌葱もえぎ色の輝きを放ちながら、恐ろしい速度でもって茂みに吸い込まれた。瞬間、奇声を上げながら飛び出してきた焦茶色の塊に、啓吾は間断なくナイフを放った。

 断末魔の叫びと共に、地面に倒れ臥したのはソードラビットである。見事に首もとに刺さった啓吾のナイフはすぐに獲物の息の根を止めたようであった。


「すごい、お兄ちゃんよく当てれたね! ソードラビットはすばしこいのに!」

「それを言うならよくあんな遠くの獲物を見つけられたな」


 少々だらしない笑顔で「えへへ」と笑うクリスタを一頻り撫でてから、啓吾はすでに事切れたソードラビットに近づいてナイフを引き抜くと“収納インベントリ”の中へとしまいこんだ。

 自分の手で生き物を殺した、ということに忌避感がないといえば嘘になるが、啓吾とてこれが初めてのことではなかった。たしかに、初めての狩り(・・・・・・)ではあったのだが。


「あらあら、思ってたよりもサクッと倒しちゃったのね。連携も良かったわ、お母さん拍子抜けかも」


 唐突な声に振り向くと、エミリアがクリスタの背後に立っていた。本当にどこから現れたのか、啓吾には兆候すら掴めなかった。


「驚かさないでください、母上」

「あら、私も驚いてるのよ? ケイゴはこれが初めての狩りじゃなかったの?」

「ええ。ですからクリスタにリードしてもらいました」

「えへへ」


 尻尾をふりふり喜んでいる妹の頭を撫でながら啓吾はそう答えた。実際、クリスタの強力なしには獲物を見つけることすら難しかっただろう。

 しかし、不思議そうな顔を止めずにこちらを見つめるエミリアに、啓吾は自分の勘違いに気付くと一つ頷いて再度口を開いた。


「前の世界で、キャンプ中に熊に襲われたことならあります。祖父と二人でしたが、殺し(・・)ならそれが最初です」

「あらあら」


 なぜか納得と微笑みを浮かべるエミリアに疑問を抱きながらも啓吾は当時のことを思い出していた。


 あれは大学を休学していた秋口の頃、祖父月旦に誘われ二人で北海道を旅した時に人生初のキャンプを経験したのだが、運の悪いことに腹を空かせたエゾヒグマに遭遇したのである。

 本来ならば哀れな二人の犠牲者として翌日の新聞を騒がすことになる所だったのだが、サバイバルナイフと山刀という軽装備にも拘らず、常人離れした二人によって人知れず熊による被害は防がれたのである。


 もっとも、その時ばかりは啓吾も命の危機を感じたものだし、熊に止めを刺す時は身体がおこりのように震えたものである。

 ついでに言えば、その場で始めた祖父の解体のおかげで胃の中をひっくり返す惨事と、熊肉の意外な美味さ、ついでに眠れぬ夜という初体験づくしで啓吾としてはあまり良い思い出とは言い難い。


『ま、何事も経験さ。啓吾も直に馴れるわえ』


 とは月旦の言葉である。


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「……ん。いや、なんでもない、大丈夫だ」


 気持ち良さそうに耳をピクピクと動かす妹を啓吾が一頻ひとしきり撫で回し終えた頃には、エミリアは再び姿を消していた。本当に神出鬼没の狩人である。


「ところでクリスタ、どうやって獲物を見つけたんだ?」

「うんとね。音とか、あとは足跡とか、茂みの動きとか? 最初はなにかいるなー、って感じなんだけど、いっぱい狩りをしてるとそれがソードラビットとか、鹿とか、何がいるのか分かるようになるよ!」

「ふぅん」


 なるほど言われてみれば、ソードラビットがいた周辺の地面には足跡があったし、茂みの辺りにも獣道のような不自然な空間がある。


「今度は俺も気をつけて歩いてみることにするか」

「ねえねえ、お兄ちゃん!」

「ん?」

「私のお気に入りの場所があるんだけど、行ってみない?」

「狩りは良いのか?」

「狩りもしながら行くの!」


 忙しなく尻尾を動かす妹に苦笑を浮かべながら、啓吾は頷きを返すと持っていたナイフを拭って鞘に閉まって歩みを再開した。


 それから一時ほどかけてゆっくりと狩りを繰り返した二人は、クリスタのお気に入りの場所に着くまでに五羽のソードラビットと二匹の鹿を捕らえた。

 最初こそ中々獲物を見つけることが出来なかった啓吾も、終盤にはクリスタと同じ程度には獲物がどこにいるのか知覚できるようになっていた。もっともその種類まで見切るのは、まだまだ啓吾には分からなかった。





 狩りを一旦切り上げて歩くこと四半時しはんときほどであろうか。啓吾とクリスタの姿はあの(・・)大樹の側にあった。

 初めてこの地を訪れた啓吾は、ほうけたように立ち尽くしている。それがまた嬉しいのか、寄り添うクリスタの尻尾はご機嫌にゆったりと左右に振られている。


「綺麗なところだな……、本当に、綺麗だ」

「でしょ?」


 雪被るアルプの峰を遠景に望み、森の中にぽかりと開いた空間にどしりと根を張った大樹と、白い勿忘草わすれなぐさの絨毯、そしてはたには澄んだ紺碧こんぺき色の大きな湖。自然が織りなしたとは思えぬほどに整った美しさを讃える景観に、思わず啓吾は感嘆の吐息を吐き出していた。


「あのね、お兄ちゃん。私ね、ここでお兄ちゃんを見つけたの」


 景色に眼を奪われていた啓吾は、一瞬、反応が遅れた。

 驚きを顔に浮かべた兄に、しかしクリスタは満面の笑みで答えると大樹から少し離れた所を指差した。なるほど、確かにその辺りの勿忘草だけが幽かにへたっているのが啓吾の眼にも分かった。


「初めてお兄ちゃんに会った時にね、私、勇者さまだって思ったの」


 楽しそうに笑うクリスタの顔はなんの邪気もない健やかな笑顔で、暫時、啓吾は思わずその美貌にみとれてしまった。


「私ね、いつか絵本の勇者さまに会ってみたいって、ずっとずーっと思ってたの。だから、ここでお兄ちゃんを見つけたとき、夢が叶ったって思ったの」

「……」

「でもね、あの日一緒に話して、お兄ちゃんが泣くのを見て、お兄ちゃんは絵本の中の勇者なんかじゃなくって……、なんて言えば良いんだろう」


 言葉を選ぶように首を傾げると、クリスタはそのまま汚れるのも気にせず地面に座り込んでしまった。

 伝えたいことがうまく伝えられないもどかしさに顔を歪ませる妹に啓吾は苦笑を浮かべながら、けれどゆっくりとその返事を待った。


「あのね、とにかくお兄ちゃんはお兄ちゃん、勇者さまとは違うって分かったの」

「そうか。俺は勇者さまには相応しくなかったか?」

「ううん、そんなことない! お兄ちゃんはすごいよ、お兄ちゃんならきっと勇者さまより強くなれるよ!」

「あはは、それならもっと頑張らないとな」


 両手を握って力説する妹の頭を、思わず啓吾は撫でていた。

 クリスタはくすぐったそうに身を捩って、けれど嬉しそうに尻尾を揺らしている。


「そしたらね、私も勇者になったお兄ちゃんの従者になるの」

「ん? 俺の妹は止めるのか?」

「ううん。お兄ちゃんの妹で、勇者さまの従者!」

「そうか」


 楽しそうに夢、というにはあやふやに過ぎる思いを吐露するクリスタに眩しさを覚えながら、啓吾は妹の側に寝転んだ。

 見上げた大樹の木漏れ日は温かく、草木の隙間から覗く空はどこまでも青くて、風が奏でる美しい音色が啓吾の心にじんわりと染み渡る。


「本当に、ここは良いところだな」

「そうでしょ?」

「ああ、さすがクリスタ、だな」


 褒められたのが嬉しかったのか、少々だらしない顔になっているクリスタを見て、啓吾はふと最近買ったものを思い出した。


 “収納インベントリ”から取り出されたのは木製の櫛であった。先日、ヨウシアに連れられて行った栗鼠耳と尻尾を持つ双子の木工屋で一目惚れして購入したものである。小物細工が得意というだけあって、目の細い良い出来のもので持ち手にはつぐみが一羽見事に細かい仕事で彫り込まれている。


「それ、どうしたの?」

「ん、この前気に入って買ったんだが、俺の髪の長さだと使うことが無くてな。使わせてもらっても良いか?」

「いいよー♪」


 そう言ってクリスタは背を起こした啓吾の前に移動するとぽてりと腰を降ろした。ちょうど、啓吾の目の前にクリスタの綺麗な黄金こがね色の髪と尻尾がやってくる形である。


「……どっちから手を着けたら良いんだ?」

「うーん、私はどっちでもー」


 妙に嬉しげなクリスタに困惑しながらも啓吾はとりあえず手前にあった尻尾を優しく左手で抑えて右手に持った櫛をゆっくりと通していった。


「うぅーん」

「ん? 痛かったか?」


 身じろぎと共になんともいえぬ声を漏らしたクリスタに、啓吾は一瞬固まりつつも問いかけた。だが、本人は啓吾よりさらに不思議そうな顔を浮かべて首を横に振った。


「ううん、痛くはないよー。なんかムズムズするような気持ちいいような変な感じー」

「じゃあ続けて良いのか?」

「うん♪」


 了承を得て、啓吾の両手が動くのを再開する。

 何とも言えぬ絶妙なもふもふとした感触がどうにも癖になりそうで、ついつい啓吾は熱心丁寧に両手を動かした。櫛でとかすたびに、尚更に向上していく感触がなんとも面白いのである。


 心安らぐ風景を背に、のんびりとした時間が流れる。

 どうということはないのだが、啓吾にはそれがなんとも幸せな時間のように思えた。思えば前世では妹もいなかったしこのような経験などあるはずもなかった。それがなんとも、嬉しいのである。


「ふみゅ……」

「ん、寝てしまったか」


 身を預けるようにして眠ってしまった妹の身体を上手に支え直しながら、けれど啓吾はくしけずるのをやめない。

 のんびりと、尻尾や髪の毛を櫛でといていく。前世では得られなかったものを確かめるかのように、ゆっくりと。


 結局、二人とも寝入ってしまったのをエミリアに発見されて二人仲良く叱られたのは完全な余談であった。



 二本目は一時間後を予定しています、お楽しみに!

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