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03、殺人集団

森のなかで綾と真二の二人と仲間になった零夜。しかし、事態は急変する。

クラフティング・ファンタジー第3弾。

 五月十六日、天気は快晴。

 森のなかに木を切るエンジン音が響きわたり、鳥達は我先にと避難していった。

 音の正体はチェンソー。そして、そのチェンソーを使っているのは、三日前に出会った仲間、真二だった。

 昨日までは、徒歩で森の出口を探していたが、木々が邪魔で正確な方角や、位置、進行方向が分からなかった。その上、森には巨大生物が生息しているため、徒歩では危険が伴う。

 そのため現在、俺達は森の上に出ることを目指していた。上というのは、森の上空。つまり、空から森を見るというのが目的だ。空から森の果て─森の終了地点─を把握すること。

しかし、この地をすっぽり覆っている葉が邪魔だ。上に飛ぼうとしても枝などが鑑賞し、危険だ。そのため、木を切り倒して隙間を作っている最中だ。   

 木々の葉は、場所によって少ないところがある。俺達はその葉が少ない場所─ある程度日光が差し込む明るい場所─までやって来て、作業を開始したのだ。

 真二はなぜかチェンソーばかり出現させる。実は昨夜、巨大蟻を発見し真二が狙撃をした。その時も、通常のスナイパーライフルではなく、弾丸がチェンソーというものだった。

 そして今日、全長十メートル近くあるチェンソーを真二が駆使している。

 「な、なあ綾」

 「なに? 零夜?」

 俺は真二が木を切っている後ろで綾に尋ねた。

 今の俺達は完全に、敬語も使うことなく、気軽になんでも話し合うことができる仲だった。

 また、毎日共に過ごしていく中で二人の性格もわかってきた。

 真二はリーダーシップがあり、俺達をまとめてくれる。

綾は積極的な少女で、少し気が強い。同時に、心に深い傷を負っている。

俺は真二の背中を指差して口を開いた。

 「なんで真二はチェンソーばっかり使うんだ?」

 「……多分、ゲームの影響じゃない?」

 「ゲーム?」

 「ほら、去年に出たゲームで「アンデッド・ホラー」ってあったでしょ?」

 「アンデッド・ホラー」それは綾が言うとおり去年発売されたホラーアクションゲームで、十八禁のゲームだ。

 クオリティが高く、ストーリーも充実しており、有名になったものだ。しかし、グラフィックの解像度が高く、死体までもリアルに再現されていたため、日本人プレイヤーのほとんどが「怖すぎる」という理由で、クリアせずに売却・放置したらしい。

 「あのゲームに出てくる武器で、チェンソーがあるんだけど、真二が言うにはそれが最強武器らしいんだ……」

 「それで、チェンソーしか出現させないのか……」

 俺達がそんな他愛もない話をしていると、目の前の直径十メートルほどの巨木が傾き始めた。

 「おお! いい感じじゃないか!」

 目の前の巨木が徐々に傾きを増して行き、こちらに倒れてくる。

 森中に木が軋む音が響き、遮られていた日光が地面を照らす。

 「やばっ!」

 俺は腰にブースターを出現させ、急加速して回避した。

 身体が海老反り状態になり、意識が遠のく。

 薄れる意識の中、ブースターを制御してなんとか着地する。

「はぁ……、はぁ……」

「倒れる方向にいるのが危ないって、なんでわかんないのかな……」

息が切れている俺を見た綾が呟いていた。

真二は呆れた顔で頬を掻きながら口を開いた。

「よし、これで上から森が見えるな!」

「そうだね」

俺はようやく呼吸が落ち着き、二人の会話に入ることができた。

「何度も言うようだが、巨大生物には用心しろよ?」

「わかってるわよ」

綾が振り向いて俺にそう答えた。直後、真二が背中にランドセル型のブースター─バックパックといったほうが適切か─を出現させて浮上した。

俺は腰とふくらはぎにブースターを出現させて真二の後を追った。

綾はブースターではなく、磁力で浮上してきた。磁石の同じ極同士を近づけると反発する法則を利用したのだろう。

この森の天井と言っても差し支えない葉が目の前まで接近してきた。その天井の穴が手の届く範囲に迫ってきた。直後、目の前には木々が鬱蒼と茂っていた。

「まるで草原だな……」

真二が漂いながら話した。その言葉通り、この景色はどこまでも続く草原を連想させる。

「終わりがなさそうな森だ」

俺はそう言ってあたりを見渡した。どこを見ても木、木、木、そして軍を抜いて巨大な木。

 「なんだ? あそこだけケタ違いにデカイ木があるぞ?」

 俺は約三キロメートル先の巨木に指を指した。その先には、数百メートルの高さの巨木が聳えていた。

 幹も数十メートル。大きいと言っても言い足りないくらいだ。

 「確かに……。なんだろう?」

 綾が音もなく近付いてきた。彼女は磁力で浮遊しているため、ブースターのような騒音が無いため、近づいてくるのが分からなかった。

 「なんか不自然だよな? あそこだけ幹の太さも葉の種類も……」

 俺は何かあるに違いないと考えていた。

 「ともかく、言ってみないとわかんないか……」

 真二が面倒くさそうに呟いて、俺と綾は頷いた。

 あの巨木はあまりにも不自然すぎる。近付こうとした矢先、後方から何かが飛来してきて俺の腰にあるブースターを直撃した。

 「うわ!」

 左のブースターが爆発し、俺はコントロールを失って地面へ落下し始めた。さらに、残っている右ブースターの推力によって、俺の身体は落下しながらあらぬ方向へ飛んでいった。そして不幸なことに、木々の枝や葉が身体にあたり、激痛が走る。

誘爆を防ぐため、腰のブースターを消失させた。

脚部のブースターを着地寸前に作動させて、落下の衝撃を最小限に抑えて大怪我を防いだ。

 「なにが起きたんだ?」

 突然の出来事に驚愕の表情を隠せられない。真二と綾は無事か?

 「零夜! 大丈夫か?」

 上空から真二が枝を切りながら降下してくる。

 「俺は大丈夫だ! そっちはどうだ?」

 「ちょ、零夜! 上見ないで!」

 「へ?」

 質問と関係ない回答が寄せられ、俺は唖然として上を見ていた。

 頭上には綾が居た。綾は磁力で浮遊しているため、細かな姿勢制御ができない。つまり、上昇下降、平行移動くらいしかできない。磁力デバイスは靴の裏にある。俺は上を見上げた時、綾の足元を見ていた。更に綾はスカートを履いていた。そして、細い足の向こうにある純白の布地が丸見えとなった。

 「こ、こら!」

 綾は顔を真赤にして怒りを露わにし、手で下着を隠した。全体を隠すことができていないが……。

 だが、そんな時だった。右方向から鉄の小さな板同士が当たるような乾いた音が聞こえてきた。よく耳を澄ますと、刃物同士が当たる音のように思えた。

(誰か居るのか?)

 危機感を感じ取った直後に、音がした方向を見るが、誰も居なかった。そこにあるのは見飽きた巨木のみ。

 「誰かに狙われている……」

 俺は察したと同時に新たなブースターを腰に出現させた。

  ・想像力次第で出力変更可能。

  ・重量は五キログラム。

  ・水平可動角度は一八〇度。

  ・軸を中心に、回転可動範囲は三六〇度。

  ・水素イオン推進剤使用。

  ・材質は硬質タングステン。

 今までとは一味違う重みを感じながら俺は臨戦態勢で見えざる敵を探した。

 だが……。

 「きゃあっ!」

 頭上から短い綾の悲鳴が聞こえてきた。見上げると、綾の足に鎖が絡まっていた。その結果、磁力デバイスの力によってバランスを崩し、そのまま落下してきた。

俺は綾の落下位置に体育館にあるような大型のマットを出現させて、危機を救った。

「大丈夫か? 綾?」

「な、なんとか」

仲間が攻撃されたことを察知し、全身の毛が逆立つのを感じて、俺は右手にアサルトライフルを出現させた。

 AK‐47とは違うライフル─FA‐MASに似たもの─を構えながら、俺は押し寄せてくる殺気を警戒していた。

 弾丸は以前と同じ付着爆発弾。FA‐MASは連射能力に長けたアサルトライフルだ。マガジン一つに入っている弾丸は三十発。以前よりも高速且つ多量に発射できる。 

 すると、正面の巨木の影に人影を目視した。俺はその人影の足元に向けてFA‐MASのトリガーを引いた。

 AK‐47よりも速く弾丸を送り込むFA‐MASの連射速度に感嘆しつつも、俺は人影から目を話さなかった。

 だが、突如後方から縄のようなものが俺の体を束縛した。

 「なんだ?」

 腕が縄に拘束されたため、攻撃する術を失った。更に、唐突な出来事により、FA‐MASを落としてしまった。

誰かに利用されては困るので、俺は即座にFA‐MASを消失させた。

 すると、俺の右側に真二が落下してきた。俺と同じように拘束されている。

 「いや! 離して!」

 綾も俺の左側で同様に縄に囚われている。

 「大丈─!」

 俺は二人に無事を訊こうとしたが、途中で何者かが俺の上に乗ったことによって遮られた。

 「動くな。下手に動くと殺すぞ」

 俺の背中に足を載せ、ナイフを押し付けてくる男が居た。

 俺はあの時を思い出した。ナイフが俺の首筋を掻き切った時のことを……。

 息が詰まりそうになった。

 「なにを……」

 真二が抵抗するが、別の男によって阻止された。

 綾は大人しくしているが、好転できるきっかけを探しているようだった。

 男たちは五人居るようだった。そのうち三人は俺たちの拘束。残り二人は様子を見ている。

 「よし、よくやった。あれを出せ」

 すると、リーダーらしき男が命令を下した。黒い髪を少し長めに伸ばし、顎にはひげが蓄えられていた。ぼろマントを羽織り、腰には金属質のものが吊るされていた。

 すべて刃物のようだ。それは先ほど耳に入った金属音の正体だった。

 自分の呼吸が荒れてきた。今もナイフを突きつけられているため、心拍数が上昇している。

 「了解」

 「あれ」とは一体なんだろうか。俺はそう考えているが、今はナイフに怯えている。

 すると、大型トラックと同じサイズの車が出現した。

その車は、普通のトラックと違い、荷台部分はコンテナがあり、フロント部分に巨大な電動丸ノコが取り付けられていた。

恐らく、進行方面にある巨木を斬るために使うのだろう。

そんなことを考えていた直後、俺達はそのトラックの荷台のコンテナに乱暴に放り込まれた。

 「いっ……」

 肩を壁に強くうち、呻き声が漏れる。

真二、綾も同様に乱暴に放り込まれ、呻き声を発した。

「痛!」

「─! おしりぶつけたじゃない!」

綾は涙目で男どもに叫んだ。だが、男たちは気に留めず、せっせと作業を続けていた。

 すると、男たちも作業を終えてトラックに乗り込んできた。直後、床から振動が伝わってくる。トラックが発進したのだろう。

 「なにが目的だ?」

 俺は目の前のリーダー格らしき男に訊いた。一方的に痛めつけられ、捕縛され、遂には輸送される。現実世界なら身代金や、誘拐が目的だろうが、この世界にはそんなものは必要ないはずだ。

 「目的?」

 男はいらだちを露わにし、俺を睨んだ。

 「そうよ! なんでこんなことするの?」

 綾も俺に便乗し、男に質問を投げつける。対照的に真二は俺たちを固唾を呑んで見ていた。

 「お前らはこの世界から出る方法は知っているか?」

 だが、男は俺達の質問とは関係ない話をしだした。俺はそれに憤りを感じ、声を荒らげた。

 「いいから俺達の質問に答えろ!」

 男の目をじっと凝視し、俺は質問に答えるのを待った。

 「まぁ聞け。この世界から出る方法は─」

 「ハーバルとか言う国の装置を利用すればいいんだろう?」

 真二が俺に変わって答えを出した。今の真二の目は鋭く、まるで獲物を狙う獅子のようだった。

 「そうだ。だが考えてみろ。本当にそうなのか? そのことに確信を持てるのか? そう思うよりは、こう考えた方がいい。向こうでも人間は死ねば天国に行けるって言うだろ? それと同じだ。俺達が向こうの世界に返してやる」

 「なにが天国だ! 遠回しで殺すってことだろ!」

 俺は怒りを超えに混ぜて男にぶつけた。そもそも天国があるかもわからないのに、なぜこの男はそのように言うのだろうか?

 「天国は異世界だと思え。向こうで死ねば天国という異世界に行ける。だったらここで死ねば別世界に行ける。ここで死ねば向こうに戻れるかもしれないだろ?」

 俺は男の歪んだ考えに苛立った。そして、その苛立ちを男にぶつけた。

 「そんなの現実逃避者の考えだ。あるかも分からないものに縋るなんて、そんなの可能性の話だろ?」

 「俺はその可能性を信じているんだ。その可能性を信じているからこそ、今こうしている」

 その男の目は先程よりも鋭く、背筋が凍るのがわかった。

 「俺は、この世界の枷から人々を開放させるために行動している。この狂った世界の秩序や束縛のない向こうの世界に戻してやる。それが俺達の目的だ」

 狂っている。

俺はそう思った。

だが、この世界自体が狂っていると男は言った。それには同意しかねない。

「だからお前たちは人を殺すとでも言うのか?」

 俺の代わりに真二が問いただす。

 「そうだ」

 男は短く言った。

 「俺達が殺さないでくれと言ったら……。どうする?」

 俺は男に向けて言った。

殺されて向こうの世界に戻らせるのが目的だとこの男は言った。ならば……。

 「お前はこの世界から開放するといった。つまりそれは、俺達のためにやっているということ同じだ。もし、俺達がその必要はないと言ったらどうするつもりだ?」

 男は黙っていて何も答えない。その態度に痺れを切らしたのか、綾が叫んだ。

 「黙ってないでなにか言いなさいよ!」

 だが、男はそれでも答えない。恐らく答えられないのだろう。これは好機だ。

 人のために尽くすつもりだったのか知らないが、そんなこと間違っている。

 「答えられないのなら、お前たちがやっていることはただの殺人だ。その言い訳として

解放するだの、向こうに帰すだの、御託を並べている。すぐにそんな愚かなことはやめろ」 

 俺は相手を怒らせないように慎重に言葉を選んだ。

 だが、男は予想外のことを言った。

 「そういう奴も居る。そういう奴には俺達は手を出さない」

 「なに?」

 俺はその言葉に眉をひそめた。

 「だったら早くこの縄と解け」

 「今日はできない。明日まで待て」

 「なっ」

 男はそう言うと俺から目を背けた。話をする気もないらしい。

 「隊長、付きました」

すると、運転席から部下がリーダー格の男に伝えた。

 コンテナの壁が開き、俺達は強引に外に引っ張り出された。

 目の前は先ほどとは打って変わって木が少ない場所だった。木漏れ日も濃くなり、敵地であろうにも拘らず、閉塞感が和らいだ。

 「痛いって!」

 俺は髪の毛を掴まれて抵抗を阻止されていた。

 「ちょ、ちょっと! どこ触ってんのよ!」

 綾は恥ずかしそうな声を出しながら怒っていた。それに対して真二は落ち着いた様子で

男たちに従っていた。

 「変態! 痴漢! 変質者!」

 綾は相変わらず抵抗し続けていた。

だが……。

 「おかえりなさいませ。桐谷さん」

その声によって綾は口を閉ざして、声の主を見ていた。

 目の前には女の子が居た。背は少し低めで、栗色の髪を肩まで伸ばしている。白いシャツの上に暗いデニムジャケットを羽織り、太ももをほとんど露出させるショートパンツを穿いている。目は草原のように鮮やかな緑色で、日本人とは思えない容姿だ。だが、その女の子の目は虚ろで表情を読み取るのが難しい。

 「ご苦労。では、こいつらを案内してやれ」

 「はい。では、付いてきてください」

 すると、女の子は俺たちを先導し始めた。

 俺達は後ろから脅され、前に進むしかなかった。

 (この集団、何かありそうだな……)

 俺は心のなかで考えを巡らせていた。あの桐谷と呼ばれたリーダーには何を言っても無駄だろう。だが、部下の方はどうだろうか?

 「こちらです。ここに三人まとまって入ってください」

 俺の考えは目の前の女の言葉によって霧散された。目の前にあるのは巨木を刳(く)り抜いて作られた枷が付いている個室だった。言い方を変えれば牢獄だ。

 三人が入るには少し狭い気がするが、そこまで気にならない。

 「ほら入れ」

 俺達は指示に従うしかなかった。恐らくここはこいつらのテリトリー。下手に動けば何をされるかわからない。

 「レオナルドさん。女の子もいるのでもっと優しく接してあげてください」

 レオナルドと呼ばれた男は納得したように苦笑交じりに頷いた。

 「分かった」

 それだけ言うと、レオナルドと呼ばれた男は、俺達の拘束を解いた後、枷を閉じてどこかへ行ってしまった。拘束を解いたら反撃するかもしれないというのに、奴らはそうした。       

やろうと思えば、枷を破壊して逃走でもできそうだ。   

何か意味でもあるのだろうか? そんなことを思っていたが、栓のない話だと切り捨てた。

 この場所には女の子以外のメンバーが居なかった。俺はこの機会を利用して女の子に声をかけた。

 「なぁ、あんたもあいつらの仲間か?」

 すると、女の子はすぐに答えた。

 「えぇ、私は桐谷さんに助けてもらった。それ以来、あの人に従うことにしたの。そして、あの人の言うことをなんでも聞くと約束した」

 「なんでも?」

 綾が眉をひそめて女の子に問いただす。

 嫌な予感がしたのだ。なんでもする。これは危険な言葉だ。

 「そう。なんでもする。不要なメンバーを殺すのも、彼らの心を慰めるのも、命令があればなんでも……」

 不要なメンバーを殺す。その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋は氷着いた。もしかしたらこの子は何人もの人を殺してきたのかもしれない。

 「優」

 すると、正面から二人の男が現れ、一人が優と呼んだ。

「桐谷さんが呼んでるぞ」

 「はい。結城さん」

 優と呼ばれた女の子はそのまま正面に進んでいった。入れ替わるようにして二人の男が俺達を見ていた。

 一人は背の高い欧米系の男。金髪を短く切った若い男。先ほど俺達をこの部屋に入れたレオナルドだ。もう一人は日本人のようだ。金髪の男よりも背が低く、髪も黒い。

 「まったく、桐谷さんだけじゃなく、ヘンリーや金田さん、ワシリーまで……。どこまであの子を使うんだか……」

 「全くだ。昔はもっと笑っていたのに、今はあんな無表情になって……」

 男たちは優の話をしていた。俺はその話が気になり、無意識のうちに質問していた。

 「あの、あの女の子はいつからここにいるんですか?」

 「一月前だな」

 黒髪の男が即答する。

 「優も可愛そうだよな。まさか、最初の仕事が寺門さんの殺害だなんて……」

 「どういうことです?」

 今度は綾が質問をした。同じ女の子として気になっていたのだろう。

 「寺門さんは俺達と行動していたが、突然死にたいって言ったんだ。桐谷さんの考えだと死イコール解放……」

 それは先ほどトラックの中で聞いたことだった。まさかと思うが、仲間も殺したのか?

 「でも、あの人は直接手を出さない。その代わりに優を使ったんだ」

 「え?」

 綾が驚愕の声を絞り出した。

 俺は奥歯を噛み締めて話を聞いていた。

許せない。人を殺すだけでなく、他人にそれをやらせている。罪を他人に押し付けているとしか思えなかった。

「結城さん。他にはなにがありました?」

結城と呼ばれた男は腕組みをして記憶を探っていた。だが、直後奥から盛り上がった歓声が湧き上がった。

「はぁ、また始まった……。優はな、桐谷さんのストレスを解消するために思うがままにされているんだ」

「思うがまま……?」

俺は結城に続きを促した。綾はすでに言葉を失っているようだ。 

「身体だよ」

「なんて奴……!」

綾が苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

「でも、桐谷さんをそんなに責めないでくれ。あの人はこの世界にきて狂ってしまった。あの人も被害者なんだ。ま、狂ったのは俺達も同じだがな」

結城の隣にいる男─レオナルド─が言葉を付け足した。

部下には信頼されているようだ。だが、その信頼関係は極めて不安定なものだ。

「─レオナルドさん、結城さん。そこで何を話しているんすか?」

突然、二人の後方から別の男が現れた。

「高橋さん。また優の身体で遊んでるんですか? いい加減にしてくださいよ」

結城が呆れた表情で高橋と呼ばれた男に言った。

俺は優の立場が心配になった。このままだと彼女の心は空っぽになってしまうだろう。

綾は怒りの表情を隠しきれず、俯いていた。

「別にいいじゃないっすか。女子高生の身体なんてそう簡単にはお目にかからないっすよ」

「下品な奴」

 その言葉を吐いたのは突如現れた男だった。

 「小林。お前、また俺に歯向かうのか?」

 高橋は剣呑な目を小林と呼ばれた男に向け、指の関節をボキボキと鳴らせた。

先ほど声をかけた男は茶色がかった黒髪に、細い体つき。背もそこまで大きくない男だ。どうやらメンバーの中に、関係が友好的ではない者も入るようだ。

 「もういい加減にしたほうがいいだろう? 殺したって何も変わらない。ただ罪が心に媚びれ着くだけだ。その上猥褻行為だ。許せない」

 「そんなに嫌ならメンバーをやめればいいだろ?」

 俺は二人に割り込むように呟いた。今までの話からしてもそこまで集団に束縛はないようだ。鍵がかかっていない牢屋から抜け出すのと同じだ。

 「できたらもうやっている。でも、この森を抜けるには、奴(・)のところへ行かなくちゃいけない。そんな自殺行為するなら、この集団にいるしか無い」

 「この森から出るためにあの人は奴に餌を与えているんだ。出たいなら、文句を言わないで従─」

 「それが残酷だと言っている! もうやめた方がいい」

 「じゃあ、お前はここから出たくないのか?」

 二人がいい愛をしていると、遠くから怒鳴り声が響いた。

 「おい! お前ら何している!」

 「げ……。桐谷さんだ……」

 レオナルドが小さく呻く。小林、結城は姿勢を正して桐谷を待った。

 すると、五人分の足音が聞こえてきた。先頭の険しい顔の男が桐谷。その後ろの三人はヘラヘラと笑っており、かなり不気味だ。

 そして、一番後ろに服が大胆に肌蹴た優が、虚ろな表情で立っていた。優は、完全に露出している乳房を手で隠しもせずに呆然としていた。

歩く度に少し張っている胸が揺れるため、つい目がそちらに行ってしまう。

男なら多少は女の体に興味を持ってしまうが、今の彼女を見ると罪悪感を覚える。

今の彼女には感情がないように見えた。

俺の隣で綾が息を呑むのが分る。

 「今の話、聞いたぞ。小林、お前は俺の邪魔をするのか?」

 桐谷は射殺すような視線で小林を見ていた。

 小林は身を固くしてその視線を見返していた。

 「……はい。無意味なことを繰り返している桐谷さんに、呆れました」

 「無意味だと?」

 「はい。あなたが行っていることはただの殺人です。俺達はこの世界には囚われたんです! 現実逃避みたいな行為はやめてください!」

 「現実逃避だ? 吐かせ。今目の前にあるのが現実だ。俺達はこの世界に囚われている。だから行動しているんだろうが。そして、向こうの世界に帰す。それが俺達の─」

 だが、桐谷の言葉は小林の叫び声によって遮られた。

 「本当にそう言い切れるんですか!? ここで死ねば本当に向こうに戻れると!?」

 桐谷は小林の目を睨み続けた。だが、表情は変わっていない。感情の起伏がわからない分、何を考えているのかがさっぱりわからない。

 「そんなに開放したいのなら、自分で死んで向こうに行けばいいじゃないですか!」

 小林の視線は射殺すほどの殺気を纏っていた。その視線を受ける桐谷はため息をつき、口を開いた。

 「取引をしろ」

 「取引?」

 小林は唐突な桐谷の返事に戸惑いながらも話を聞いた。

 「そうだ。お前が俺の言うとおりに黙ってついてくれば、ここから出してやる」

 「こことは、森のことですか?

 桐谷は頷き、さらに続けた。

 「俺に逆らった場合は、奴に差し出す」

 小林は生唾飲み下し、質問した。

 「俺は長い間あなたの言うとおりにしてきました。でも、最近はあなたについて聞けなくなりました」

小林は、一度言葉を切り、深呼吸して続けた。

「一つ訊きたいことがあります」

「なんだ?」

「いつになったら、開放してくれますか? もう、二ヶ月はあなたの言うとおりに行動しています。そろそろいいんじゃないでしょうか?」

桐谷はしばらく黙っていたが、「クチャ」と嫌な音を立てながら口を開いた。

「それは考えている。もう少し待て」

その言葉を聞いた小林は激怒した。

「ふざけるな! あなたは、本当に奴に生贄を捧げることでこの森から抜け出せると思っているんですか?」

桐谷は眉を歪めながら答えた。

「あぁ。奴と俺は契約した。俺を少しでも早く解放されるように、俺は一度に多くの生贄を差し出すことにしている」

「俺達ではなく、あなたにだけですよね。その言い方だと……」

小林の冷たい言葉に桐谷は、言葉をつまらせた。

小林はもう我慢の限界なのか、拳を強く握りしめていた。

「あなたのためだけに死んでいった人は、何人いるんですか?」

桐谷は、即座に答えた。

「一二人だ」

「……そんなに差し出したんですか?」

桐谷以外のメンバーが顔を強ばらせる。しかも、桐谷の思い通りに動かされている優ですら、驚愕の意を隠しきれていない。

「そいつらは、今頃向こうで平和に暮らしているさ」

桐谷は目を閉じて呟いた。

皆唖然としている中、小林は遂に溜まりきった不満を叫び声にして散らした。

「あなたは、人を殺しておいて平然として居られるんですね……!」

桐谷は表情一つ変えずに小林を睨んでいた。だが─。

「本当に、狂っている!」

その言葉を小林が吐いた瞬間。

 「もういい、お前はもう必要ない。おい優……」

 桐谷は優を呼んだ。優は未だに服を直していない。

俺は嫌な予感を覚えつつも、二人を見守った。

 「はい」

 優は無表情で桐谷の側に付いた。

 「小林を殺せ」

 「……はい」

 桐谷は容赦なく優に命令した。俺は一瞬だが、優の表情が動いたのを見た。悲しいような悔しいような、そんな表情だった。

 「優……」

 小林は後ずさりながら優の名前を呼んだ。しかし、優は無表情のまま、右手にサバイバルナイフを出現させた。

 「よせ─!」

 小林の言葉はそこまでだった。優が一瞬で小林との距離を詰め、心臓にサバイバルナイフを突き刺したのだ。

 心臓を刺され、小林は大量の血液を吹き出しながらその場に倒れ伏した。そしてその後、一度も動かなかった。

 俺はその時、優の表情が変わったのを目視した。目尻に涙を浮かべ、口が「ごめんなさい」と動いていた。

 「な……」

 レオナルドと結城は驚愕のあまり、後ずさった。それに対し、桐谷らは口元を緩めていた。

 嗤っている。あの男は人に人を殺す光景を見て楽しんでいる。俺は奥歯を噛み締めた。

 優はサバイバルナイフを小林の亡骸から引き抜くと、俯いたまま口を開いた。

 「……桐谷さん。終わりました……」

 「よくやった。よし、全員、もう就寝しろ。明日、奴の住む大木に向かう。では解散」

 桐谷の合図を聞いた男たちは一斉に各自の持ち場へと向かった。レオナルドと結城は動かない小林の身体と優を見つめていた。

 徐々に小林の身体が“CS《クリエイション・スパーク》”と化し、輪郭を薄くして行く。小林という存在が消滅して行く。その光景を俺達は驚愕の心情で見ていた。

 呆気無い。あまりにも簡単すぎる死。これが一瞬で未来と魂を奪われた人の末路なのか?いや、そんなはずはない。もっと厳かなはずだ。家族に見送られ、悲しまれ、悔やまれるはずなのに……。

 「……小林さん」

 突然、優が震えた声を絞り出した。肩を揺らしながら優は泣いていた。

 「桐谷さん……」

 レオナルドが複雑な表情で彼の名を呟いた。俺が聞いた中では、仲間を殺した─殺させた─のは小林で二人目。流石にメンバー同士の間にも亀裂が走るだろう。

 優はその場に座り込み、消えかけた小林の手を握りながら泣いていた。

 「優。もう、この集団から逃げよう」

 結城が優の肩に手を置いて優しく呟く。

 「あんたらも一枚岩じゃないんだな……」

 突然、真二が怒ったように呟く。俺は彼の怒ったところを初めて目にする気がする。

 「まぁな、寺門さんの話はしたよな?」

 「あぁ」

 真二は表情をかえずに返事をした。

 寺門さんの話。先ほど聞いた桐谷の残酷なエピソードだ。 

 「あれ以来、俺達のチームワークは崩れ始めた。俺達みたいにリーダーに抗うメンバーも出てきてな……」

 無理もない。仲間が桐谷一人の気持ちで殺されるなど、あってはならない事態だ。

 「ここから出たいって思っても、親桐谷さん派の連中に囚われるか、運が悪ければ殺される」

 結城は憤りを声に混ぜて呟いた。彼の本能がそう告げているようだった。

 この集団は連携がとれているようにも見えるが、内部には亀裂がはしっている。そしてたった今、その亀裂が大きく、深く開いた。

 俺は泣き続けている優を見ながらそう思っていた。

 「優、さん……」

 俺は、彼女に優しく話しかけた。その様子をレオナルドと結城が見ていた。

 「俺の意見だから、余計なお世話かもしれないけど、君はここに居ない方がいい。このままだといつか壊れるよ」

 「……壊れる?」

 俺の声に反応した優は目元を拭いながら続きを促した。

 「君は実際優しい。小林さんの死を悲しんでいる。その名前の通りにね。優って、「優しい」って字かい?」

 「……はい、そうです……」

 「そんな素敵な名前があるのに、ここにいたらお粗末じゃないか?」

 俺は無意識のうちにそんなことを言っていた。人の名前を持ち出すのは抵抗がある。だが、変には思っていない。率直な意見を述べたまでだ。

 「……」

 優は俺を見たまま黙っていた。だが、次の瞬間。

 「そう思うのだったら、早くここから出してよ。この狂った集団から私を開放してよ!」

 優は涙をこぼしながら泣き叫んだ。俺は優の表情を見て心が傷んだ。

 それを聞いたレオナルドと結城は顔を強ばらせた。

 「なんでさっき、止めてくれなかったの? なんで小林さんを救わなかったのよ!」

 それは優の血を吐くような叫びだった。俺はその言葉を聞いて、確信した。

 優は今の状況に仕方なく溶け込んでいるだけ。本当は助けを求めていた。

 「助けられなかったのは俺も悔やんでいるさ。実際、目の前で人を殺されたから」

 明日香が不良に殺される光景が頭のなかにフラッシュバックし、心が痛くなる。救えたはずの命。でも、それは後悔しても戻ってこない。だから俺は優にあることを伝えた。以前、綾に向けて言ったことと似ている言葉だ。

 「君はいまチャンスを掴みかけている。この負の状況から脱するためのチャンスを、ね」

 「え?」

 優は呆気に囚われた表情で俺を見た。それもそうだろう。突然チャンスがどうしたなどと言われてしまえばそうなってしまうだろう。

 俺は自分達の身の安全のためと、優のために必要な情報を得るためにレオナルドに訊いた。

 「レオナルドさん、明日なにが行われるんですか? 桐谷は俺たちを殺さないようなことと、明日まで待てと言っていたんですが」

 「……きっと、森の主に喰わせようとしたんだろう」

 レオナルドの言葉を聞いた優は驚愕の表情を浮かべた。

 「やっぱり、あれに喰わせるんですか。残酷すぎます……」

 優は怯えたように呟いた。森の主がどんな奴かはよくわからないが、危険な雰囲気は伝わってきた。

 「さっきも言っていたが、森の外にでるために人の命を差し出す。本当に、あの人は狂っている」

 結城が呆れたように呟いて肩を竦めた。

 俺はその時を利用したいと考えていた。

 だが、その前に俺は優に向けて言った。

 「ゆ、優。頼むから服を直してくれないか? 目のやり場に困る……」

 先程から優はずっときれいな胸を露出している。年頃の男としては、とても心臓に良くない光景だ。真二も目のやり場に困っており、俯いていた。

 「っ! す、すみません」

 優は顔を赤くしながら服を直した。先程よりも表情が豊かになったと思え、俺はひとまず色んな意味で安堵感を覚えた。

 「俺達が森の主に言えばいいんだ。桐谷を殺せと」

 「え?」

 「桐谷は森の主と契約した。桐谷が死ねば、契約も決裂するはずだ」

 自分でも、残酷な考え方だと思う。しかし、今知っている限りの情報から考えると、それしか無い気がする。

 「森の主が桐谷を襲ったら、その時に行動するんだ。その後は─」

 俺はその後、優を救うためにその場に居る面子と話し合った。

 気が付くと、森の木々の木漏れ日が濃くなり始めていた。

 夜を徹して行われた話し合いの結果、森の主を利用することになった。優は心に余裕が現れたようで、虚ろだった目に僅かな光が差し込んだように見えた。

 





                 *






 時は遡り、小林が“CS《クリエイション・スパーク》”となった時。

 桐谷貴は森の天井を仰いでいた。

風がなびく度に夜空の星が葉の間から見える。

 「……俺の心はもう、罪で濁っているんだ」

 桐谷は拳を握りしめて呟いた。

 「優には悪いが、俺は俺で行く」

 心のなかで小林の顔が浮かぶ。許せ。そう呟いたところで変わらない。

 だが、今頃奴は向こうで生きている。そう信じたい。

 自分の考え方に自信を持てなくなってきていたのだ。今日で思想を否定したのはあのガキと小林。

 あのガキを殺せば自分の考えに自信を持てるようになるだろう。同時に、この森から抜け出す。奴に認められて、許可を得て、外へ飛び出すのだ。

だからこそ、明日が勝負なのだ。


今回も最後まで呼んで下さりありがとうございます。作者のnegimachineです。

今回は森のなかで最悪の集団と出会ってしまいます。そんな状況下での主人公たちの生き様如何だったでしょうか? 感想がありましたらお願いします。

それでは、また次回で。

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