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希望的観測地点  作者: ステラ
3/3

3個目

(なぎさ)澄香(すみか)は、ペタペタと急ぎ足で廊下を歩いていた。

それは、今日から始まる天文部の活動場所である物理講義室の鍵を借りてくるためであった。ちなみに今はその帰り道だ。


(しっかし、私じゃんけん弱すぎでしょ~…)


部員である榛間(はりま)(れい)馬津(うまづ)玲央(れお)神尾(かみお)英里(えり)の3人と、じゃんけんを三回戦もして鍵を借りに行く人を決めたのだが、見事にすべて一回も相子になることなく負けたのだ。


(皆も皆で、なぁんで同じヤツ出すんだろ。逆にすごいや)


窓の外から、運動部が走り込みをする音がして、去っていく。今日は本当にいい天気で、春先だけれど少し暑かった。空を見上げ、なんとなく楽しい気分になった。階段を一段とばしで駆け上がり、ようやく二棟三階の物理講義室に到着した。部屋の前には、部員の姿。鞄を無造作に床に置き、窓から外の様子を見ている。二棟からだと演劇部が声だしをしているところや、ほんの少しだけテニスコート、あと頑張れば弓道場も見える。


「お、やぁっと来た~。遅いぞ澄香」


「ごめんごめーん、色々てこずっちゃってさぁ」


早速、玲央があたしに不満を言う。茶色っぽい髪が、窓からの風でふわふわ揺れた。なにさ、ほかの2人はお礼を言ってくれたのに。親しき仲にもれーぎあり、これ常識だから!


ガチャリ、と独特の形の鍵がドアを開ける。ガラガラと戸を引くと、三人くらいが座れる机がたくさん並んでいた。ほら、理科室とかで見る、真っ黒い奴。机の側面とかにいっぱい落書きがしてあった。落書きって言うよりも、これは彫刻だ。彫り込まれた白い線は、思いのほかクオリティが高い絵を生み出している。


「準備室の鍵は、貰って来れた?」


「もっちろん!あけちゃおっか!」


そわそわと榛間クンが訊ねてくる。黒目がちの瞳、爽やかーな黒い髪。なんか女子が噂してたけど、きれーな顔してるんだよね。そんな彼が天文学に夢中なんてことを知っている人はほとんどいない。

黒板の横にある扉も開けて中にはいる。埃っぽい小さな部屋は存外日当たりがよく、ぽかぽかしていた。


狭い部屋の、僅かに移動ーできたはずーの空間を、望遠鏡がどどんと占めていた。え、こんなに大きいの?!もっと、棒みたいな奴だと思ってた。どっしりと構えたアイボリーのそれは、窓から差す光でほんの少しだけ輝いて見えた。


「学校にあるのは大抵15口径の屈折望遠鏡だと聞いてたんだけど…これは違う奴だな…」


ふむふむ、と榛間クンが夢中になって望遠鏡を眺めている。望遠鏡にも種類があるのかな。15cmこーけー?


「どう、お気に召したかな?」


準備室のドア付近に、安藤先生が立っていた。

なんでも、この望遠鏡は先生のものらしく、今朝早くにここへ運び込んだのだという。


「先生、望遠鏡持っていらしたんですね」


「ああ、俺も星は好きだからね」


その後、講義室の黒板を使って少しだけ天文学について教わった。先生は以外と字が雑で、驚いた。ふにゃふにゃと頼りなさげな文字の羅列を見ながら、だんだん瞼が重くなってきてー……。



「澄香…澄香ってばー」


ふ、と意識が急浮上した。

長い黒髪が見える。この綺麗な髪は英里だ。目が合った英里が少し呆れたように笑うのを見て、とりあえず謝った。寝ちゃってたのか、私。

ぐしぐしと眼を擦り辺りを見回すと、窓から夕陽が差し込んでいた。後ろを見ると、どうやら玲央も居眠りしたようだった。背中を丸め、机に突っ伏している。榛間クンが必死で起こそうと声をかけているけど、それじゃあきっとこいつは起きない。寝起きの悪さだけはピカイチだもんね。


「こーら、玲央!起きろ!」


バシッ。

癖のある茶髪を思い切り叩く。英里も榛間クンも目を丸くしていた。ふふ、同じ顔してる。おもしろーい!

もぞ、と頭が動いた。寝起きの顔で、玲央が私を見る。ほっぺたに跡がついてる。眼を眩しそうに細めて、欠伸をした。


「2人とも起きたかな?」


先生が苦笑いして声をかけた。眼鏡が少し、夕陽で赤く見える。


「さ、そろそろ戸締まりして帰りなさい。暗くなるからね」


がちゃん、と鍵をかけると、今度は先生が鍵を返してくれた。よかった。またじゃんけんかと思った。

夕暮れの校内は、人気がなくて静かだ。外からはまだどっかの部活の声が聞こえてくるけど、なんだか廊下はしんと静まり返っているように思えた。ペタペタ。4人の足音が重なる。


「あ、馬津君。顔に跡がついてる」


ふふ、と英里がそれはもう可愛らしく笑いながら指摘した。英里も気づいたのか。なんだか、自分の発見を横取りされたようで悔しいようななんとも言えない気持ちになった。ぐ、と喉に何かがせり上がる。ちょっぴり苦しかった。


「…髪もボサボサのぐしゃぐしゃだしね!」


「これはお前が叩くからだろーが!」


あはは、と口だけで笑う。

明日は、私が先に言えるだろうか。

気づいたことを。アイツのことを。

きっとできるよね、私、口先だけは達者だから。


心にそんな思いを秘めて、夕陽の差す廊下を歩いていった。


3話です。

書いてて思ったことですが、英里の出番少なすぎですね。空気と化してます。次回はそんな英里ちゃんに頑張って貰おうと思います。ご精読ありがとうございました!

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