2個目
翌日。
馬津玲央は、登校したときに学校の玄関の掲示板に一枚のポスターが貼られているのを見て、少し微笑んだ。昨日見たものとは文章は変わっていないが、空白だった場所に二枚のカラー写真が貼られていた。
(えーと、確か惑星の爆発と…どっかの星座の暗黒星雲?だったっけ)
昨日教えて貰った、榛間零お気に入りの写真である。
あの後、図鑑を一通り見終えてから、俺はポスターについてアドバイスしておいたのだ。アドバイス通りに写真-しかもカラーコピーしてある-を早速貼り付けて実践するとは、ちょっと驚いたがなんだかいい気分だ。
ガラッと教室のドアを開けば、中には1人しかいなかった。榛間だった。かなり朝早く来たつもりだったのだが、俺より早いなんて榛間はいつ登校しているのだろうか。そんな疑問をよそに、榛間は昨日と同じ雑誌を真剣に見ていた。
「はよ!」
びくっ、と肩が揺れて此方を見る。目が合うと、ほっと息を吐いて「なんだ、馬津君か」と呟いた。
「なんだ、ってなんだよ~」
「イヤ、ビックリしたんだ。こんな早くに来る人っていないから」
「へへ、目覚まし時計3個用意した甲斐があったぜ」
「三つも?」
「あぁ、俺、朝弱くてさ。全然目ぇ覚まさないの。」
くあ、と欠伸が出た。くそ、やっぱねみぃな。
「ところでさ、いつもこんな早くに来てんの?」
あくびした俺を見てクスッと笑った榛間に、なんだか恥ずかしくなってきて、誤魔化すように質問した。
「うん。俺、電車通学なんだ。朝は二本あるんだけど、人混みがイヤだから早く来てるんだ」
大変だなぁ、と呟いて、俺は榛間が見ている雑誌に目を落とした。雑誌のタイトル通り、望遠鏡しか載っていなかった。というか、雑誌ではなくこれは通販のカタログだったようだ。高校生には到底手の届かない値段が望遠鏡の写真の隅に書かれていた。
「もしかして、コレ、買うつもりなのか?」
ふと尋ねてみると榛間はうーん、と言いながら腕を組み、首を傾げた。これだけ高いのに、買いたいのか。
「どうしようかな、悩んでるところなんだ。この学校に使える、良い望遠鏡があればいいんだけど」
天文部だし、それらしく天体を観察してみたりしたいしね。そう呟いて、ぺらりと一枚ページをめくった。俺にはそれらの望遠鏡の違いが解らないけども、榛間はまたうーんと言って首を傾げた。天体観測か。
「そういや、天文部には後何人必要なわけ?」
「俺と、馬津君を含めて3、4人だから、後2人位かな」
ピン!と俺の頭にとある考えが浮かんだ。絵に描けば、きっと電球が光っているだろうな、というぐらいの素晴らしい閃き具合だ。流石俺!…なんてな。
「なぁ、放課後に会わせたい奴がいるんだけど、時間あるか?」
☆☆☆☆☆☆
それから放課後まで、あっという間だった。
こころの奥底で、天文部のメンバーを揃えて、望遠鏡を覗いたりしてみたかったのかもしれない。ちょっと浮かれていた。
五組教室で、昼に連絡を入れておいた奴を、榛間とカタログを見ながら待った。
しばらくすると廊下から声がした。
「おーい、玲央ー?」
「お、来たか」
「あっ、キミが榛間クン?汀澄香でっすよろしくねー」
「えっ、あの、2人とも初めまして。神尾英里です」
入ってきたのは2人の女子。汀澄香は俺の友達。もう1人は多分その友達。澄香は明るい口調で喋ってるけど、表情があんまり変わらない。おかしな奴だ。
「榛間、俺の友達の澄香。コイツも多分暇だから、部活入れちまっていいよ」
「テンモンガク?だっけ、よく解んないけど。それでもいいなら、入部しちゃうよ」
榛間は、俺らの言葉に必死に頷いていた。少し顔を赤らめて、目なんかキラキラさせて。…嬉しいんだな、きっと。
「あー、神尾さん、だっけ。神尾さんは入部希望なの?」
「あ、はい、そうです」
「敬語じゃなくていいよ、同学年だし」
「あっ、そっか。そうだね」
うん、この子可愛いな。綺麗系。
そう思ってたら澄香に叩かれた。いてぇ。
「じゃ、じゃあ、取り敢えず届け出用紙つくるから。部長は…」
ようやく喋りだした榛間がきびきびと筆箱を取り出し空欄を埋めていく。綺麗な字だった。
「部長は、榛間だろ」
「じゃあ、俺が部長として、副部長はどうしようか。多分、部長も副部長も役職名だけだと思うけど」
「はーい、あたしやるよー」
あっさりと埋まった空欄に、榛間はうきうきしているように見えた。
「あとは、顧問の先生だけね」
「あっ、実は、もう物理の先生に話をつけてあるんだ。」
「おぉ、仕事が速いな。何先生?」
「安藤一馬先生。良い人だったよ」
職員室にみんなで向かって、安藤先生とやらに用紙を提出しに行った。安藤先生は眼鏡をかけ、きりっとした目元の比較的若い先生だった。
「お、榛間君。速かったね。この三人が部員かな?よろしくね。君達の部室は確保できたよ。二棟三階の、物理講義室だ」
「ありがとうございます。これで部活として認証されるんですよね?」
「あぁ、その事だけど。生徒会の認証印が必要なんだ。だから、活動を始めていいのはその後だね」
生徒会は、各部活動の予算案や提出された活動報告をまとめたり、学校行事を運営したりする一つの部活である。他の部活との兼部ができることが条件で、結果的に優秀な人じゃないとやっていけない、大変なものである。
「それじゃあ、また今度伺います」
「はい、了解」
「失礼しました」
どうやらまだまだ創部には道のりがあるようだ。
生徒会室は、部室専用の棟の二階にある。そこへ行くためには一度外に出て、少し移動しなくてはならない。まぁ、一応通路(といっても自転車なども通る、外だが)があるので上履きのまま行けないこともない。面倒だったので、通路を使って手短に生徒会室に到着した。
少しドアから洩れる光で、中に人がいることを確認する。皆が兼部しているのでたまに誰も居ないことがあるらしいが、今日は大丈夫のようだ。
ノックをふたつ。
「失礼します」
「はいはい、…あれ、零?」
「あれ、隆二先輩。お久しぶりです。生徒会に入ってたんですね」
え、知り合いなの?仲良さそうだけど。あ、肩組んだ。いや、榛間が一方的に組まれて絡まれている感じ。
「おぅ。零はどした?そういや吹部には入らねぇの?」
「俺は天文部を創部しに来ました。判子下さい。あと天文部で活動するので吹奏楽部には入りません」
…なんか温度差が激しいな。会長は入学式の時に挨拶で一度見ただけだったけど、こんな人だったとは。眼鏡で真面目そうな外見なんだけど、なんかチャラい。それに反して、榛間は無表情だ。
「ちぇ、残念。……っし、はい。押してやったぞ」
「ありがとうございます」
ふと俺らの方を向いて、にっと笑う。悪戯する時みたいな、笑い方。
「まぁ、滅多なことしない限りは活動停止とかはないから…楽しめよ」
それから、再び二棟(教室がある棟)に戻ってきた。時間も遅いので、昇降口でメアドだけ交換して今日は解散することになった。活動は明日集まってから具体的に決めることに。
少し、明日が楽しみだったりして。
とりあえず、家に帰ってからSMSでグループを作ろう。
そこで、会長との関係を聞き出してみよう。
軽い足取りで、自転車を取るべく自転車置き場に向かった。
2話目です。
感想を頂き、本当に嬉しかったです。続きを書くエネルギーを頂きました。このお話を楽しんで戴けたら本当にうれしいです。
前後でおかしなところがあるかもしれませんが、ご報告して貰えると更に喜びます。