第十二話 黒魔法
アシャスの昔の知り合いがいるところまでは一日半程度かかるらしい。
馬にのってみたところの結論を言うと意外とうまく乗れた。最高速度にもわりとついていけたし、疲れは身体強化の魔法で誤魔化すことでなんとかなった。
一週間ぐらい毎日こんな感じだときついかな、という感じがあるがアシャスの昔の友の寺院についたあと一日休憩して、その後三日ほどでつくらしいからまあ、大丈夫かな、と思う。
しかし、1つ問題があった。
尻がめっちゃいたい。
尻なんて身体強化の魔法で鍛えたことなんて最低限のバランスを保つぐらいにしか魔力を回したことなんてない。
そのお陰と揺れのせいもあってコントロールが難しかった。
というわけであまり魔力をまわせなかったのだ。
肉体に限界以上の魔力が込められると簡単に爆発する。剣技は一瞬しか限界以上に魔力を込めないからいいがこれも下手したら爆発するし、尻が爆発するのは本当に洒落にならない。
割と本気で尻について悩んでいるが恥ずかしくて話せないな……。
一応爆発してもエレナが回復魔法を使えるらしいしどうにかなりそうだが、さすがにそれはな……。
日が落ち始めた時、アシャスが馬を止め、一声。
「目的地が見えてきたな。今からいってもちょうど真夜中になる。今から野宿するぞ。明日の朝はそこまで早く起きなくても問題ない」
見えない。アシャスは眼がいいな。
一斉に皆が馬を降り、俺もそれに倣う。
ひどく、疲れた。
よっ、と。
てきぱきとエレナが準備を進める。
周辺の状況は右側が森、左側が道だ。
アシャスが薪を取りに行き、マナは光の玉を産み出して懐から取り出した魔導書を読み始めた。
スッとこちらを向いてマナが喋りかけてきた。
「アイザード、僕たちは貴方に知識を与えると約束しましたね。めんどくさいですが、どちらにせよ貴方には強くなってもらわなければ困りますからね。今から魔法のことを教えます」
さりげなく嫌味らしきものを言われたが正直魔法の知識を教えてくれるのはありがたい。
「お、ほんとか!」
「ええ、とりあえず普段使っている魔法に関しては自分で使っている内に熟練度が上がっていくと思うので使い続けてください。まあ、基礎は教えるというより反復練習なのでとくにいうことはないわけです。ということで僕が教えるのはあまり知られていない黒魔法のことです」
「聞いたこと……あるな。普通の魔法より数段階早い詠唱速度、高い威力、少ない魔力消費。ようするに性能が一段階高いだろ?」
「まあ、そんな感じです。もう少し言えば中級の発動速度で上級に近い威力が出せますし、個人個人によってはそれをうらまわる厄介な魔法にも変換が可能です。また、魔法が効きにくい封魔一族や龍族、アンチマジック系統にも強いです」
「だけど義理なんだが両親がいってたんだよ。心をやられる危険な魔法だから手を出すなって」
「……?ナメてるんですか?」
空気が凍りつき、雰囲気が一変する。
「現実を甘く見すぎです。その年齢で乳離れぐらいもできてないとは。死んだ雑魚の言葉にすがってなんになるんです?」
思わず怒りが沸く害意のある口調。
何様のつもりだ、こいつ。俺の家族を見たことがあるのか?どれだけ優しく、強かったのか知っているのか?
別に俺が貶されるだけならいい。
だがこいつは俺の家族を罵った。
「は?ナメてるのはそっちじゃないのか魔術師」
威嚇のため、ずいっと一歩踏み出る。
その一歩、その瞬間に、さっとマナが動く。
気づくと、マナはいつの間にとりだしたのやら、首筋に短刀を当てられていた。
「なっ……」
不意を突かれたとはいえ、全く反応できなかった。
マナが口を耳に近づけて囁いてくる。
「貴方は弱い、魔術師に接近戦で負けるレベルだ。知っているでしょう?貴方が殺そうとしているものは今の僕らでも不意をついてようやく五分の状況に持ち込めるほどの力の差がある。さらに貴方が倒したあいつは探知特化の雑魚です。彼らは僕らとは生物としての根本的な格が違う。正攻法だけじゃ倒せない。普通ではない力が必要です。甘えてちゃ、理想だけじゃ勝てないんですよ」
そういって口を閉じ、一歩下がる。
爛々と恐怖感を与えるほどの異常な濃い蒼眼。それでこちらを観察するようにジッと見つめている。
こちらが何かを言うのを待っているようだ。
怒りで怒鳴り返してやりたかった。
掴みかかって違うといってやりたかった。
しかし、俺の冷静な部分がそれを否定する。
マナのいっていることは正しい、この世界じゃあ俺の力量はましかも知れない。だが奴等の前じゃ俺は雑魚でしかない。なりふり構ってなどいられない。前提として、手段など選んでいる余裕などないのだ。
あの時決めたはずだ。力が欲しい。奴等を殺す。どんな手段を使おうが。
「……そうだな。お前の言うことは正しい。だが!俺の家族のことは訂正してもらおうか」
確かに俺は甘かった。だが俺の家族は、俺の思い出だけは、貶すことは許さない。
相手の反応を窺う、マナは仮面をつけているかのように無表情だ。だが、それは次に口を開くときに崩れた。
「まあ、そうですね。なんであれ、貴方を見ていれば貴方の親は優秀だったのがわかります。すみませんね。少々おいたが過ぎたようです」
思わずホッとした、ここでマナがなにも認めなかったら関係は決裂していただろう。
そんな感想を抱いているとマナが首を動かした。
「大丈夫だよ姉さん、心配しないで」
マナがエレナに向かって言った。
エレナが心配顔で頷く。
俺はなにも気づかなかった。すっかり怒りに飲まれ周囲のことを完全に忘れていた。
意外とマナは周囲のことをよく見ているらしい。
マナが何事もなかったかのようにこちらに向き直り喋り始めた。
「さて、黒魔法の続きですが。発動のトリガーは思い出と悪感情をきっかけとして発動するものです。その為感情が強すぎて戦況がわからなくなったり生きる気力がなくなったり、などがあるのでご注意を。黒魔法はだいたいどんな悪感情でもいいのですが憂鬱とか自殺衝動かなどで発動するとその影響で廃人になるのでお勧めできませんね。もっと扱いやすいのは怒りや恨みでしょうかね。そして貴方は怒りが適しているように思えますね」
怒り……まさかこいつ。
「試したのか?」
「はい?」
「さっきのやつ」
「さあ?どうでしょうね?」
唇を吊り上げて薄ら笑い。
あー、やられたくさいな。
「とりあえず、貴方の家族が死ぬ光景を見ましたか?」
ずいぶんとショッキングなことを聞いてくるな。
「いや、見てない。見たのは既に死んだ……無惨な死体だけだ」
悪感情といっているのだ。無惨な、などはちゃんといっておいてわかるようにした方がいいだろう。
「そうですか。なら十分第一条件はクリアですね。あとはどんな感情を抱きましたか?」
黒魔法のためとわかっていても嫌な気持ちになるな。
「喪失感、虚しさ、怒り、だな。正直どうでもいいって言う気持ちが強かったが、生きるためには怒りって言う気持ちを沸かせてる状況だった。それからあいつらを追いかけたんだ」
「それで十分ですね。無気力感を越えて追跡までするならその感情は本物です。資格はある。なら今から黒魔法の元、というより感覚を魔力流通で流し込みます。こんなことはなくてもできるのですがデミリットは痛みだけですし、さっさとやってしまいましょう」
「あ、ああ」
正直怯む。幼少期の頃の記憶が残ってるか余計に苦手意識がある。ほとんど忘れているからいいものの軽くトラウマになってもおかしくないほどの痛みだった。
フレイムとの斬り会いで腕を切り取られたこともあったがそんなレベルの痛みよりよっぽど痛かった。ついでに腕は母にくっつけてもらったのでいたって正常だ。
だが駄々をこねても仕方がない訳だし。
両手を開いてマナのほうに向けた。
「では、行きます。怒りの感情を乗せるのでそれを認識してください」
指先と指先を合わせ、魔力がこちらに来る痛みの衝撃に備える。
来た!
以前父としたときと違って最初の心地よさなどなく、明らかに異質とわかるそれはいきなり強い痛みとなって襲う
全身を駆け巡る鋭い痛み。体が燃えるように熱いうちに。これが怒りか。それ以外にもよくわからないものが流れてくる。
燻りをあげる黒くなった木の建物、それを見渡す光景が映る。
これは……記憶か?
視点は自分の手元に移り、握りしめられた手のなかにには砂があった。そして小さな拳は地面に強く叩き付けられる。
どんどん黒ずんでいく景色。
――――許すものか。
そんな声が聞こえた気がした。
意識が引き戻される。
「っ、ハァハァ」
「どうです?わかりましたか?」
間違いない。あれはマナの幼少期の記憶だ。
気になる。
だがそれはあとで考えるようにしよう。
今は黒魔法の習得が先だ。
「それらしきものは」
「そうですか。もう少し、黒魔法のデミリットについて教えますね。黒魔法は悪感情を利用する特性上複数の黒魔法の発動をできるものは精神がすり減るため一種類しか使えない者がほとんどです。使いすぎると怒りの場合はキレ易くなったり、情緒不安定になったりします。さらにやり過ぎれば感情が吹っ切れて廃人になります。まあ、これはどの感情の黒魔法でも言えることですね。とりあえず両手を道側に向けて自分がもっとも怒りを感じたシーン、貴方が家族の死体を見ている場面を強く思い浮かべて頭を怒りで染めてください」
頭を怒りで染める?意識剣の斬、で頭の中を染めるみたいにやればいいのだろうか?
とりあえずやってみるか。
目をつぶってあの時の思い出を思い浮かべる。両親の焼死体、首のないシーナ、土の槍に貫かれて高々と掲げられたフレイム。
その思い出を浮かべながら頭を一心に怒りで染める。
不幸だ。理不尽だ。おかしい。
……こんなのは間違ってる。
だれだ。だれだ!殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる。
突然、体に痛みが走る。
「いたっ」
「ほとんどただの火属性魔法に近い感じでしたが黒い火が混じってましたよ。小さいですがね。思っていた以上の成果です。なかなかやりますね。ここまで集中するのはなかなかすごいといっておきましょう。周りが見えなくなっていたようなのそこは改善しなければ行けませんけどね」
「なあ」
「はい?」
「今のビリってやつ、どうやったんだ」
少なくとも雷属性の電気を使ったものではなかった。
「ふむふむ、なかなかいい傾向ですね。すぐに新しい知識を求めようとすることは良いことです。あれは魔力流通の応用で敵の体を破裂させたりできるんですが……まあ、この話はあとでいいでしょう。今は黒魔法です」
「そうか」
「では、もう一度黒魔法を発動してみてください」
「え……」
その後、三回ほど頑張ったが結果はあまりよくなかった。もう少し頑張りたかったが「こんなもので十分です。これ以上やると精神に悪影響を与えるのでやめましょう」といわれた。ついでに今やっているのは発動仕切ってない状態だからいいが本当に成功した場合は三度も使用すると精神が終わるらしい。あくまでも目安であって二度できるものもいるし、4度できる者もいるとのことだ。
その頃になると大量の薪を抱えてアシャスがちょうどかえってきていた。
「よくこんなに拾ってこれたな、どうやったんだ?」
「素手で木を破壊してきた」
「え?道具を使わずにか?」
「素手だ」
「おおう」
魔法は使えないっていってたよな。本当にどうやってやったんだ?闘気だろうか?こんなときに無駄遣いするとは思えないがな。うーんわからん。
アシャスが薪を地面にばらまき、マナが火をつけた。
「ゴホッ、見張りは僕が最初にやります。ゴホッ、他の方は寝ておいてくださ、ゴホッ、い」
結構咳をしているが大丈夫だろうか?
夜の見張りはマナの次にアシャスがやってくれるらしいので俺とエレナはぐっすり寝ていいことになった。特に俺とエレナは朝に弱いだろうという理由だ。
エレナはともかく俺はそんなに弱くないんだがな、お前らが早すぎるんだよ……
そうして俺は目をつぶって寝た。




